レイヴンという奴は、万事がこんな調子だった。
 だが、ヒューキャストとしての能力そのものは、素晴らしいどころか、凄まじいものがあった。
 技術もなにもなくても、力任せに全てをねじ伏せていく。
 謙虚で優しげな性格とは裏腹に、ダメージを受けることなど気にもせず敵の真ん中に進み、敵の攻撃など意にも介せずに戦う。
 データとして与えられた基本技術は荒削りで未熟だが、それをネックにしないほど、基本性能が高いのだ。
 ワシは一度、レイヴンが警告をくれたにも関わらず、つい援護に集中しすぎて後ろから不意打ちを受け、背中に一撃をもらったが、その一発で、装甲には大きな傷がついた。
 たしかに、ヒューキャストに比べてレイキャストの装甲は薄く、弱い。
 にしても、これほどの威力がある爪ならば、ヒューキャストの体でも、普通、無傷では済まないはずだ。
 そして、無傷では済まず、機能に障害が生まれかねないとすると、「痛み」も生まれる。
 ワシらアンドロイドにとっては、「痛み」というのは、自分の身に対する危険を知らせるバロメーターだ。
 だから、装甲の薄いレイキャスト・レイキャールは、ヒューキャスト・ヒューキャシールに比べて、「痛み」を感じやすくできとる。
 だがレイヴンは、「痛み」など感じてもいないかのように、敵の攻撃など完全に無視して、自分の行動を実行しつづける。
 ワシは、こんなアンドロイド……人間に、会ったことはなかった。

 ワシは生粋のレイキャストだ。
 ハンターズとして行動することが、ワシの存在意義でもある。
 だから、様々な仕事をしてきたし、様々なハンターズに会ってきた。
 アンドロイドの一生はマンに比べて短いが、マンよりもはるかに多くの情報を処理するためか、知識や記憶、記録だけは、短時間に溜まっていく。
 ワシは、かなりの数の人間に会い、行動を共にしてきた。
 その中で知ったことも少なくはないはずだ。ハンターズという、時に人間の欲望の裏側を覗いてしまうような仕事をしておれば、尚更。
 だがそれでも、こんな「ちぐはぐ」な人間に会ったことは、なかった。
「どうしました? もしかして、怪我でも?」
 ワシが黙りこくって考えていたものだから、心配になったのだろう。
 こうやってワシを気遣ってくれる声は、優しい。
 だが、敵に向かい合った瞬間に、そんな優しさなどカケラもなくなってしまったかのように、容赦ない。
 それも、喜々として戦うわけでもなく、嫌々戦うわけでもない。道端の小石一つ拾うのと同じくらいに淡々と、ただ「処理する」よう戦う。
 戦うことや何かを殺すことを好む者より、これは、ワシには恐ろしく思える。
 だがやはり、戦闘が一段落ついてしまえば、いかにも好青年といった雰囲気に変わるのだ。

 そして、戦闘技術そのものに関しては、ワシがあれこれ言う必要などまったくないほどだ。
 たしかに呆れるほどの力押し、極めて強引であるとはいえ、確実に敵を倒していく。
 そう、確実。
 一撃で仕留める。
 切り裂いて、出血によってやがて命を奪う、などという生易しいものではない。
 その一撃で完全にとどめをさす。
 それだけのパワーがある、ということ、ただその結果なのかもしれんが、ワシの目には、まるで無慈悲で冷酷にも見える。何かを殺す、ということにカケラほどの躊躇いもないから、そんなことができるのだ、と。
 だから、分からなくなる。
 まるで二人いるようなのだ。
 何事もない時、ワシのことをあれこれと気にかけてくれたりするレイヴンと、戦っとる時のレイヴンと。

 ともすると、プログラムの不備なのかもしれん。
 今は、アンドロイドの製造もほとんどがオートメーション化してるらしいが、中にはまだ、人の手によって少しずつ作られていくものもある。
 そういうものの中には、やはり見落としやチェック忘れという、事故的な欠陥を持つものも生まれる。
 この体の大きさやパワーから考えて、最初からヒューキャストとして設計され、製造されたのだとすると、性格、感情についてのプログラムで何かミスがあって、こんな温和な、ヒューキャストらしくない性格になったのかもしれん。
 ……レイヴン自身は、普段の自分と、戦っとる時の自分と、どういうふうに受け止め、感じとるんだろう。
 聞いてみたい気がしたが、なにせ、会ったのが今日だ。
 もう少し一緒に行動してからのほうがいいかもしれん。
 あれこれと詮索して、「うるさいオッサンだ」と思われるのは、やはり面白くはない。

