俺とオレサマ、そして奴

「はあ!?」
 二号生筆頭室、いきなり訪れてきた飛燕からの伝言に、赤石は思いっきり語尾を上げた。
「何かご不明な点でもありましたでしょうか?」
 にっこりと、飛燕が微笑む。
 赤石が何に「はあ!?」などと声を大きくしたのか、分かっていてとぼけているのか、分からずにいるのか、判別がつかない。
 ともかく、天使のような微笑を向ける飛燕を、あれこれと煩く追及するのは気が引ける。
 あくまでも彼は、メッセンジャーなのだ。
 メッセージの送信主は、伊達臣人。
 伝えてこい、と言われれば逆らえないし、おそらく飛燕にしてみれば、逆らいたくない相手でもあるだろう。
「……分かった。わざわざご苦労」
「いいえ。ではこれで。失礼しました」
 ぺこりと頭を下げて、飛燕が出て行く。
 伝言内容だけが、耳に残った。
「伊達からの伝言です。ええと、『今日の四時に、万年桜のところで待つ。来なければどうなるか、覚悟しておけ』だそうです」
(あの阿呆……)
 赤石はなんとない疲れを覚えて、癖のある白髪をかき回した。
 人に教えて伝えさせる伝言に、脅迫の文句を混ぜることなどないだろうに。
(やっぱりアイツは、どっかおかしいんだ)
 とにかく、これでは行かないとなると、明日の朝日は拝めないのかもしれない。
 伊達臣人。
 何処までが本気で何処からが冗談か、分からない男である。

 約束の時間に赤石がその場所に行くと、伊達は大樹の根元に腰掛けて、目を閉じていた。
 いったいいつからここにいたのか、肩にも足の上にも、花びらが積もっている。
 この男には桜が似合う。
 降りしきる薄紅の花にまぎれる姿に、ことさら強く、赤石はそう思った。
 まるで最初からこの老木と共にあり、こうして生きてきたかのような錯覚を覚えるほどだ。
 そして、桜の似合う人間に共通しているのは、何処か現実離れした、稀薄な存在感……。
 桜には桜の異界がある、と昔、誰かに言われた覚えがあるのだが、それは妙に納得できた。
 「あちら」の世界から飛んできた精が、「こちら」の世界に根付き、半分は「あちら」の世界にも存在しつつ、咲いている。
 だから「こちら」で見えるこの姿は、半分でしかなく……。
(俺は馬鹿か)
 そんなわけがない。
 だいたい伊達という男は、鬱陶しいくらいの存在感を持っているではないか。
 そう、まったくもって鬱陶しくて、面倒で、無視できなくて、圧倒的で。

 赤石が近づくとすぐに気付き、伊達は目を開けてにやりと笑った。
 ちゃんと来たな、という顔だ。
「なんの用だ」
 よりにもよってこんなところに呼び出して、とは、言わないでおく。
 伊達がこの桜の持つ伝説を知っていてここを指定したのか、知らずに言っただけか、分からないからだ。
 赤石の問いを受けて立ち上がった伊達は、
(げっ……。こいつ、まさかそのつもりかっ?)
 特定の或る時にしか見せないような、婉然たる笑みを見せた。
 ふわりと漂うように近づいてきて、赤石の前に立つ。
「知っててきたんじゃねえのか? ん?」
 一日に五回は見せる悪戯げな笑いだが、もう既にその気になっているから、今は凶悪なくらいに見えた。
 赤石はなんと言っていいか分からず、口篭もる。
 黙ってしまった赤石に、伊達はにわかに不機嫌になった。
 秋の空より女心より、気分が移り変わりやすく、それが激しい男なのだ。
 そして、手がつけられない。
「つまり、嫌だってことか」
 そういうわけではない。
 ただ、いきなりでは心の準備もないし、第一、赤石は自分がなんのつもりで伊達と付き合ってきたのか、彼自身確かめたことがないのだ。
 だから、いきなりこんな展開になると、冷静に己を振り返りたくなる。
 だが短気な伊達がそんな時間をくれるはずもないし、そのことを言おうとした時には、
「ふん」
 と鼻を鳴らして離れていた。
「あ……」
「くだらねえ。この程度で怖気づくんじゃねえよ」
 イライラと低くそう言い捨てて。

 いきなり、消えた。
「!?」
 動揺していた赤石には、本当に消えたようにしか見えなかった。
 消える直前の、残像だけが目に焼きついている。
「お、おい。伊達?」
 呼ぶが、答えはない。
 気配も感じられない。
 何処にもいない。
「伊達!」
 不意に風が吹いて、花は一度に散り落ちる。
 それが目元を掠めるので、赤石は腕で顔を庇いつつ、伊達の姿を探す。
「伊達!」
 何も見えない。
 桜だけだ。
 散る花の色だけが、淡くも鮮烈に世界を覆う。
「伊達ッ!! 何処だ!? 伊達!!」
 行ってしまったんだろうか。
 「あちら」の世界に。
(そんな馬鹿な!)
 ありうるはずがない。
 ただの妄想だ。
 けれど、ならば何故、伊達は何処にもいないのか。
「伊達……っ!」


ここで選択肢。

1.赤石はシャイ気味、伊達も可愛げあってほしい。
2.赤石は豪胆、伊達はイカれててほしい。

選んでみましょう。