真説・シンデレラ

<幕開け>

(舞台中央、豪華な屋敷のセット。きらびやかな居間のソファに腰掛けて語りあっている父子二人)
(空色のドレスを着てどっかと腰掛けているタイラント。この時点で失神者数名)
(父親役=ラッシュ)

「おまえも年頃なんだから、いつまでも子供のつもりでいてはいけないよ。女の子らしく、ちゃんと足を揃えて座りなさい。ほら、お母さんがそうしていたように」

(さすがに声が声だけによく通る。上に芸達者。実に本物の父親らしい。子持ちの貫禄?)
(タイラント、無視)

「やれやれ……。機嫌が悪いね。私が再婚するのが、そんなに気に入らないのかい?」

(どうやら無理やり話を進めてくれる模様)
(タイラント、やはりシカト)
(ラッシュ、立ち上がりテーブルとソファを回り込んでタイラントの背後へと歩きながら)

「おまえがいつまでも子供だと、私としても、しっかりとした母親が必要なのではないか、という気になるんだよ。いい子だから、機嫌をなおしておくれ」

(突然、ソファの後ろから抱きしめる。父親としての抱擁というわけだが、タイラント、気色悪くなって立ち上がり振りほどき、舞台袖にダッシュで逃亡)

「急に『新しい母親』と言われても納得はいかないものなのだろうな。しかし私は近いうちに商用で旅に出なければならない。連れて行くのは無理だし、かといってあの子を一人で残していくのも忍びない。再婚を急ぎすぎたのは分かっているが……」

(舞台袖を振り返り)

「私とておまえの母のことを忘れたわけではない。今も愛しく思っているよ。けれど彼女は死に、おまえは生きている。おまえのために、共に暮らす家族が必要だと思うのだよ。私は仕事でほとんど家にいてやることもできないのだから……」

(タイラントとは逆の舞台袖へと歩き去る。暗転)


<舞台裏>

 戻ってきたラッシュ目掛けて、いきなり右からドラゴンスレイヤーが襲い掛かる。
 しかしその時には既に、彼は舞台袖のカーテンの中に身を滑り込ませていた。こうなることは最初から分かっていた、というわけである。
「練習通りにしないからだろう。だから私がお膳立てしてやっているんだよ。腹を立てる前に、予定していた台詞くらい、棒読みでもいいからきちんと言ってほしいね」
「く……」
 練習場ならともかく、本番、舞台の上であれだけの観衆がいるとなると、声がまるで出なかったタイラント。出せというのが無理な気もするが、なんにせよ、反論ができない。

「それにしても、おまえ呼んどいて正解だな、こりゃ。本番でゴネるような気がしてたんだ」
「賢明な判断だよ、ベータ。まあ、芝居そのものは私がなんとか続けさせるが、おまえもせいぜい協力して、おかしな真似はするんじゃないぞ?」
「ん〜? なんのことかな〜?」
「ネズミが王子様と結ばれることはないんだからな」
「さーてー?」
「あたいが絶ッッ対にそんなことさせないから、安心して」
「頼りにするよ」


<継母登場>

(居間。豪華なソファの中央にはシックな茶のドレスを着たレイヴン。その背後に二人、白いドレスの姉1カルマと、緑色のドレスの姉2ユーサムが立っている。談笑している模様。だが後ろの二人はぎこちない)
(そこに、ラッシュがタイラントを従えて……もとい、連れて入ってくる。タイラントの衣装は「余所行き」のフリルやレースやリボンがあちこちについているシロモノ。ちなみにこれを見て平然としていられるのは、意識的にそんな感情を凍結させたラッシュと、天然&素ボケで納得しているレイヴン、もとからなんにも考えてないジーンだけという噂。観客席では失神者が追加された様子)

「さあ、新しいお母様にご挨拶なさい」

(タイラント、当然無言。言われたとおり俯いているだけマシだが、拳が震えている)

「こら」
「お気になさらないで、あなた」

(レイヴンの台詞。純粋に「お芝居」を楽しんでいるせいなのだろうが、異様に堂に入っていて、ちょっと怖い。ラッシュも一瞬焦る。「あなた」がきいているらしい)

「急にわたくしを母と思えと言われても、無理というものですわ。無理はせず、全ては時に委ねましょう」
「それもそうだな。後ろにいるのが、おまえの姉さんになる二人だ」
「よ、よろしく……お願いします、ワ」

(ユーサム、やや声が裏返っているが、義理堅く台詞を口にする)
(とりあえず二人とも、目一杯「おめかし」させられているタイラントを見ないようにしている。それを思えば自分たちの格好はあまり気にせずにいられるらしい)

「それでは、私はこれから隣の国まで行かなければならない。お母様とお姉様と、仲良くするんだぞ」
「…………」

(「はい」と答えたらしいが蚊の鳴くようなか細い声である)
(これでラッシュの悪戯心に火がついたらしい。ニヤリとしてもアンドロイド、誰も気付かないが、なにか気配が変わったことだけは感じられる)

