(それにしても、政府はなに考えてやがんのかね) とりとめのない思考とはべつに、体は条件反射のように動く。 女子供では持ち上げることもできるかどうか、という大型銃器を軽々と振り回し、群れの真ん中目掛けてトリガーを引く。 はたから見ている者があれば、それは単調な作業の繰り返しのようだっただろう。「危険」といわれる生物を相手にしているようには見えないほど、男は淡々としていた。 歳は二十代の半ばか後半か。190を越える長身に、鍛え上げられた体、それをレンジャー用の防護スーツに包み、銀髪を逆立てている。 口元は黒いマスクによって覆われていた。射撃時に出るフォトン塵を嫌い、マンのレンジャーの中にはこの防塵マスクをつけるものが少なくない。そのせいで顔全体は分からないが、骨太な骨格と高い鼻に不恰好なところはなく、やや垂れ気味の目にはいくらかの愛嬌がある。 これで口が二つあるのでなければ、なかなかの男前だろう。
最初は20近くいた原生生物も、今では大半が死骸となって転がっている。 残る5体をまとめて片付けてみようか、と男は走って位置をかえ、獣たちを一ヶ所に誘導した。 知能らしい知能はないのか、立ち止まった彼に向かって、5体の獣はいっせいに襲い掛かってくる。その直線的な動きが互いの邪魔をして、前に進むのに押しのけあうような有り様だった。 もつれ合い、動くこともままならなくなった獣の塊へと、彼は自ら距離を縮めた。あと数歩進めば腕が届く場所で、群れの中心に銃口を向ける。 トリガーを引くと同時に閃光が走り、至近距離で発射されたフォトン弾は、獣たちを5メートル近くも弾き飛ばした。 最早息のあるものはない。 「一丁上がり、と」 その結果に、男は満足そうに笑った。そして腰溜めに構えていた散弾銃・ファイナルインパクトを、肩へと振り上げた。 「本気で、政府の考えってヤツを疑うな」 獣の血が溜まり、足元は血の海になっている。その惨状を見やり、男は小さく呟いた。
ベータ、といえば、北米のハンターズならば必ず知っている名だった。 単独行動を好む超一流のレンジャーだが、ハンターとして登録しても、すぐその場で一流になれるのではないかと思えるほど、接近戦にも長けている。 彼にとっては、数人で組むような仕事は片手間の遊びに過ぎないのか、請われてどこかのチームに入ったようなときには、銃を持たないことすらある。 素行には多少問題があるが、北米では屈指のハンターズ。 そのベータが、今、ここにいる。
ベータは自他共に認める凄腕だ。 だから、政府の判断が腑に落ちない。 ラグオルの調査には、政府から指名を受けたハンターズが当たっているが、その中に、ベータの名はなかったのだ。 今彼がラグオル地表に降りているのは、政府からの指示ではなく、総督府から回ってきた依頼のためだった。 テラにいたときから、クリーチャーの駆除を専門にしてきたベータにとれば、この程度の危険は慣れたものだったが、降下したハンターズのうち、およそ半数は死亡、あるいは任務を辞退・放棄してしまったという。 妙な話だ、とベータは思う。 わざわざ指名されるくらいなのだから、それなりに腕に覚えがある者たちだったはずだ。実際、ベータにしてみれば、この程度の場所を進むのは造作もない。 にも関わらず、半数……派遣されたのはおよそ100人程度らしいという噂だが、その噂が事実ならば、50人ほどは役に立たなかったことになる。 政府は、名も高く腕もたしかなベータを除外し、この程度の場所を進みかねる者を指名した。 それが何故なのか、ベータには理解できない。
(ま、そんなことは俺の知ったこっちゃないか) 考えても答えが出ないなら、考えるだけ労力の無駄だ。 ベータは、奥に見えていたテレポーターに近づいた。 この辺りは、爆発事故があったセントラルドームとは完全に逆方向になるため、ハンターズたちもほとんど入っていない。 このテレポーターを使うと何処に転移するのか、それも不明だ。 (出たところがバケモノの腹の中でなけりゃいいがな) 一人笑って、ベータはテレポーターを作動させた。