 なんにせよ、無茶な近道と一方的な戦闘のおかげで、他のチームよりずいぶんと早く、ワシらはドームに辿り着くことができた。
「大きいですねぇ」
 レイヴンがドームを見上げて、感心したように呟く。まるで、初めてこういう建物を見た子供のようだ。
 ……しかし、ラグオルに降りた瞬間は、そのわりに平然としとったような……?
 本当に、アンバランスすぎて、よく分からん奴だ。
「あそこが正面入り口か。……ここに、誰かおるのかな」
「この前方200メートル以内には、なんの生体反応もありません。もし人がいるとしたら、ずっと奥になりますね」
 ふむ。レイヴンのレーダーには反応なし、か。
 もしかすると、閉じ込められて外に出られず、なんらかの理由で連絡もとれなくなっている、という可能性があると思ったが、見たところ、ドームの直径は300メートルほどだ。
 住んでいる者が、ドームの片側に寄り集まっている、という状況は、ちと考えにくい。
 第一、 入り口のドアは、ワシらが前に立つと自動的に四方に開いたのだ。
 閉じ込められている、という可能性は、これで否定されたことになる。

 中は、無人だった。
 通りの左右には、多くの店が軒を連ねている。店には、数は少ないが品物もちゃんと陳列され、ところどころは、誰かが買っていった後らしく、歯抜けになってさえいる。
 ショップの裏側が、その店主の住まいとして造られており、家の中には生活の気配もあった。
 テーブルの上、乾燥しきった粉末コーヒーのこびりついたコップ。ベッド、半ばまでめくられた布団。CC(コンパートメント・コンピューター)のコントロールパネルの脇、吸殻の入った灰皿。などなど。
 まして、とある家のCCを立ち上げてみたところ、通信記録が残っていた。
 ワシにはハッキングだのパスワード解読だのということはできんから、中身までは確かめられんが、メールをやりとりしていたことは間違いなかったし、いくつのかのファイルが作られていることも、確認できた。
 今は人っ子一人いないが、少し前までは、ここで人が暮らしていたのだ。
 それが何故、ワシらになんの連絡も寄越さずに、いなくなったんだろうか。

 何かその理由を知る手掛かりはないかと思い、隣の店、家を訪れてみる。
 だがやはりそこにも人の姿はなく、生活していた形跡だけが残っているのみだ。
 区画を移動して更に何軒か見てみたが、どこも同じだった。
 どんな小さな反応でもいいから何か拾えないかと、ドームの中心付近で、レイヴンにレーダーの出力を上げて周囲を探ってもらったが、やはりなにもキャッチできないという。
「どうしても誰もいなくなったんでしょう」
 不思議そうにレイヴンが聞いてくる。
「分からん」
 ワシは正直にそう答える。
 すると、
「停電って、逃げ出すほどのことじゃありませんよね?」
 レイヴンは妙なことを言った。
「停電?」
「ええ。それとも、パイオニア1の人たちは、停電が怖かったんでしょうか」
 停電すると、たしかにいろいろと不便だが、今時どんなうちにも、緊急時用の発電装置はついているし、ましてや逃げ出すほどの災難でもない。
「なんでそんなことを。ここで停電があったというのか? それで皆して出て行った、と?」
「だって、あの……私の覚え違いかもしれませんけど、自動復帰機能のない電化製品が、全部止まってるんです」

 さっと、ワシの頭に強いショックが走ったような気がした。
 辺りを見回す。そして、ここに入ってから見たものの記録を確認する。
 たしかに、そうだ。
 自動ドアや都市の照明、ある種の時計といった、停電や断線などで一旦停止しても、電気がくれば自動的に動き出すものは今も動いているが、CCや調理テーブルなどは、どの家でも全て止まっていた。
 決定的なのは薬店のCCだ。あれは自動販売機も兼ねとるし、店主への緊急連絡にも使われるから、よほどのことがないかぎり、電源は落とさんもんだ。
 全部の家を確認しないことにはなんとも言えないが、たしかにこれは、停電直後の状態にそっくりだ。
「おお、よく気が付いたな」
 つい声が大きくなった。
「い、いえ、その、なんとなく、そんな気がしただけで……」
「いやいや、ワシなんかうっかり見落としとったぞ。大したもんだ。停電、か」
 そういった観察力は、充分にあるらしい。これは先が楽しみだ。
「でも、そんなことで逃げ出したりは、しませんよね」
 ワシが褒めたものだから、照れとるのか、レイヴンの声に落ち着きがなくなる。
 からかうのは、少し意地が悪いかもしれん。やめておこう。

