<舞台裏>

「…………」
 自分にまさか似合うとは思っていないし、似合いたくなど完璧にないタイラントだが、観客がいっせいに泡を吹いて倒れたのを見ては、さすがに複雑な気分らしい。
 しかし、ともかくこれで本格的に中止になり、お蔵入りになり、永遠に封印されるとか、あまりの出来事に記憶認識ができないとか、ともかく、ここで終わらせてしまいたいことには違いない。
「せっかく練習したのに、中止ですかねぇ」
 などとのんきなレイヴンを睨みつけ、タイラントは吉報を待つ。
 だが、ラグオル・クライシスという苦境を乗り越えた民は、強かった。

「再開だとよ」
 様子見から戻ってきたベータの一言は、タイラントにとっては死刑宣告のようなものだった。
 下ろされた緞帳の隙間から見る観客は、既に覚悟を決めたものと見えて、老若男女問わず、異様に胆のすわった貫禄でもって着席している。
 ダークファルスが目の前で実体化しても、「帰れ」と石でも投げそうな勢いである。
 ともあれ、そんなわけで無事に上演再開となった。


<12時の鐘>

(ダンスパーティーの途中、遅れてきたタイラントの入場。客席からは何故かいっせいに拍手が起こる。ラグオル民、まさに強し)
(パーティに招かれた令嬢、淑女の中でもひときわ異彩を放つ……ひときわ可憐なシンデレラを見初め、ダンスの相手を申し込む王子)

「美しい人よ、私と踊ってはいただけませんか」

(棒読みとはまた違う、抑揚のない台詞である。タイラント、腹を決めたのか観客のクソ度胸に呆れたのか感心したのか、無言ながら頷くくらいの芸は見せるようになる)
(音楽)
(どう見ても、薔薇色のモノノケに振り回されている哀れな生贄にしか見えないが、それはそれでウケている模様)
(12時の鐘が鳴り始める)
(タイラント、身を翻すと逃げ出す。突き飛ばされた王子をすかさず受け止めているのは御者だが、何故ここにいるのかは疑問。そしてあまつさえ、その王子の手に接吻なんぞしてから、シンデレラを追いかけていく御者)
(舞台袖から「腕輪、腕輪」とヤンがジェスチャー。ガラスやクリアスチールの靴ではとても履いて移動できないので、臨時に、落としていくのはクリスタルの腕輪になったらしい)
(タイラント、落としていくというより、それを自分の腕から抜き取りざま、ジーンに投げつける)
(ナイスキャッチ!)


<舞台裏>

「後少し、後少し……」
 タイラントの呟きが呪詛のように続いている。
 その殺気めいてどんよりとした気配に飲まれ、他に声を出す者はない。


<エンディング>


(腕輪合わせ。自分で腕輪をとってはめようとする姉×2はともかく、合わせてみろ、と言わんがごとく腕を突き出すタイラント。まるで、腹をくくった犯罪者が手錠を受けるかのごとくである)
(そして、再びヤンが出てきて魔法をかける)
(衣装チェンジとともに、半ば自棄っぽちな拍手と歓声、口笛などが飛び交う)
(めでたし、めでたし)


<舞台裏>

 もう二度とこんなことはするものか、という意思も露に、タイラントは不気味な衣装を引き裂いて体から剥ぎ取り、床に叩きつけた。カーテンコールを求める声が続いているが、ステージに出る気もないらしく、既に足は出口へと向かっている。
「ところで、ずっと疑問に思ってたんですけど」
 それならそれで仕方ないか、とたぶんタイラントを引き止めるつもりなどないのだろうが、ふとレイヴンが口にした。
「このお話って、シンデレラは王子様と結ばれてめでたしめでたしなんですけど、継母と姉って、たしか殺されるんですよね、この後」

「なに!?」
 ユーサムが驚いて後ずさった。
「子供向けのお伽噺では、継母と姉は改心して、シンデレラは三人を許し、みんなでお城に暮らすことになってるんですけど、そこまで言及してある話も少なくて、たいていは『王子様と幸せに暮らしました』だけで終わってるんですよ。でも、一説によると、贅沢をしたいがために、心にもない嘘をついてシンデレラに取り入ろうとした継母と姉たちは、鳥……豆をえり分けるのを手伝った時の鳥だと思うんですけど、あれに目や内臓をついばまれて殺されてるんです」
「グ、グロいな……。生きたまま鳥の餌か……」
 想像してしまったらしく、ベータが顔をしかめる。
「まあ、それはそれで一つの結末ですから、いいんですけど」
 レイヴンはさして大したことでもなさそうである。たまにこういうところが怖くなる長兄と次兄だが、口は挟まずに黙って耳を傾けた。
 と、レイヴンは続けてこう言った。
「父親って、どうなったんでしょうね?」