「そんなに心配することはない」

(寒気がするほど慈愛に満ちた優しい声。たとえて言うなら、穏やかに微笑みながら地上の滅亡を宣告する神、あるいは殺戮に走る菩薩、というものがあれば、まさにこんな感じと思われる)

「できるだけ急いで帰ってくるし、十日に一度は手紙も出そう。必ず返事をおくれ。良いね?」

(突然のアドリブ)
(タイラント、気圧されると同時に、ハンターズとして培った勘により、最高に嫌な予感を覚える。だが、それがなにかは判然とせず、反応できない)
(カルマとユーサムも胸騒ぎを覚えつつある。レイヴンは、「あれ、台本と違う」くらいにしか思っていない)

「良い子で待っておいで。いってくるよ」

(突然、頬にキス。タイラント、ショートして座り込むのが、まるで泣き崩れるようにも見えないことはないかもしれない、と思うたぶんきっと)
(暗転。後、こっそりと舞台袖へ運び込む)


<舞台裏>

「ラ〜ッシュ……」
「ハハハハハ」
 舞台袖に引っ込むなり、ベータに睨まれたラッシュは、快活な笑いを聞かせた。たぶん、少しも悪いと思っていないから、こんな笑い方になるのだろう、とベータは思っている。
「おまえがトラブルメーカーになってどーすんだよッ!!」
「いや、ついこう、うちの娘とそういうふうに別れることになったらなぁ、とな」
「嘘つけ! 面白がってやがったろうが!?」
「それにしても、あの瞬間、客席からすさまじい殺気を感じたんだが……」
 相変わらず、誤魔化すつもりもなく話をかえるラッシュである。
「そんなこたぁどーでもいい!」
 ベータが怒鳴った途端、
「き、貴様……」
 彼の背後から、低く震える声がした。暗がりから突き出されてきた黒い手が、ベータの肩を掴んで押しのける。

「おや、気がついたか」
「ふざけた真似を……」
 タイラントの怒りは頂点を極めていた。殺気がオーラとなって立ち昇るのが今にも見えそうな濃度である。
 だが、それが通じる相手と通じない相手というのが、この世にはいるのだ。
「挨拶だよ、挨拶。なあ、ジーンくん。君だってベータにしょっちゅうそう言われているだろう?」
 実に計算高く、話の矛先を変えるラッシュ。素直に
「む? ああ、そうだな」
 と答えるジーンには、とりあえず罪はない。

「アンタ……いつもそんなことしてんのね……?」
「だ、だって挨拶だろ、挨拶。頬にくらいなぁ」
 こうなるとベータ、否応なくラッシュの肩を持つしかなくなった。
「と、いうことだ。気にするな」
「次にやったら、覚悟しておけ……ッ」
 殴ってやりたい、という思いと、しょせん芝居だ、という思いと、こんな奴をまともに相手にするほうがバカだ、という思いが合わさって、かろうじて怒りをこらえるタイラントである。
「はいはい」
 無論、ラッシュの返事は軽いものだった。


<シンデレラ>

(「父親が旅に出て三日後」、とナレーションが入る)
(舞台中央では、つぎはぎだらけの衣装を着せられたタイラントが、黙々と箒を使っている。普段触りもしないものだから、ぎこちない)

「シンデレラ! 掃除はまだ終わらないのかい!?」

(袖から声がして、レイヴンが出てくる。悪趣味な黒いドレスである)

「はい、お母様、今すぐに」

(低音の、これ以上は無理だというくらい素晴らしい棒読み。世界棒読み選手権があれば、間違いなく一位と思われる見事さである)

「シンデレラ、ワシ……ワタシの靴を磨いておいてくれ……おいて、と言ったではないカシラ」

(のしのしとユーサムが出てくる。ゴテゴテと着飾った金銀のリボンがいかにも成金趣味な格好)

「シンデレラ、アンタのこのスカーフ、ワタシがもらうわね」

(これまた棒読みのカルマ。手には薄桃色の、向こうが透けて見えるようなレーススカーフがある。これを嬉しそうに肩に羽織って退場なのだが、忘れているのか、そのまま持ってさっさと引っ込む。ひそかに後頭部に赤いリボンがついているのだが、本人気付いていない)
(ナレーションが入る)

「父親が旅立ってしまった途端、娘はつらく当たられるようになりました。一日中働かされ、名前さえ『シンデレラ』、灰かぶり、と呼ばれるようになったのです」

(本当はここで、ナレーションと無言劇によって、シンデレラのいじめられる様子をダイジェストで演じるのだが、突然、ナレーションが予定にないことを言い出す)