「そうだな。とすると、停電によく似たような事態、あるいは停電と同時に起こった何か、ということか。うむ……、たとえば、例の爆発があって、なんらかの形でこっちにも影響が出て停電し、いっせいに避難した、とか。どのうちのCCも、あの日以降に使われているものはなかっただろう?」
「なるほど」
「が、だとすると、身の回りのものくらい持って行くもんだ。どこに避難するにしても、金やカードは絶対に必要になるはずだからな」
「ああ……。玄関先に財布が置きっぱなしだった家がありましたね。あそこまで持って出て、置いて、忘れて行った、ということは?」
「その可能性はある。だが、ワシは違うと思うな」
「どうしてですか?」
「店の金、だ。もし例の事故のせいで、避難することになったとしよう。しかし、どれくらいここに戻ってこれないかは、すぐには分かることじゃない。だとすると、身の回りの品を用意したついでに、店のレジの中の現金を、金庫に移していくのが商売人だ。それに、何よりまず、店のCCにロックをかけるだろう。現金での取引なんてのはたまにしかないから、レジの中の金額は大したことはないが、CCは万一にも勝手に使われないよう、注意するもんだ。多少急いでいたところで、発電機を動かしてCCを立ち上げなおし、ロックをかける、なんてことは、2分もあればできる。ところが……」
「お金、カウンターに置いたままのところもありましたね。CCはちゃんと立ち上がりましたし……」
「ああ、そうだ。袋に入った品物も、その傍にあったろう」
「たしかに」
「とすると、これはよっぽど慌てて、金も品物もCCもほったらかしで逃げていった、くらいの様子になる。いくらなんでも、停電でそんなパニックは起こさんぞ。それに、それほど慌てて逃げたなら、CCの電源を切り忘れとる者がいてもいいはずだ。とすると……何かがあって、そのせいで慌てて逃げ出した、と同時に、停電も起こった、ということか……?」

 考えれば考えるほど、妙だった。
 だいたい、考えていくうちに気付いた不思議なことは、まだある。
 まず、なんらかの理由があって避難したとして、外にはあんな凶暴な獣、「エネミー」としていいのようなものが、徘徊しているのだ。その中を、どうやって移動したのか。
 もし途中でエネミーと遭遇していれば、どちらかの死骸が、残ったはずである。だが、ワシらの来た道にそんなものは一つとしてなかった。
 そして、そのエネミーだが、自動ドアは誰にでも反応して開いてしまうものなのに、このドームの中には、奴等の侵入した様子がない。
 ということは、あんなエネミーが現れたのは爆発以降のことで、人々は皆、それ以前に出て行ってしまった、ということになる。
 そうすれば少しは辻褄が合ってくるが、今度は、どうして急にエネミーがやってきたのかが問題だ。
 パイオニア1の報告では、地表に危険な生物はいないとのことだった。
 だから、急に現れた、のは間違いないだろう。
 しかし、パイオニア1がこの星に到着してからは、少なくとも7年は経過しとるのだ。その間、この周辺のことのみならず、可能なかぎりの範囲を、様々な手段で調査したはず。どうしてエネミーのことをキャッチできなかったんだろうか。

 分からん。
 まったく分からん。
 分からんということは……、そう。考えるのは、ワシの仕事じゃない、ということだ。
 ワシらは調べてきた事実を、そのまま報告するだけでいいはずだ。
 何故、と考えるのは、ワシらの仕事じゃない。
「よし、これで引き上げるとするか」
「いいんですか? まだなんにも分かってないのに」
「いいさ。ワシらは事実を調べるために派遣されとるんだ。その事実を検討するのは、政府や、学者の仕事だ。初日でこれだけのことが分かっただけでも、上出来だろう」
「なるほど。そうですね」
 納得したレイヴンと共に、ワシはドームを後にした。

 ところで、帰り道だが。
 これが、ひどいものだった。
 ワシらは近道をしたものだから、結果、一番先頭を行くことになってしまい、他のハンターズを見かけなかったんだが、帰り道には、彼等に会った。
 ただ、全員が全員、もう動かなくなっていた。
 さすがにワシの知っとる顔はなかったが、見知らぬ他人でも、人間の死体なんてものは、見たくない。
 レイヴンも、さすがに重苦しく黙ったままだ。
 淡々と、というより黙々と、襲ってくるエネミーを片付けて進む。
 無事な連中は、引き返したのか、それとも、ワシらとは別のルートで進んだんだろう。
 そういう数が多いことを、願わずにはおれん。
 憐れな死体の中には、まだほんの少年にしか見えないヒューマーも、混じっていた……。

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