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「駄目です。駆動部分に何か挟まっていますから、これではどうやっても開きそうにありません」
 ドームの正面入り口はほぼ原型をとどめていたが、レイヴンの見るところによると、ここから素直に入れはせぬらしい。
「どうします? 壊しますか?」
「こ……!? こ、壊すって、おまえさんなぁ」
「これだけ傷んでいれば、あと少しで破壊できそうですが」
「やめんか馬鹿者が。これだけ巨大なドームなら、どこか他にも出入り口があるはずだ。そっちを探すぞ。ったく、なんでそう短絡的なんだ、おまえさんは」
「すみません……」
 ユーサムに叱られて俯くレイヴンを見て、ヤンが笑った。

 周囲に敵の気配がないのを幸いに、それぞれに分かれて探してみたが、見つかったのは、大型機材搬入用の転送装置だけだった。
「たぶん、こういうのは倉庫辺りにつながってると思うんだがな。あっちの壊れた部分に通じていたんじゃおしまいだが……」
 ユーサムが丁寧に機動状態を調べている。
「これくらいならなんとか修理できそうだな」
「本当ですか?」
「まあ、任せてみろ。伊達に長く生きてるわけじゃない」
 マンのような物言いをして、ユーサムはその場に腰を据えると、装置の修復に取り掛かった。
 手際よく断線箇所を接続し、チップを差し替えていく。
 どうやら、まだ生きている補助電源に直結することでエネルギーを奪い取ったようだ。外壁を装飾していたネオンが消え、転送装置が作動する。
「さすがですね、ユーサムさん」
「大したもんだわ。こういう細かい作業、あたいは絶対できないもん」
「まあ、ワシのような旧式は、こういうところでしか現行型とは張り合えんからな。さ、行こうか」
 ユーサムは気楽に促したが、手には油断なく小銃を握っていた。

 転送された先は、ユーサムの予想通り、地下倉庫とおぼしき場所だった。
 食料、衣料、医薬品など、生活必需品が散乱している。
 コンテナには開けられた形跡のあるものもあった。間違いなく、パイオニア1の住民たちはこのドームを利用して生活していたのだ。
 この荒れた様は、爆発の衝撃によるものだろう。
 床にも大きなヒビが入っている。
「ひっどい有り様ね。街のほうはどうなってるか、これじゃ期待できないわね」
「見に行きましょう。あそこから出られるようですよ」
 言うが早いか、レイヴンは歩き出している。
 その足元で、瓦礫が鳴いた。

「いかん!!」
 突然、倉庫の床全体が大きく沈んだ。
 何事か理解もせぬうちに、落とされる。
 甲高いヤンの悲鳴が響く。
 落ちていく途中、倉庫の地下は空洞だったことを知った。
 反射的に身をひねり、眼下を確かめる。
 地底湖か。
 深ささえ充分ならば、墜死する心配はない。
 左手にヴィスクをしっかりと握り、右腕でアイガードを庇う。これが割れては、我はまともに動けぬ。
 そのまま、生ぬるい水の中に落ちた。

 地面よりはましというものの、接触の衝撃は小さくない。
 視界は暗くなり、耳には風の渦巻くような音しか届かぬ。
 どれほど沈んだか、浮力が感じられた。
 水面を目指す。
 倉庫の中にあった物資が次々と雨のように降ってくるが、構ってはおれぬ。
 水から顔を出して見上げれば、大した高さだ。
 コンテナが巨大な水飛沫を上げる。
 あれの直撃を食らってはたまらぬが、ヤンは何処にいるのか。
 見渡すと、コンテナの落下地点間近から顔を出した。
 もがいているようだ。
 泳げはしても、あの衣装ではままならぬのだろう。
「ヤン。手をのばせ」
「う……っ、うんっ」
 なんとか差し出された手をとって引き寄せ、背負うようにして肩に掴まらせる。ようやく人心地つけたのか、耳元で大きな溜め息が聞こえた。
「一緒に戻っとくんだったわ……」
 そうしたほうが良かったろう。
 しかしせめて引き返す道が分かるまでは、それも叶わぬことだ。

 外壁付近に上がれそうな場所を見つけてそちらへ泳ぐうち、一足早くユーサムが水の中から陸に上がるのが見えた。
 彼等は金属の塊だ。どうしたところで水に浮くことはない。おそらくは湖底を歩いて移動したのだろう。
 我が泳ぎ着くのと前後して、レイヴンも陸地に上がった。
「すみません、私が迂闊に動いたから……。皆さん、大丈夫ですか?」
「な、なんとかね。水飲んじゃったけど……」
「もう少し浅かったら、ワシのような薄めのは、底に激突し
た時点で大破しとるところだぞ。まあ、これは仕方ない。出口に行くには、あの床の上を歩くしかなかったからな。それにしても……」
 ユーサムが背面部の装甲を気にしている。
 気休め程度ではあるが、レスタをかけた。
 これで一時的に痛覚は麻痺し、外傷は多少ならば補修される。
「いや、助かる。一緒に来てもらって正解だったな」
「はい」

