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 ユーサムがヴァリスタらしき小銃を構える。
 我もヴィスクの銃口を上げかけたが、その時、竜が巨大な口を開け、威嚇の姿勢をとった。
 茫然としているヤンの腕を掴み、とっさに右へと逃れる。
 喉の奥に、赤く揺らめくものが見える。
 あれは、炎か。
 竜が火を吐くだのというのは、お伽話ではなかったのか。
 だが、これは現実だ。
 渦巻く紅蓮。
 一気に洞窟の中の温度が上昇する。

 竜が実在するというだけでも驚くべきことだが、まして信じがたいのは、その炎を避けようともせずに正面から行こうというレイヴンの神経だ。
 ユーサムが竜の顔を撃つ。
 だがその程度では口を閉じてはくれぬらしい。
 こうなれば、撃つより、こちらが先だ。
 シフタとデバンドを続けてかける。
 そして、レスタ。
 無謀にもほどがある。
 炎がやんだ瞬間に、レイヴンが大きく跳躍して竜の喉を切りつけたが、苛立たしげに頭を打ち振る竜の、その頭にはじき飛ばされて地面に転がった。
 それでも、起き上がるなり、やはり真正面からいく。
 何も考えておらぬのか、こやつは。
 ユーサムは竜の気を逸らそうと、走りながら位置を変え、撃っては走り、また撃つ。
 ダメージを与えることは相棒に任せて、己はそのために最も相応しい状況をつくろうという腹だ。

 我はレスタを連発することで精一杯で、とても銃など撃つ暇はなかった。
 足を切りに行っては蹴られ、尾を切ってはそれで殴られ、避けることを全く考えずに突っ込む馬鹿者のせいだ。
 しかしさすがというべきか、破壊力は確かなものがある。
 竜の歩く跡には血の筋ができる。
 ユーサムの弾丸を全てはじくほど強固な皮膚では、我の撃つ弾とて急所には届くまい。目を狙うならばなんとかなろうが、脳に届くか否か、この巨体では確信が持てぬ。目を失い闇雲に暴れられては動きの予想もつかぬ。それを思えば、攻撃はレイヴンに任せるべきなのかもしれぬが、せめてもう少し考えた立ち回りをしてくれぬものだろうか。
 これでは我の精神力が尽きる。
 まさかこのようなことになろうとは思うておらなんだがゆえに、余分なフルイド類は持ってきておらぬ。

 頼りはヤンのテクニックだが、このような化け物を相手にするのは、戦い慣れぬ娘には荷が重かろう。
 今は、こうするほうが良い。
 竜が足を止めた隙に、我は未だまともに動けぬらしいヤンの手をとって、洞窟の壁際に引っ張った。
「ここにおれ。動くな。こちらには来ぬようにしてやる」
 天井からの落石が固まった一隅に押し込む。
 竜の注意をここに向けさせてはなるまい。
 竜の目の前を横切って走る。
 さして知能は高くないのか、標的を我に定めて竜が方向を変える。
 我が行動を変えたわけを、ユーサムは即座に察してくれた。
「ワシがやる。おまえさんはアレを回復してやってくれ」
 通り過ぎる瞬間にそう言い、竜の鼻先へと連射した。

 足元をうろつくレイヴンが鬱陶しかったのか、それとも顔を狙ってくるユーサムの射撃を嫌ったのか、いきなり、竜は翼を広げて飛び上がった。
 頭上を大きく旋回し、突如、頭から錐揉み状態で地面へと突進すると土中に身を沈める。
 そのまま、地表を盛り上げながら疾駆しはじめた。
 避け損ねたユーサムが軽々と宙に舞う。
「ユーサムさん!」
「レイヴン、動くな!」
 ユーサムに怒鳴られて立ち止まったレイヴンの足元を竜が通過した。
 これでは手が出せぬ。
 いったん退くしかない。
 だが、興奮しきった竜が洞窟から出ぬとはかぎらぬ以上、むやみに撤退するわけにもいかぬ。
 どうすべきかと迷ううちに、竜は再び姿を見せた。

 土中ならば攻撃されることはないと分からぬのか、それとも、呼吸が続かぬなど、他にわけがあるのか。
 なんにせよ、奴が地上にいる間に片付けねばなるまい。
 長引かれては困る。
 我にはもう何度もテクニックを使うだけの精神力はない。

 やむを得ぬ。
 こちらが全滅するが早いか、竜を倒すが早いか。

 目が狙えぬならば、こうする他ない。
 正面に立ち、開いた口の奥に狙いを定めた。
 おそらくあの炎、一瞬ならば我でも耐えられるはずだ。
 真紅の揺らめきがちらつく喉へと、立て続けに撃つ。
 だが口内の高温がフォトン弾を無効化するのか、竜は平然と、より大きく口を開いていく。
 一瞬、ぴたりと竜の動きが止まる。
 直後、視界が赤く飲まれた。
 反射的に頭を庇って前へと走り、炎の区域を抜ける。
 浴びた一瞬のうちに防護スーツの表面は炭化し、アーマーも焦げ付いていた。
 髪の焼けるにおいが鼻をつく。
 火傷独特の痛みが腕を覆っている。

