ザザッ、と葉が鳴った。
 赤石の目前に、大きな影が降ってくる。
 訝しげな顔をした伊達だった。
「伊達……!」
 思わず赤石は、その男を抱き締めていた。
 いる。
 間違いなくここにいる。
 透明なんかではないし、霞んでもいない。
 しっかりと張った筋肉の、弾力のある肩と背。
「良かった……」
 安堵が口を突く。
 しっかりと抱いたまま、単に伊達は桜の上に飛び上がってしまっていただけだ、と気付いた。
 拗ねて、逃げてしまったのだ。
 自分がすぐに「分かった」と言わないから。
「なんなんだよ」
 憮然と呟く伊達の声に、不可解そうな色が混じっている。
 赤石は少し体を離して、伊達の目を見た。
「おまえが、消えたと思った」
「ンなわけねえだろう」
「本当にそう思ったんだ。おまえは……桜(はな)の中に消えていきそうな気がする」
「頭イカれてんのか?」
「かもしれん。だが、良かった」
 本当に良かった。
 いなくなられては、たまらない。
 いなくなられたら、たぶん、諦めるだろう。
 諦めるが、ずっと永い間、空白を抱え続けることになるだろう。
 だから、なくしたくはない。
 もう一度抱き締める。
 伊達ほど口が回らない赤石は……伊達に匹敵するほど口が回る人間など会ったこともないのだが、とにかくあまり言葉を使いこなせない赤石には、今ここで言う言葉が見つからない。
 だが少なくとも、いなくなられたくない、という思いだけは、確かなようだ。
 言葉が見つかるまでの間、伊達が誤解しないように、抱いたままで考える。
「……俺に、なんの約束をさせたいんだ?」
 考えて考えて、赤石が尋ねた。
「一つしかねえだろう」
「はっきり言ってくれ。そうかもしれない、そうじゃないかもしれない、じゃ、答えられん」
 そう。
 伊達が全てを曖昧にして、自分を困らせて楽しんでいるのは承知している。
 それに乗ってやるのは、普段ならば悪くない。
 からかわれて、腹を立てたふりをして、じゃれ合って。
 それは楽しい日常だが、本当に大切なことまで、冗談めかしたくはない。
 赤石の本気が伝わったのか、伊達は満足げににやりと笑った。
「俺のものになれ。で、おまえのものにしろ」
 してくれ、ではないあたりが、どうしようもない。
 普通の感性では絶対に出てこない言い回しに、赤石は笑うしかなかった。
「ああ、分かった」
 笑いながら、はっきりと言ってやる。
 消えられたくないのは事実だから、それならいっそ、そうと決めてしまってもいい。
 腹を決めれば、頷くのは造作もない。
「証明、できるか?」
 しかし、そう言って伊達が見せた笑みに、ぎくりとした。
「……どうしろと」
 恐る恐る問えば、返った答えは、これだ。
「ここで抱いてくれ」

 付き合いも長いから、言い出しかねないことには気付いていたが、実際に聞くと頭が痛かった。
 いつ誰が来るとも、何処から誰が見ているとも知れないのだ。
「約束なんだぜ? ここでしなきゃ意味ねえじゃねえか。それとも、バレるのが怖いのか」
(ああぁ、こいつはもう……)
 我が儘モードに突入している。
 それも、いつものような冗談混じりではなく、本気だからタチが悪い。
 細かいことにこだわらないのはいいが、常識に遠慮くらいはしてほしい。
 とにかくこんな非常識なことだけは、やめさせなければまずい。
 まずいが、どう言えば伊達を怒らせずに説得できるかは、謎だ。
 黙ったままではまた拗ねる。
 拗ねるだけならいいが、極端にも程がある伊達のこと。腹が立てば、本気なだけに刃傷沙汰になりかねない。
 一分の間に三年分くらい、赤石は頭をフル回転させる。
 そして。
 背の斬岩剣に手をかけた。
 片手で伊達を抱いたまま、器用に一閃させ、枝を一振り、切り落とす。
「こんなとこでやろうなんてのは正気の沙汰じゃねえ。バレるのは、当然困る。あれこれ噂されるのは、嫌いだからな。だから、こいつで勘弁してくれ」
 やっと体を離して、赤石は落ちた枝を拾った。
「俺のところに来い」
「チッ。仕方ねえか」
 伊達はいつもの「オレサマ」全開で、肩を竦めた。
 ほんの少し、先の思いやられる赤石であった。


またしても選択肢コーナー(ドンドンドン、パフパフ♪)

1.実況中継してくんなきゃヤだっ!(現場へ)
2.そういう風味はいいけどシーンは苦手(三時間後へ)

はい、選びましょうネ。