「そんなシンデレラのただ一つの慰めは、父親から届く手紙だけでした」

(郵便屋に化けたベータがのこのこと現れて、茫然としているタイラントに、嬉しそうに手紙を渡して去る。タイラント、どうしろというんだ、と固まっている。舞台袖を見やると、とにかく座って開けろ、とヤンがジェスチャーしている)
(タイラント、台所セットの椅子に腰掛け……ようとするが、座る予定がなかったため、普通の木製の椅子であることを思い出し、床に座る。無論、胡座)
(舞台のスピーカーからラッシュの声。とにかく赤面ものの歯の浮くようなどうしようもない台詞が続く。呆れて放心している様が、一心に父親の手紙を読んでいるように見えないこともないと思う、人によっては)


<舞台裏>

「ふぅ」
「………………」
 マイクの傍を離れたラッシュに、無言の視線が集まっている。
「なんだ?」
「いや、よくそれだけとっさに言葉が出てくるものだと思ってな。ワシではそうはいかんぞ」
 ユーサムはそう言ったし、カルマもそんなふうに感心していた。ヤンも似たようなものだったし、レイヴンなどは素直に尊敬しているが、ベータは疲れを覚えている。
 そこに、舞台の暗転と同時にタイラントが引き上げてきた。
 白紙の手紙と封筒を放り出し、ラッシュに一瞥くれると、着替えるために去ろうとする。それを、ラッシュが引き止めた。

「せめて正座くらいにできんかね」
「やかましい」
「女の子らしく……レイヴンくん、ちょっと」
「はい?」
「ここに座ってくれるか?」
「はい」
「ああ、そうじゃなくて、まず正座して」
「はい」
「そのまま踵を開いて……」
「こうですか?」
「そうそう」
 いわゆる平座りになった黒鉄。性格の問題か、あまり違和感を感じないような気がしないでもないが、
「こんな具合に座ってくれ」
 タイラントがやっている姿を想像すると、背筋が寒くなる者と、吹き出しそうになる者に別れた。(約一名、なんにも感じていないのがいるが、それは無視の方向である)

 言うまでもないことだが、タイラントは殴るか無視するか一瞬迷って、無視するほうを選んで姿を消した。
 ところで、何故モデルをヤンにやらせないかというと、そのほうが「もしタイラントがこんな座り方をしたら」と想像しやすかろうという、ラッシュの緻密に計算されたさりげない嫌がらせ……もとい、悪戯である。


<舞踏会>

(継母と姉たちが着飾って去り、一人取り残されるタイラント)

「私も舞踏会に行きたい」

(相変わらず見事な棒読み。アカデミー棒読み賞というものがあれば連続受賞確実な勢いである)

「よいしょっと」

(そこへ、窓からヤンが顔を乗り出してくる。なにせ出演者が軒並み大柄なので、セットも巨大。ヤンではやっと顔が出る位置に窓がある)

「もしもし、そこのお嬢さ……ぷふっ。ごほん、お嬢さん。おまえさんも舞踏会に行きたいのかね?」

(「はい」と答えて台詞が続くのだが、タイラント、無言)
(ヤン、あらかじめ袖で言われたとおり、無視してさっさと台詞を続ける)

「それならよくお聞き。台所から一番大きなカボチャを一つ、それから一番たくましいネズミを一匹、持っておいで」

(タイラント、どかどかと舞台袖に消える。そして戻ってくると、小脇に張りぼての巨大カボチャ、逆の手にはネズミ役のベータの襟首を掴んでいる)
(ちなみに、ベータの頭には丸いネズミの耳つき)

「ほうほう、立派なカボチャと大きなネズミがいたものだね。どうせそのネズミ、あちこちでツマミ食いしてさんざん迷惑かけてる大バカネズミなんだろうけど。さて、と」

(ヤン、「魔法」を使うために意識を集中)

「えいっ!」

(掛け声に合わせて、カボチャの中に仕込んだ発煙筒から煙が出る。その隙に後ろの書割が倒れて、カボチャの馬車が舞台に登場)

「お次はこのネズミ」

(ヤン、意識を集中し……いきなり、ゾンデ)

「げぇっ!? ……こ、この般若……」
「ほらほら、耳とって衣装引き抜いてよね♪」

(ゾンデのショックで、ベータの持っていた発煙筒も煙を出している。仕返しは後にすることにして、ベータ、しぶしぶ衣装替え。煙が晴れる頃には貴族的な御者の正装。やらなくてもいいのに、客席に向かって一礼し、投げキッスなど。物好きな失神者、十数名誕生)
(ともかく、「この格好ではお城に行けない」という次の台詞が出てこないので、ヤン、さくさくと勝手に進める)

「おや、そうかい。おまえさんには着ていくものがないんだね。それはこの私がなんとかしてあげよう。そーれっ!」

(再び、発煙。長い。その隙に衣装替え。映像資料が歴史に残されるようになって以来、これほど凶悪なものはあるまいというほど、史上最高に強烈な視覚刺激と思われる)
(稽古中にようやく見慣れた連中はともかく、劇中でなんとか見慣れ始めた観客たちも、これにはさすがにショック状態に陥る者多数。上演一時中止となる)

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