ラグオルの景色は、はるか昔のテラによく似ていた。
 ワシも資料で見ただけだが、緑、土、青い空、雲、飛んでいるのは、蝶という虫にそっくりだ。
 こんな綺麗なところで、これから暮らしていけるのか……。
 いや、それは、爆発事故の調査が終わってからだ。パイオニア1ともまだ連絡はとれんというし、そんな呑気なことを言っとる場合じゃない。
 どうやらこの中では、ワシが年長のような気配だ。ワシがしっかりしとらんことには、隙が生じる。
 ……と、思ったが。
 ミュウは感動して涙ぐんどるが、レイヴンのほうは、もう既に大剣を取り出していた。
「どうしました? 行きませんか?」
 どころか……なんともまあ、淡々と。
 優しそうな奴だと思ったが、意外に無感動なのかもしれんな。認識を改めんといかんな。
 ともかく、今はぼんやり感動しとる場合じゃないのは、たしかだ。

 転送地点は森林公園のような場所で、近くにゲートが一つあり、すぐ傍に、「公園入り口」という案内板があった。
 どうやら、森林公園入り口のテレポーターと、シップのものをつないだらしい。
 ゲートをくぐり、細い土の道を歩いていくと、別の広場に出た。
 遠くには、ドーム状の屋根が見える。
 おそらく、あそこでパイオニア1の人たちは生活していたはずだ。
 何事もないかぎりには、あそこを目指して行けばいいだろう。しかし、ざっと見たところ、この広場から出るゲートは、近くに二つ、少し離れたところにも一つある。
 さて、どのゲートから行くのが、あのドームまで一番近いのか……。
 ワシらより先に降りた連中が、それぞれにもう先行しとるだろうし、そうあれこれと考える必要はないかもしれん。
 それなら、若い奴に任せてみてもいい。
「どこから……」
 とワシが言いかけたのと同時に、
「ここから行けそうですね」
 とレイヴンの声がした。
 見れば、広場の端、木々の途切れたところにいる。
 そこは……お、おい。4メートルほど、段差があるぞ。
「あそこに別のテレポーターがありますよ。あれから、あのドームの傍に行けるんじゃありませんか?」
 い、いや、だから……
「そんなトコから行くんですかー? えー、そんな高いとこ、下りられませんよー」
 ミュウが頬を膨らませる。もっともな反応だ。うむ。

 その時だ。

 いきなりレイヴンが手にしていた大剣・キャリバーを振り上げた。
「きゃあッ!!」
 ミュウの真横に振り下ろす。
 ズガン、と地面を穿った音がした。
 ミュウは真っ白になっとる。
 ワシは、ミュウの足元にある妙なものに剣が食い込んどるのを見た。
 血を流しとるそれは、毛皮に覆われていた。赤毛の、何か……なんだ?
「来ます、右からまだ二体、攻撃意志があります、敵です!」
 レイヴンが声を張り上げた。
 と同時に、ワシの左、レイヴンの右側の地面が二ヶ所、大きく盛り上がった。
 その隆起目掛けて、レイヴンは既に剣を真横に振っとる。

 それは、獣だった。
 頭を出そうとしたところで脳天を叩き割られたのと、腹を切り裂かれたのと、無事なのが一体。
 この星独特の獣だろう。
 残った一体が、ナイフのような爪をミュウへと振り上げた。
 剣を振りかけたレイヴンは、すんでのところで思いとどまる。ミュウを巻き込むことに気付いたのだ。
 ワシは、即座にデータバッグから愛用のヴァリスタを物質化、トリガーを引いた。
 後ろから肩に命中した弾に、獣は大きくのけぞった。
 その隙間だ。
 ミュウの前へ、獣を肩で押しのけるようにして、レイヴンが割って入った。
 そして、水平に構えた刃を獣の胸にぴたりとつけたまま、地面を蹴った。
 倒れこむと同時に、地面とフォトン刃に挟まれて、獣は、胸から二つに分断された。
 吹き上がった赤い血が、真っ向からレイヴンに叩きつけられる。

「ヒ……や、……やぁ……」
 ミュウにも、その血は降りかかっていた。
 点々と赤く濡れた自分の手を見下ろし、頬に触れて、震えだす。
「大丈夫ですか?」
 気遣わしげな声で振り返ったレイヴンを見て、ミュウは絶叫した。
 甲高い悲鳴が響き渡る。
 そして、ミュウはすぐ傍の道を駆け戻っていってしまった。

 ……無理は、ないのかもしれん。
 初めてで、これではな。
 いきなり見たこともない獣に襲われて、その血を浴びては、普通の娘なら、こうするもんだろう。
 そのうえ……、ワシは、いい。
 ワシはいろいろと骨の折れる仕事もしてきた。その中で、こういう様のヒューキャストを見たことも、何度かある。
 だが、戦場に出るのは初めてだという娘が、アンドロイドだろうがマンだろうが、敵だろうが味方だろうが、間近で血まみれの姿なんぞ見たら……。

