不意に行方知れずになる、話の先。
「え? なにを急に」
 反射的にカルマが問い返すが、
「何年たつ?」
 ラッシュは歌のリフレインのように同じ調子で繰り返す。
「今年で……9年、か」
 カルマが答えると、
「『魔導師』ゼンテツは今年でいくつになるか、知っているか?」
「歳がなにか関係あるのかよ」
「いくつになるか、知っているか?」
 やはり問いは無視して、答えだけを求め、繰り返す。
 これがラッシュのやりようだ。
 これをやられると、頭の悪い生徒になったような気がして、ベータにはあまり面白くないのだが、悔しいことに、こうした問いかけが後の答えをより明瞭にしてくれるのである。
「……もう70過ぎてるはずだぜ」
 ベータが憮然と答えた。

「ノースユーロの『レンジャー・オブ・レンジャーズ』ユーサムは?」
 答える「生徒」を選ぶように、ラッシュは手にある細長い葉で、カルマを示す。
「ああ、彼は俺と同期だ」
「さっき名前は出さなかったが、『豪刀』ゾークは?」
 今度はベータを。
「たしか、もう40過ぎだろう。いいオッサンだ」
「『クレイジーブラック』シャドウは」
 カルマを。
「ああ、彼は俺より少し……2年ほど後だな」
「『北の孤狼』ロアは」
「たしか、彼はシャドウとほぼ同期のはずだ」
「『ザ・サムライ』グレン」
「俺は知らないな。ベータ、知ってるか?」
「ああ。たしか、俺がこの道に入った時が全盛期、30くらいだったはずだから、今はもう40半ばだろ」
「で、それがどうかしたのか? さっきから歳ばっかり尋ねるが」
 いい加減、「例」も揃ったはずだ。頃合を見計らって、あらためてカルマが尋ねた。

 ラッシュは、そろそろいいだろうと言うように、ゆっくりと頷く。
「気付いたらどうだ? 今挙げた連中は政府からの召喚を受けているんだが、全員が全員、ハンターズとしてはベテランであると同時に、そろそろ引退を考えてもいい連中ばかりだ」
 言われてみれば、たしかにそうだった。
 ハンターズとして通用するのは、ヒューマンであれば40くらいまで、ニューマンでは25前後、アンドロイドでは10年がいいところだ。それ以上続けていくには、衰えていく能力を補うため、よほどの経験や知恵が必要になってくる。ゼンテツ=ミギトが空想的な「魔法使い」扱いされているのは、老いてなお現役である、その異様な力に対する畏怖のせいである。
「たしかにな。けど、それが?」
「両極端だろう? ハンターズとして登録して間もないヒヨコ、登録してからは長くとも、戦闘経験の少ない連中、そうでなければ、いつ引退してもおかしくないベテラン。実際、面白い話を聞いた。召喚がかかったその日、いっせいにハンターズが母船に渡ったんだが、その様子も両極端だったそうだ。母船に渡る、ということだけで興奮するような連中は、予定時刻より30分も早めに集合し、修羅場をくぐりすぎてその程度のことに動じもしない連中は、時刻どおりに現れたとか。まあ、中には堂々と遅刻してきたツワモノも何人かはいたそうだがな。なんにせよ、ベータのような、年齢的にも実力的にも不備のない連中は、全くと言っていいほどいない。ゼロではないが、どうやら選抜された者が、いつもと同じ相棒を連れて行きたいと主張して、組み込まれのがほとんどらしい」

「それは……しかし、どういう意味だ……?」
 新米、または実戦経験が乏しいという意味では新米同然のハンターズと。
 いつ引退すると言いだしても不思議ではない、老練のハンターズ。
 指導するには、熟練の腕の持ち主のほうがいいだろうが、年齢とハンターズ歴は、必ずしも比例していない。訓練を受け、結果を出しさえすれば、ハンターズには何歳からでもなれるのだ。
 ベータは十代の半ばで登録し、およそ人生の半分をハンターズとして第一線で過ごしている。
 ベテランと言うならば、彼ほどのベテランはそういない。
 私生活には多少問題があるとしても、ハンターズとして振る舞う時、そこに隙はない。
(俺は……たしかに、撃たないレンジャーだからな。人様に教えられるもんじゃないが……)
 ベータと同じような年齢、腕の持ち主が、一人も選ばれていない、とラッシュは言った。
 選ばれたのは、ヒヨコと、老兵。
 ふっとベータの頭の中をよぎっていった不吉な閃きがあった。

「まさか、捨て駒か?」

 そのあまりの不吉さに、考えるより早く言葉が口をついた。
 カルマがぎくりと硬直する。
 言ったベータも、自分の言葉に驚いた。
 ラッシュは一人淡々と、
「俺はそう思う。それも、できるなら調査のための道を開いた時点で、死んでくれることを期待される、な」
 そう言った。

