「面白いこともあるもんだな。こんなところで俺たちが顔をそろえるなんてな」 カルマが少し笑った声で言う。 ベータは力なく首を振った。 「こんなトコで偶然出会うのが顔馴染みのヒューキャだなんて、俺もついてない」 「神の思し召しだ。こんな人けのないところでマンの女をおまえの前に出したら、どうなるか先が知れている」 詩の一節でも口ずさむかのようながら、ラッシュの言うことは、これだ。 「あのなぁ」 「それとも、女であればアンドロイドでもエネミーでもいいか?」 「あ・の・なぁ! おまえ俺をなんだと思ってるんだ!?」 「まあそんなことより」 ベータが声を荒げると、ラッシュは問いを無視して森の奥へと視線を移した。 長い付き合いで分かるが、これは、話を逸らそうとしているのではない。本当にどうでもいいと思って、話題を切り替えているだけだ。 ベータは「またこれか」と項垂れ、カルマは笑いをこらえているのか、小刻みに肩が揺れている。
「ベータ。おまえはどうしてここにいる? 政府の人選からは洩れたと言っていただろう。それに、ここはセントラルドームからはずいぶん離れているぞ?」 「政府の目は何処見てるんだか知らないが、総督府はちゃんと分かってるらしいぜ。それに、あっちは他にいくらでも調べてる奴がいるだろう」 「やはりそうか」 ベータの答えを聞いて、ラッシュが何度か頷いた。 そして、黙り込む。 何かを考えているらしく、アイパーツの発光が絞られている。 「なんなんだよ」 思考の邪魔をするのは分かっていたが、ベータがそう問いかけると、ラッシュの目の光加減は元に戻った。
「まあ、歩きながら話そうか」 そう言って、ラッシュが先に立つ。 手にはクロススケアらしきダガーがあり、それで目の前を遮る枝を切り落とした。 「ベータがラグオル調査のチームから外れている、と聞いた時点から、妙だとは思っていた」 道を切り開きながら、ラッシュが話しはじめる。 警戒する様子はない。 おそらく、カルマかラッシュか、どちらかがレーダーを持っているのだろう。 加えて、二人のヒューキャストは、共に大した腕の持ち主だ。 カルマのほうは、現行のアンドロイドとしては最も古いタイプで、性能的には劣るところもあるが、彼にはそれを補ってあまりある技術がある。そして、長い間実戦の中で培ってきた経験は、信頼するに値する。 ラッシュのほうはというと、必ずどこかで「遊ぶ」くらいに、いつも余裕を残している。真剣に戦いに集中しているところは、いまだかつてベータも見たことはないが、それで切り抜けているのだから、並の腕ではない。 共に行動するのに、不足はない。 信頼し、任せることになんの不安もないのだ。
単独行動を好む以上、ベータも思考は苦手ではない。 だが、ラッシュのほうで既に何事かを考えてあるというならば、あれこれ考える前に、それを聞くほうがいいだろう。 カルマにしても、ラッシュの思考能力には一目置くところがあり、二人は黙って、変わり者のアンドロイドの後を追う。 「調査のため、最初は軍が派遣され、奴等では手も足も出ずに逃げ帰ってきた挙げ句、装備の充実しているハンターズを使うことにした、というんだから、ラグオルがいかに危険かは容易に想像できる。そこに投入しようというなら、少しでも実力のある奴等を使うのが普通だ。にも関わらず、ベータにはなんの召喚もかからなかった」 ゆっくりと、物語でも語るように、ラッシュは事実を口にする。 「ああ、それは俺もおかしいと思っていた」 後について歩きつつ、カルマが頷く。ベータの腕を知る者にとれば、彼が指名から外れていたことは、どう考えても不思議なことなのだ。見え透いた世辞を言うようなカルマではないし、謙遜するようなベータでもない。口を挟む者はなく、カルマの言葉に一つ頷いて、そのままラッシュが続ける。 「それでも、カルマには召喚がかかっていたし、俺の知るかぎりでも、他に何人も、相応に実力のある奴が選ばれていたからな。なんらかの理由があって、ベータは対象から外されたんだろう、と判断した。まあしかし、気になることがあると確かめてみずにはいられないのが俺の性分でな」 「暇人」 「ありがたいことに、俺には召喚がかからなかったことだしな。暇が一番だったんだが、調べてみると、面白いことが浮かび上がってきた」 ラッシュはベータの軽口をさりげなく受け止めてから流す。なにを言ったところで、いつもこの調子だ。
