TWO HANDS
(An Old, and a Young)


 政府からの召喚を受けて、ワシは特になにを考えることもなく、指定された場所に向かった。
 まさかその時には、特別変わったことがあるとは思っていなかった。
 依頼主が誰だろうと、仕事の内容には大差ない。
 どうせラグオルが思ったより危険で、調査が難航しとるから、手を貸せと言いたいだけだろう。
 若い連中は、そういう政府の居丈高な態度にいちいち文句を言うが、ワシは、政府だのなんだのというのはそんなもんだと思っとる。
 へりくだっていては務まらんのかもしれんから、だとすると、好むと好まざるに関わらず、偉そうにしてなければならんお偉いさんというのも、可哀相なもんかもしれん。
 まあなんにせよ、ワシのすることは、いつもと同じはずだ。

 特務会議室、とかいう名だから、何か特別な会議にだけ使う部屋なんだろう。
 ワシが入ると、既に一人、ニューマンの娘がそこにいた。
 フォニュエールだ。
 ワシを見ると、彼女はおろおろした様子で頭を下げた。
 こういうのを、初々しい、というんだろう。かわいいもんだ。
 彼女の前のデスク、その向こうには、カラの椅子があるだけだ。話をする者は、まだ来とらんということか。
 時間まではまだあと5分ほどある。
 することもないし、どうやらこういう事態に慣れとらんフォニュエールは、どうしとればいいのか、困っとるようだ。
「おまえさんも呼ばれたのか?」
 だから、話し掛けてみた。

「は、はいぃ」
 緊張しきっとるんだろう。声が引っ繰り返っとる。
 それが可笑しくてつい笑ってしまったが、ワシの顔は変化せんしな。真っ赤になったフォニュエールは、縮こまるように俯いてしまった。
「ワシはユーサムだ。おまえさんは?」
「あ、あたし……私は、ミュウっていいますっ」
「ミュウさんか。もしかして、こういうお偉いさんのところに来たのは、初めてなのか?」
「も、もちろんです。わっ、私っ、卒業してすぐに乗ったんですっ。だから、ハンターズらしいことって、まだナンニモしてなくてっ、それで、なんであたしなんかが呼ばれたのかなんてわけ分かんなくて……っ」
 ここまで狼狽しとると、滑稽どころか、愛らしくさえ思えてくる。
「そうか。それじゃあ緊張どころの話じゃないだろうな」
「はいっ。もう、なにがなんだか。あ、あのっ、ユーサムさんは……?」
「ワシか? ワシはポンコツだからな。マンもアンドロイドも同じで、歳をとると、図々しくなるもんなんだろうな。今度の依頼人は政府か、という程度だな」
「す、すごぉい……」
 なにがすごいのやら……。

 と、その時、小さなノックの音がした。
 役人なら、ノックなどせんだろう。とすると、まだ他にここに呼ばれた者があった、ということか。
 ワシが返事をするのもなんだが、答えてやらんことにはな。
「開いとるぞ」
 そう言ってやると、
「失礼します」
 柔らかい男の声がして、入ってきたのは、天井に頭が届くほど背の高い、黒いヒューキャストだった。
 ワシは一瞬、知り合いが入ってきたのかと思った。
 いや、その知り合い、カルマだと思ったくらいだ。
 識別パルスでワシの知らん奴だと分かっていたにも関わらず、間違うくらいに似とる。
 だが、聞いた声がカルマとは違う。胸元のハンターズIDも違う。「久しぶりだな」と言う前に別人と気付けたおかげで、余計な恥をかかずに済んだとほっとした。
 ミュウはぽかんと口をあけて見上げとる。
 バードタイプの頭に、深緑のID。背は高いが、幅はない。
 それが、唖然としてるミュウに気付いて、少し背を屈めた。
「どうか、しましたか?」
 ふむ。声は、柔らかいというか、優しい奴だ。ヒューキャストには珍しい。だいたい連中は、ドスの効いた低い声をしとるからな……。

「あ、あたし……」
「?」
「あたし、こんなおっきいヒューキャスト見るの初めて……」
「そうですか?」
「う、うん。だって、あたしのいた船って、ほとんどヒューキャストいなかったんだもん。いても、こんなにおっきくなかった」
「そうなんですか。私のいたところは、もう二人ほど、同じくらいの身長のかたがいましたよ」
「へえぇ」
 まあ、たしかにヒューキャストはでかいが、最近のタイプは、だいたい2メートルほどしかない。ワシらが作られた当時は、それこそヒューキャストといえばこれくらいの大きさで、とにかくパワー任せに敵を叩き潰していくような奴ばかりだったが、何か事情でもあるんだろうが、この頃のは性格ももう少し柔軟だったりするようだ。
 それにしても、丁寧語で喋るヒューキャストというのは、本当に珍しいが。