「そんな!」
 選ばれている身のカルマには、他人事ではない。それもあるが、元来ヒューキャストにしては珍しい、温厚で優しい性格だ。勢いよく大木の幹から背を離した。
 カルマの動揺とは対照的に、ラッシュはいたって平然としている。彼もこの「可能性」に思い至った時には動揺したのかもしれないが、それは知るすべもないことだ。
 今は完全に落ち着き払って、手にした葉を弄び、その葉の動きをじっと見つめているだけである。
「真実は分からん。が、政府の人選にこういった偏りがあることは事実だ。さっきおまえたちの言ったように、ベテランによって後進を育てる、といった意図のようにも見える。だが、後進の育成に、歳は関係ない。人選から洩れた中には、実力だけじゃなく、指導力を考えても不足のない奴もいる。おかしい、と思わないほうがおかしいだろう」
 視線がベータとカルマの顔に映る。アンドロイドに「目」はないが、視線の鋭さと硬さは分かった。
 ぴたりと止められた葉の動き同様、空気まで緊張したかのように、張り詰める。

 だが不意に、ラッシュが肩を竦めて、どうやら笑ったらしい。
 放り捨てられた葉が、空間を滑り落ちる。
「で、な。まあ、感謝してくれ。おまえが堂々とラグオルに降りられるようになったのは、おそらく俺のおかげなんだからな」
 出した声は揶揄じみて明るかった。
 その落差に、場の緊迫感は一気に台無しになった。
「は?」
 気の抜けたベータとカルマの声が重なった。
「政府が胡散臭いのは毎度のことだが、今回のこれは無茶すぎる。何かあるんじゃないか……政府はハンターズを捨て駒にしようとしてるんじゃないか、とな、総督府に進言してみたのさ。それ以来、特に音沙汰はなかったが、どうやら俺の見解が刺激になり、政府には任せておけん、と急遽、総督府からも調査隊を派遣することになった……というところだな」
「相変わらず裏でコソコソと根回ししてやがるのか」
「協力しているだけだ、事態の解決にな。まあしかし、政府としても静観してはいられないんだろう。ブラックペーパーが動き出した気配がある。せいぜい気をつけることだな」
「ブラックペーパー……」

 ラッシュはまるで気楽そうに語ったが、厄介な話だった。
 「ブラックペーパー」。
 テラの裏社会に幅をきかせていた、巨大組織だ。
 だが実体は、テラの国際政治を仕切る10ヶ国同盟の「闇」の部分でもあるという。
 ブラックペーパーそのものが10ヶ国同盟によって作られたのか、それとも、元は別としてあったブラックペーパーが、いまや同盟と切っても切れない関係になっているのか、それははっきりしない。
 だが、10ヶ国同盟にとって障害となりそうなものを、陰で始末していくのは彼等だという。
 「政府」は10ヶ国同盟の分身。
 ブラックペーパー独自の判断で動き出した可能性もあるが、政府が動かしている可能性のほうが、断然高い。
 いかに巨大な組織といえど、「裏」に巣食う者たちは、例外なく、「表」があって初めて生きていると言える。
 今のラグオルにはなにもない。パイオニア1の者たちは行方不明、パイオニア2の物資は、頑丈な「表」を築くには不足しすぎている。
 「表」が確立する前に「裏」だけが動くということは、まずありえないのだ。
 だが、だとすると何故政府は、ブラックペーパーを動かしたのか。
 彼等を使ってなにをしようとしているのか。
 そして何故、ハンターズを捨て駒にしようとするのか。
 いや、何故、捨て駒になってしまいかねない者を、選んだのか。

「くそっ」
 ベータは吐き捨てる。
「面白いことになりそうじゃないか?」
 それでもラッシュはさらにそう言った。
 そんな呑気なものじゃないだろう、と言いたいベータだったが、言ってもどうせ無駄なのだ。
「さて、そろそろ行こうか」
 もう充分休んだだろう、とラッシュはベータを見下ろした。
 面白くない話を聞いて、なんとなくまだ体が重いような気はしたが、もう少し休ませろと言うのは癪に障る。ベータは渋々立ち上がった。

「なあ、ラッシュ。それで、俺たちはいったいなんのためにこんなところに来たんだ? いい加減、教えてくれてもいいだろう」
 再び歩き出しながら、カルマが尋ねる。
 ラッシュはちらりと振り返って、
「To meet my sweet sweet little baby. Oh yeh, long long time, I'm longin' to meet the baby」
 少し前に流行っていた、それこそ本物の歌を歌った。
 『可愛いあの子に会うためさ ああ ずいぶん長いこと あの子に会いたくてたまらなかった』
 素晴らしいテノールで歌うには向かない歌だが、それはともかく、まさか歌詞どおり、文通相手の恋人に会うためのはずもあるまい。
 しかしそれっきり、どう尋ねても答えてはくれなかった。

NEXT→