 レスタならば、あと二度も使えば立ってもいられなくなりそうだ。
 今使うべきではない。
 耐えられる痛みのために使うほどの余裕はない。
 まして今は好機。
 竜の吐く炎の下、顎との間、ここには足も尾も届かぬ。
 喉許目掛けて続くかぎりに連射する。
 竜が吼え、途切れた炎が大きな旗のように翻った。

 明確な怒りを感じた。
 途端、凄まじい衝撃に襲われた。
 痛みはなく、ただ上下の感覚が失せる。
 墜落と共に激痛に見舞われ、呼吸の自由を奪われた。
 竜の頭に跳ね飛ばされたのだとは分かった。
 文字通り逆鱗に触れ、怒りをこうむったままこうして倒れているのが危険であることも、承知はしている。
 だがまだ体からショックが抜けきらぬ。
 我を食おうというのか、間近で開かれる口。
 手元にヴィスクがない。
 不覚にも手放してしまっていた。
 探すが、見つかるより早く、生臭く、熱い吐息を感じた。

「ジーン!!」
 ユーサムの声に顔を向けるや、粗雑なくらい乱暴に拾い上げられた。
 そのままユーサムが地を蹴って横に飛ぶ。
 我が今までいた位置の土を、竜がごっそりと食らっていった。
 咀嚼し、異常に気付く。
 己が足元を見回した竜と目が合った。

 食う気だ。
 このままでは、ユーサムごと食われる。
 鋼の色が視界の端にある。
 ユーサムを突き飛ばし、我は逆、その鋼色のほうへと転がる。手に触れた金属は、間違いなく我のヴィスクだ。
 拾い上げはしたが、体はまだまともに動かぬ。
 せめて一呼吸つく間が欲しい。

 だがそんな暇はなく、再び間近で開かれる口。
 どちらへ逃れるべきか。
 頭を左右に振るよりは、あの長い首を引くほうがままならぬかもしれぬ。
 とっさに前へ飛び、首の下に入りこんだ。
 我を見失った竜が、左右へとその首を巡らせる。
 見当たらぬためだろう。
 歩き出した。
 このままでは踏まれる。
 横に転がり抜けたところで、目が霞んだ。

 息をするために一苦労して、なんとか体勢を整える。
 そして、レスタ。
 だが気力自体限界にきている我の放つものでは、ろくな効果もない。
 もう助けてはやれぬ。己が身を守ることも危うい。
 レイヴンは未だ無謀に等しい位置での攻撃を繰り返す。
 蹴り飛ばされ、踏みつけられ、地面の中に埋没するが、それでもその中から立ち上がる。いかにヒューキャストが頑丈とは言え、内部機構にダメージがないはずがない。
 ユーサムの射撃技術は的確極まりないが、ダメージは見込めぬうえ、レイキャストの装甲では竜の一撃に耐えられるかどうか。
 このままでは全滅もありうる。
 硬い鱗状の皮膚には、我等のフォトン弾は通じぬとすれば……。
 レイヴンの作った傷口、肉の露出した足を目掛けて撃った。
 弾は肉に埋まるが、この巨躯にとっては棘と変わらぬのだろう。
 竜は再び我を見つけて、……笑ったようだった。

 後方から射撃を続けるユーサムを尾で薙ぎ払い、再び高々と首をもたげる。
 炎の届かぬ位置にまで、逃げうるか否か。
 考える前に横へ飛ぶ。

 だが直後、感じたのは熱気ではなく、冷気だった。

 重ねて、全身の痛みが和らぐ。
 まさかと振り返ると、そこにヤンがいた。
「ヤンさん! 隠れててください!」
「馬鹿言うんじゃないわよ! あたいにだってねぇ、女にだってプライドってもんはあんのよ!? アンタたちが必死に戦ってるのに、あたい一人隠れてなんていられない!!」
 続けざまに放つのはギバータ。
 竜の足が地面に氷づけにされる。
 温暖な洞穴に暮らすだけに冷気には弱いのか、竜は初めて、悲鳴じみた叫びをあげた。

「回復と足止めはあたいに任せて!」
 ヤンの声が洞窟に響く。
「はい!!」
 レイヴンは動かぬ足目掛けて渾身の力で大剣を振り下ろした。
 血混じりの悲鳴をあげてどれだけ暴れようとも、ヤンが欠かさず放ちつづける氷のテクニックに射止められ、体温を奪われては動くこともままならぬのか、竜はその場から一歩も動けぬ。
 動けぬならば、我の狙いは一つだ。
 左右の目玉の中央へと弾を撃ちこみ、視覚を奪う。
 闇に怯えて炎を吐き散らそうとも、我等が何処におるかも分からぬのでは、意味がない。
 やがて出血のせいか抵抗も弱くなり、ついに竜は頭を地に下ろした。
「レイヴン、今だ!」
 間髪を入れずにユーサムの指示が飛ぶ。
 黒い風が我の前に吹き込んで、無残な目玉の傷口に、長大な剣を突き刺した。
 その一撃が脳に届いたショックゆえか、竜は大きく一度だけ頭を振り上げたが、ゆっくりと横倒しになり、動かなくなった。


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