「あ、あの……」
 ワシがマンなら、溜め息の一つでもついたところだったろう。レイヴンが心配そうな声を出した。
「私は何か、ミスしたんでしょうか」
 ……ミス、というのではないがな。
 やりすぎだ。
 いや、ミュウが新米だということはワシしか聞いておらんが、それにしても、あんな娘っ子にこんな凄惨な戦い方を見せんでもいい。
 ワシは思ったことを告げた。
「すみません」
 レイヴンが項垂れる。
 そして、ずいぶん間抜けなことを口にした。
「よく、分からないんです、どうしていいか。あれは、私たちを攻撃するつもりでした。だから、敵、ですよね? 放っておいたら、ミュウさんが怪我をしていたでしょうし……。ああいう場合には、どう攻撃すればいいんでしょう」
 どうもこうもない。
「だから、普通だな、たとえば蹴るなり引き剥がすなりして、距離をとるとか」
「そうですか」
 腑に落ちないような曖昧な返事をして、レイヴンは考え込んでしまった。
 そしてぽつんと。
「難しいですね、戦うというのは」

 ちょっと待て。
 戦うのは、というのは、どういうことだ?
 おまえさんはヒューキャストで、いや、それほどの体格をしとれば、ヒューキャストとして生まれたんだろうとしか思えんのだが、だったら戦闘テクニックの基礎データは入っとるだろうが……。
 まさか、
「おまえさん、まさか、実戦は初めてなのか?」
 ワシは恐る恐る尋ねた。
 すると、
「はい」
 何事でもないように答えられた。

 ……ちょっと待ってくれんか。
 ミュウが初めてだというのは聞いたが、レイヴンまで新米ハンターズということか。
 で、ワシは新人二人と組まされたということか。
 それは、ワシはたしかに、レイキャストとして生まれ、すぐにハンターズギルドに登録して、これで8年も過ごしてきた。
 ハンターズ養成所のトレーナーになる資格さえ持っとる。
 だが、なにがあるかもよく分かっとらん星を調べるのに、新人二人を連れて行けと政府は言うのか。
 ……む、むぅ……。

 ま、まあ、レイヴンの持っとる戦闘能力は大したもんだ。
 もしミュウが戦い慣れたフォースなら、レイヴンの動きを見た時点で、彼に任せればいいと判断し、あの場からすぐに離れただろう。そうすれば、レイヴンは二匹目を切った後、返す刃で三匹目を仕留めていたはずだ。
 それくらい、無駄がなかった。
 そのうえ、レーダーを持っておるようだが(それも、相手の攻撃意志の有無まで分かるのだから、最新式の生体フォトン波感知型だろう)、敵が近づいてきたと分かってから、二匹までは相手が動く前に片付けておる。
 まさに、的確な攻撃だ。
 だが。
 それで、実戦が初めてだと?
 むぅ……。

「……すみません。やっぱり、足手まといですか? もしそうなら、私のせいで他のかたを危険な目に遭わせるわけにはいきませんし、この仕事、辞退させてもらいますが……。そうすれば、ユーサムさんは別のかたと組みますよね?」
「い、いや、足手まといということは、ない。今の手際は大したもんだった。ただな、ミュウを驚かせたのは、まずい、ということだ。おまえさんはヒューキャストだし、……なんというか、何かを殺す、ということに抵抗もないかもしれんし、血も平気かもしれんが、マンの娘さんというのは、怖がりなもんでな」
「そう、ですね。そうなんですね。でも……そんなことを考えていたら、なにをしていいか、分からなくなってしまいます」
「う、うむぅ……」
 これは困った。
 なんともまあ、言葉遣いや口調を聞いとると、おとなしい、穏やかな奴のようなのに、発想は当たり前のヒューキャストより殺伐としとる。「敵→殺」で、その間にゆとりというか、他の行動が入らんとは……。
 それはいかん。
 昔はともかく、今は、そういうのはやりすぎと言われる。
 プログラムのミスか何か分からんが、……仕方ない。
「レイヴン。ワシと組んだのも何かの縁だ。おまえさんさえ嫌でなければ、ワシが分かる範囲でだが、おまえさんの戦い方を見て、何かあれば注意をしてやろう。それがうるさい、余計な世話だと言うならなにも言わんが、おまえさんがこれからもハンターズとして誰かと組んで仕事をする気なら、損ではないと思うぞ。ワシはこれでも、10年近くハンターズとしてやっとるから、少しはちゃんとしたことを言ってやれると思う」
 お節介かもしれん。
 だが、これはワシの性格というか、性分だ。
 鬱陶しいと思われればそれまでだ。
 と思っていたが、レイヴンは、
「本当ですか!? お願いします!」
 と頭を下げた。