 落ちてしまったものは仕方がない。
 ここからなんとか市街のほうへ出ねばなるまい。
 どうやらこの地底湖は都市の水源として利用されていたようで、壁面には人工的なパイプが張り巡らされている。
 ということは、作業員たちが出入りした場所が必ずある。
 見回すと、奥に一ヶ所、壁面を抉って通路が設けてあるのが知れた。
 地底湖へと流れ込む川に沿って作ったものらしい。舗装がなされ、手すりもある。
 上流へと遡っていけば、都市内部か外かは知れずとも、どこかには辿りつくだろう。

 地底湖を縁にそって迂回し、通用路に入る。
 歩きながらレイヴンは、ずぶ濡れの有り様で恨めしげな顔をしているヤンを宥めている。
 そこでようやく彼女は、このレイヴンがあのときロアと間違えたヒューキャストだと気付いたようだった。
 相変わらず気分の切り替わりが早い娘だ。それだけの事実で笑顔を取り戻す。
 呑気と言おうか、ヤンもレイヴンも、ユーサムまで、周囲を警戒するということをせぬ。
 むろん、そう見えるというだけのことかもしれぬが、今初めて踏み込んだ場所で見せるにしては、あまりに悠長と言わざるを得まい。
 だが悪くはない。
 警戒する必要があるならば、我がその役を担うだけのこと。そのようなことを皆でする必要はないものだ。

 幸いエネミーに遭遇することもなく、特に枝道もない通路を拾っていくと、やがて正面に上り階段、右手に爆発で崩れて現れたらしい脇道が見つかった。
「ユーサムさん」
 脇道のほうをしばらく窺って、レイヴンがユーサムを呼ぶ。
「うん?」
「位置からすると、この真正面です。横穴の先なのかもしれません。大型の生体反応があります」
「大型の?」
 レイヴンは生命反応を捉えるレーダーを持っていたのか。なるほど、それゆえに彼は無駄に警戒することがなく、それを承知しているユーサムもまた、安心していたのだろう。
 アンドロイドの中には、その機能が体に組み込まれている者もある。もし基本機能として搭載されておらずとも、ユニットによって装着する者も少なくない。敵の所在をいち早く知ることは、戦闘を有利に導くため、欠かすべからざることだ。
「活動しています。あまり頻繁にではありませんが、移動しているようですよ。どうしますか?」
 大型の、ということは人間のものではない。
 公園で見かけたような原生生物の一種なのだろうか。
「どうって……、そりゃ、確かめてくるしかないな。何が手掛かりになるかもしれんのだから」
「ジーンさん。ヤンさん。構いませんか?」
「構わぬ」
「い、いいわよ」
 そこにいるのが何であれ、調べておかねばなるまい。
 我等の同意を得ると、レイヴンはそれが当然であるかのように、躊躇なく先に入っていった。

 身を屈めねば通れぬような狭い道には、異様な熱気が篭もっていた。先刻の地底湖の水温といい、この付近に火山でもあるのだろう。
 水に濡れた衣類ごと蒸されて、ヤンはまた不機嫌になっている。
 我とても、水を吸って身に張り付いてくるスーツには辟易しているところだ。これでは細かな動きに支障をきたす。過剰な湿度と温度は、呼吸も妨げる。
 もし今、この狭い穴の中でエネミーに急襲されては、応戦もままならぬだろう。
 ヤンは不快さにぶつぶつと文句を並べているが、これは、快・不快の問題ではない。
 だが、もし生命体が接近してくれば、レイヴンがそれを知らせるはずだ。彼の持つレーダーが、今は何より役に立つ。

 天然の横穴は何度か折れ曲がっていたが、方向は大きく変化することもなかった。
 この辺りに棲息する原生生物はおらぬのか、レイヴンが何かを言うこともない。
 進むうちに道は次第に高く、広くなり、やがて巨大な空洞へとつながった。

 天井が抜け落ち、辺りには都市にあったものと思われる物品が散らばっているが、そのどれもがただ落下して壊れたというだけではなく、完全に押しつぶされている。
 その理由は、目の前にあった。

 巨大な爬虫類の化け物。
 トカゲのようだが前足はなく、腕は皮膜の張られた翼と同化している。
 その姿、あえて言うならば、竜。

 ヤンの懸念も満更外れてはいなかったということか。
「な、こ、こんなにデカイとは……」
 ユーサムが竜の巨体を見上げて呟く。
「ですから、大型の、と言ったんですが」
 こちらの声を聞き取ったか、緑色の眼球がぐるりと動いた。

 これはまずかろう。
 民家一軒分ほどもある巨獣を相手に戦う装備ではない。
 見つからぬうちに、ここはいったん引き返し、態勢を……
「な、なによアレ〜ッ!?」
 ヤンが叫んだ。
 竜は大きく首を巡らし、瞳の中央に我等の姿を捉えたが早いか、洞窟全体を震わせて雄叫びを上げた。
 肌が震動する。
 ヤンが口を押さえたが、もう遅い。
 まさかこのような巨大生物を相手にすることになろうとは。
 逃げるという手もあるが、こんなものが我等を追って外に出ては騒動になる。
「いきます!」
 言うなり、レイヴンは大剣を手に真正面から向かっていった。


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