転送先は、それまでよりも深い森の中だった。 彼がいる辺りは人の手が入っているが、まだ開発途中だったらしい。道はすぐになくなり、鬱蒼とした樹海の様相を呈しはじめる。 地熱の関係か、やけに気温が高い。 木々の合間には白い靄が溜まっている。 ただそこにいるだけで、肌にはじっとりと汗が浮き出してくる。
セントラルドームから遠く離れた場所に、パイオニア1に起こった異変の原因を求めるのは、無意味かもしれない。 だが、ここにも人が来たことがある以上、何かがないとは限らない。 ドーム周辺のことは、政府と、政府に選ばれたハンターズたちによって、ほぼ調査も終わっているのだから、そこに遅ればせながらと加わっても、有益とは思えなかった。 調べてみなければ、「ここにはなにもない」という確証は得られないのだ。ならばだれかが、「なにもない」と確かめて来る必要はあるはずである。 発見がなくて元々だと思えば、気楽なものだ。
だが、戦闘準備に隙があってはならない。 ベータはファイナルインパクトをデータバッグにおさめ、レイガンを取り出した。 これほど密生した木々の中では、大型の銃器は扱いにくい。威力は低くとも、自分の手と変わらない感覚で扱える小銃のほうが有効だ。 幸い、風はない。 耳に神経を集中していれば、茂みの音などから、敵の接近を察知することができる。 相手の姿が確認でき次第、即座に反応できるよう、神経を研ぎ澄ます。
視界のきかない場所では、レーダーを利用する者もいるが、あれがベータは苦手だった。 アンドロイドならばともかく、マンがレーダーを使おうとすると、あまり便利とは言えなくなる。 アンドロイドの場合、目の前にある景色とレーダー映像とを同時に見ながら、さらにそれを完全に区別して把握することもできるが、マンではそうもいかない。 携帯端末(PPC)のモニターに映し出せば、それと周囲を交互に見ていくことになるし、データグラスをかけてそこに投射すると、景色とレーダー映像が重なることになる。 そのどちらも、ベータは好きではなかった。 たびたび視線を動かしていたのでは、それが隙になる。また、レーダーの光点が、目前にいる敵の姿を隠してしまうことがあるのは、極めて危険だ。 それくらいならば、自分の感覚を頼りにしたほうが確実に思えるのだった。
慎重に森の中を歩いていくが、敵の気配はない。 ただ、どうやら右側から、歩いてくる者があるらしい。 木の葉や草の擦れ合う音に、枝を切り払っているらしい音が混じる。 こんな場所に近づくのは、果たしてだれか。 いまだ一人も発見されていないというパイオニア1の者がここにいるのか。 それとも、パイオニア2のハンターズや軍人か。 あるいは、この惑星の原住民か……敵か。 ベータは足を止め、気配を殺す。 大木の幹に身を寄せ、近づいてくる者の出す「音」を窺う。
「……は……じゃ……」 かすかに声が聞こえた。 言語が聞き取れるほどはっきりはしていない。 「いや。ヒューマンだろう」 先の声に応えた声が、今度ははっきりと聞こえた。 それはテラの共通言語だった。 そして、嫌になるほどベータの知っている声でもあった。 何世紀か前のオペラ歌手の声をサンプリングしたという美声と、歌うような独特の抑揚。 よく知ったその声に、力が抜けた。 安心したというより、疲れに似たものを覚えて脱力してしまった。 「ラ――――ッシュ!」 ベータが声を張り上げる。 「ほら、な。ヒューマン、それも我等が大将殿だ」 「なんだ、ベータか」 ようやく聞こえるようになった他方の声もまた、ベータのよく知っている声だった。
ベータの前に現れたのは、二人連れのヒューキャストだった。 一人は黒いボディにバードタイプのヘッドパーツ、長身、痩躯。名はカルマという。 もう一人は、ヒューマンタイプT型の頭を持ち、やはり黒いボディなのだが、そのカラーリングが一般の黒いヒューキャストとは異なっている。本来ならば赤いはずの部分が濃い青紫で、目にいたっては薄い緑。体格は、隣のヒューキャストに比べてはやや背が低いが(とはいえ2メートルは軽くある)、がっしりとしていて幅もある。こちらが美声を持つ、ラッシュ。 二人とも、ベータとはテラからの付き合いだった。
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