 ワシはもう、ポンコツだ。
 最初からハンターズとなることを目的に作られる、いわゆる「生まれながらの・生粋の」レイキャストの一番初期型で、最近作られたような新しい連中とは、基本性能からして違う。
 だがワシには、長い間ハンターズとしてやってきた、知識と知恵がある。
 これからのワシが一番人の役に立てるのは、後輩を育てることかもしれん。
 そう思いはじめていたところだ。
 もちろん、いつも現場にあって、現場から指導していければいいと思ってもいる。
 ワシらのような生粋の戦闘アンドロイドの場合、ハンターズをやめれば、一年で廃棄される運命だ。
 ワシは養成所のインストラクターの資格を持っとるから、その職につけば、そんな規則は適用されんが、それでも、やはり現場にいたいと思ってしまうのは、ワシのささやかな自負なんだろう。
 レイヴンはヒューキャストで、ワシとは種別が違うから、戦闘技術は教えられん。だが、レンジャーとしての目から、ハンターにはこうしてもらえると助かる、ということを教えていくことはできるし、ハンターズ全員に言える心構えなどは、伝えていける。
 誰に頼まれたわけでもないが、ある意味、ラグオルの調査よりも意義のある仕事かもしれん。

「よし、分かった。そうしていくとしようか。……しかし、ミュウはどうしたもんだろうな」
「怖かったんですよね……」
「まあ、おまえさんだけが悪いということじゃないから、そんなにしょげるな。なんというか、ミュウのほうも、今から自分がしていくこと、されかねないことに対する自覚が薄かったんだろう。もし、これが自分の選んだ道だ、と思い切りがつけば連絡してくるだろう。連絡がなければ、少なくとも、こういう危ない仕事にはもう近づかんだろうし、まあ、それはそれで悪くない。虚勢を張って突っ込んでいく奴よりは、怖いと思って危ない仕事からは遠ざかる奴のほうが、利口というもんだ」
「そうなんですか」
 こんなことに納得されても困る。
 ともかく、ここでやめて引き返しても仕方ない。
 テクニックの援護がないとなると、どこまで行けるのかは分からんが、行けるところまで行ってみてもいいだろう。引き際は、ワシが見極めてやればいい。
 ワシがそう言うと、レイヴンは素直に頷いた。 
 アンバランスな奴だが、ワシとしては、嫌いではない。育てるのに甲斐もあるし、なかなか頼もしく、面白い相棒だ。

 そう。
 頼もしい戦闘力を持っとるし、面白くもある。
 だが、だ。
「大丈夫ですよ」
 大丈夫じゃない。
 さっきの話、段差……崖のことだ。
 たしかに、その崖を下りた傍、レイヴンの示す方向にテレポーターがあるし、あれを使えば少し離れたところに移動はできるんだろうが、だからといって、この4メートルもある高さを、どうしろと。
「足場があれば下りるのもいいがな、それがないから、おおむね皆……」
 ワシがそれだけ言ったところで、レイヴンは飛び下りていた。

 身軽に飛び下りるが、ヒューキャストなんてものは、だいたい200キロ近い目方があるもんだ。
 重く鈍い着地音がして、気のせいか、足元が少し揺れたようだ。
 見下ろせば、レイヴンの足元の地面は、ものの見事に陥没していた。
「ほら、行けますよ?」
 行けますよ、じゃない。
 まったく、少しは常識というものを……、む?
 いや、待てよ。
 飛び下りるには、少し覚悟がいる。だから、そんな無茶はしないで、道を行く。
 これが常識的な発想かもしれんが、レイヴンにとれば、難なく飛び下りられる高さだった、ということだ。簡単に飛び下りられるし、近道でもある。だから飛び下りた、というだけなのだから、発想そのものは非常識じゃないことになる。

 しかし、だ。
 ワシには、高い。
 高いぞ。
「レイヴン」
「はい?」
「おまえさんは飛び下りられるかもしれんが、ワシの足はそう頑丈じゃないんだ。これから戦うことがあるかもしれんというのに、とても飛び下りられん。ワシがそこに辿り付くまで、おまえさんはそこで待っとると言うのか」
「大丈夫ですよ。私がフォローしますから」
「フォロー?」
「私の身長が2メートル30くらいで、この高さが4メートル弱。私の肩を足場にしてくれれば、ユーサムさんには、およそ2メートルを二度下りてもらえばいいことになります。それなら、そう難しくもないでしょう?」
 それはたしかにそうだが……。
「心配なさらなくても、肩に乗られたくらいではふらついたりしませんから」
「いや、その『肩に着地する』というのが、なかなか難しい気がするぞ」
「それなら、受け止めますから、飛び下りてください」
 あのなぁ……。
 手を広げるんじゃない。
 しかし、それくらい簡単でしょう、と言わんばかりの、ワシのことを信頼しきった態度が……。
 ワシにも、まだ見栄なんていうものが残っていたらしい。
 結局ワシは、レイヴンの言うとおり、飛び下りて、受け止められるはめになったのだった。

NEXT→