森はさらに深くなり、頭上を覆う枝は厚くなる。 乾ききったテラしか知らない生身の体、すなわちベータにとっては、濃い緑の香と熱気は、息苦しいものだった。 だがアンドロイドたちは、香も温度も、感情や感覚からは切り離すことができる。 むろん、汗などかかない。 「政府が選抜した、ラグオル調査チームの一覧を引っ張り出してみたんだがな」 作業的に道を作りながら、先を行くラッシュは平然と話しつづけている。 「ギルドに登録したのがパイオニア2乗船の少し前、という降りて一時間ともちそうもないひよっこたちも多く含まれていたが、ほぼ同数、かなりの腕の持ち主も組み込まれていた。おまえたちの知っている名を挙げれば、まずカルマ自身がそうだろうし、近いところでは、ユーサムだな。ノースユーロのレンジャーの中では、屈指どころか、随一の実力者だ。だれかさんと違って、極めてレンジャーらしいいい仕事をしてくれる」 「悪かったなっ」 「それから、『極東の老魔導師』ゼンテツ」 「彼もこの船に乗っていたのか」 「ああ。なんでも、老後はのんびり暮らしたいとかでな。他にも、二つ名のあるような連中がだいぶ混じっていた。『北の孤狼』、『ザ・サムライ』、『クレイジーブラック』……どうしてその中に、『レディキラー』がいないのかがいかにも不思議だがな?」 「おまえいちいちうるさいんだよ。余計なことはいいから、で、なんなんだ」 ベータは苛立ってきていた。ついそんな感情が表に出たはずだったが、狼狽するような様子を見せたのはカルマだけで、ラッシュは振り返りもしない。 自分一人カッとなるのも馬鹿らしいと、頭は冷える。だが体がその分重くなったような気がした。 慣れない環境で、思いがけず疲れてきているらしい。
「仕方ない、少し休むか」 ふとラッシュの足が止まった。 「あ?」 「俺がカルマを誘ってここに来たのには、わけがある。おまえがいたのは予定外だったが、このまま俺の予想どおりにいくとすると、一仕事してもらうことになるかもしれんのでな。こんなところで無駄に疲労させる気はない」 「くそっ。気付いてんだったら、最初っからもう少し普通に気遣えないのかよ、おまえは」 「そう言うな。自分が平気なものだからな。つい忘れていただけだ。まあ、座っていてはできない話でもない。それに……おそらく、もうすぐそこだろう」 なにが「もうすぐそこ」か、ベータは目でラッシュに尋ねたが、そのラッシュは膝を折り、ぬかるんだ地面に手をついている。ベータのほうは見ていない。 なんなんだ、と重ねて尋ねたところで無意味だと、ベータもカルマも、よく承知していた。 カルマにしても、一人では手に余るかもしれないから一緒にきてくれ、と言われてついてきただけなのである。具体的な話はなにも聞いていない。 ついてくれば分かる、と……おそらく、実際に現場に連れて行き、驚かせようという腹なのだろう。
「それで、話の続きだが」 土の上に這い出した太い根にベータが腰掛ける。カルマは手近な樹木に寄りかかった。 ラッシュは腕を組み、上になった左手で、手近な葉を一枚千切った。 「二人とも。どう見る?」 「なにをだ?」 「今並べたような名の通った奴と、新米に等しい奴、ミックスして選抜した理由だ」 「それは……、そうだな。たとえば、調査に時間がかかるとした場合、人材が限られているんだ。ベテランと共に行動させて、後進を育てておいたほうがいいと判断したとか」 「いかにもカルマらしい優等生的な答えだな。で、ベータはどう思う?」 「……他に辻褄の合う説明はないだろうが」 「一見は、な。たぶん政府も、何故と問われればそういう答え方をするんだろう。だが、俺はもう一つ、妙なことに気付いた。ところでカルマ。おまえ、起動してから何年たつ?」
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