 そこに、今日の主役が入ってきた。
 まだ若い男だったが、まあ、役人らしさは合格だろう。
 話の内容は、思っていたとおりだった。
 軍がラグオルに降りてみたものの、パイオニア1からの報告とは裏腹に非常に危険で、調査がうまく進まんので、ワシらにも何か調べてこい、というわけだ。
 同じ部屋に三人呼び集めたのは、ワシらで組めということだった。
 ヒューキャスト、レイキャスト、フォニュエールなら、戦うのはワシらに任せて、ミュウには回復と援護を頼もうか。
 まあ、それは二人の腕を知ってから決めたほうが、間違いがなくていいが。

 言うことを言って若い役人が出て行った後で、ワシらはあらためて自己紹介しあった。
「ミュウさんに、ユーサムさんですか。私はレイヴンといいます」
「レイヴンさんかぁ。よろしくー」
 役人が去って、ミュウも少しはリラックスしたらしい。笑っておると、低い鼻が少し愛嬌だが、なかなかの美人、なのかもしれん。
「それで、どうするんですか?」
 ミュウがワシとレイヴンを交互に見る。
「どう、とは?」
「ラグオル、調べるんですよね。すぐにでも降りられるようになってるって、さっきのお兄さん言ってたでしょう? 今まだお昼ですし、どうするのかなって」
「むぅ、今から降りるというのもありか」
 せっかちな気はするが、調査は少しでも早いほうがいいんだろう。とすると、実際のラグオルを見にいく程度のつもりで、降りてみるのもいいかもしれん。
「今から準備して降りるのも、悪くはないな。ワシは構わんぞ」
「私も構いません」
「じゃあ、今から行きませんか? あたし、早くラグオル見てみたい」
 うむ、そんな気持ちは、たしかにある。

 これからワシらが暮らす、平和で綺麗な星だ。
 危険だという話だが、それはそれとしても、昔のテラにそっくりだという星を、早く見たい気はする。
「よし、じゃあそうするか」
「はいっ」
「分かりました。じゃあ、必要なものを揃えて、この船のポートに集まればいいですか?」
「そうだな」
 話はさっさと決まった。
 あれこれと悩む者がいないのは、楽でいい。
 たまに、どうしよう、どうしよう、と迷いつづけてなかなか動かん者がいるが、それが性分とは分かっていても、付き合うのは疲れるものだ。
 ワシらはそれぞれに分かれて、会議室を後にした。

 ワシがポートに着いた頃には、もうだいぶ人が集まっていた。
 皆が皆してハンターズだ。
 ざっと見て、30人はいるか。これが皆、ワシらと同じように、政府から呼ばれた者らしい。
 その中に、ニ、三、知った顔もある。
「よー、ユーさん。あんたも呼ばれたんか?」
 呑気に声をかけてきたのは、『クレイジーブラック』なんて妙な二つ名のある黒いヒューキャストで、シャドウという奴だ。
 大声を上げていろんなことをわめきながら敵に突っ込んでくんで、そんな仇名がついたが、これで腕はたしかだから面白い。言葉遣いは乱暴なんだが、気のいい奴で、同じ都市に暮らしていたこともあって、ワシも二度ほど、一緒に仕事をしたことがある。
「おい、シャドウ、行くぞー?」
「おう、じゃあな、ユーさん! シャカらんよーに、お互いガッチリいっとこーや!」
 彼がよく一緒に組んでいたイサムというヒューマーに呼ばれて、シャドウは大股にテレポーターに近づいていった。

 遠くからでも、背の高い黒いヒューキャストは目立つ。
 その中でバードヘッドの奴は一人しかおらん。パルスも、さっき覚えたものと同じだ。
 向こうもワシのパルスをキャッチしたのか、振り返る。そのすぐわきに、ミュウの頭だけが見えた。
「待ったか。すまんな。ちょっと知り合いに会ってな」
「ううん。ね、それじゃあ、行きましょ」
 ミュウが先に立って駆け出す。
 まあ、気持ちは分からんでもないが、今から行くのは、軍がもたついとるほどの場所だ。
 しかし、こういうことを言うと、たいがい若い連中にはうるさがられるものだ。
 行けば事実は分かるだろうし、ワシはなにも言わず、レイヴンと一緒に後を追った。

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