「へ?」
「どの説でも、父親がどうなったかは書いてないんです。ええと……冒頭で父親まで死んでしまって、継母と暮らすことになる、というのは極めてローカルなタイプで、一般的にはこの劇と同じように、父親は商用で旅に出ることになってるんですけど、帰ってきてどうしたとも、帰ってこなかったとも、書いてないんですよ」
「そう言えば、台本も親父の出番は冒頭だけだったよな。誰かさんはちょろちょろ顔出してたけどな」
「仕方ないだろう。アドリブで劇を進めるにはそうするしかなかったと思うがね?」
「へいへいへい。まあそれはそれとして……結婚できるってことは一人前の女だってことだろうし、親父の許可なんていらないんだろうが、連絡もせずいきなり結婚してるんだよなぁ。で、この劇だと子供向けだから、継母たちも改心して仲良くお城で暮らすとして……パパ、のけ者?」

「帰ってきたら家は空家、話を聞けば家族は皆して城暮らし、か。単身赴任のわびしさの極地だな」
「人事みたいに軽く言うなよ。自分の役だぞ。いいのか、仕事で半年ほど留守にしてて、帰ってきたらラルムがどっかの男とくっついてたりしても」
「それがおまえでなければ文句は言わないね」
「げふ」
「どうせ仕事で旅に出ていることが多い身で、娘は将来になんの不安もない幸せな城暮らし。どうせいずれは嫁に出す娘のことだし、だったら玉の輿に乗ったわけだ。たまに顔が見れて声でも聞ければ、父としてはそれで充分だろう」
「ところがある日軍事クーデターが起こり王宮は火の海に! とかなっちゃったらどうすんのよ?」
 ヤンが面白そうに口を挟んできた。

「その時には、勇ましく戦ってくれるんだろう? 王子様が。善良な一市民に過ぎない父は、はらはらしながら成り行きを見守っているよ」
「そりゃお伽噺の物語だぜ。クーデターなんて大人の生臭い話なら、まずは逃げ落ちるのがせいぜいだな。逃げるうちに愛しの旦那様と引き裂かれ、あわや可憐なお姫様は山賊の手に、と来る」
「三文小説じゃないさ、そんなの」
「文学よりそっちのほうが面白いだろ。それで、夢が見たいなら、お姫様の純真無垢な心に触れた山賊たちは、白雪姫の七人の小人よろしく、姫様のための革命軍となるわけだ」

「夢が見たくなかったら?」
「手篭め」
「うわ、サイテー」
「挙げ句、ぼろぼろになるまで使われた果て、売春窟に売り飛ばされる。地獄を見て、心身ともに鍛えられた後、復讐のために立ち上がる、くらいがオトナの読み物だよな」
「もちろん最後は敵を討って、国を建て直してハッピーエンド?」
「まあ、それくらいはサービスしてもいいな」
 話が少しずつ違う方向に入ってきているのだが、止める者はいない。
 タイラントはさっさと帰りたかったが、上演はこの一度きり、である。ということは、もう終わってしまった後では、早く帰ろうが遅くなろうが、あまり意味はない。
 なんだかんだで、近頃少しは付き合いも良くなったものらしく、黙って話の成り行きを聞いていた。

「だったら、そういう展開もありね。で、王子様はどうなるわけ?」
 ヤンとベータは、次から次へと話を進めていく。
「現実的に考えると、王宮育ちの王子様に腕力なんてないからなぁ。追っ手にかかって死ぬのが関の山じゃないのか? だいたい、自分のカミさんをダンパで選ぼうなんて優雅なご趣味の持ち主だぜ? 獅子奮迅の活躍で革命軍を率いて国を奪回、なんてイメージには遠すぎるね。そういう時には、実際、女のほうが強いんじゃないのか? カッコいいだろ。革命の女戦士」
「うんうん、いい感じ。でもそれじゃちょっと可哀想よねぇ。ねえねえ、じゃあ、逆は?」
「逆?」
「そ。シンデレラは山賊でもクーデター側でもいいから、囚われの身なの。で、王子には力なんかなくたって、人望ってのがあるじゃない。自分の護衛の騎士とかを上手く動かす頭はあって、それで革命軍を指揮! 無事お姫様も取り返すのよ」

「あー、俺、ただ守られてるだけの女ってあんまり好きじゃないんだよなぁ。それならいっそ、両方だろ。追っ手に追われて逃げている途中、二人とも谷底に落ちるなりするわけだ。で、それぞれ、自分だけが奇跡的に助かった、と思ってる。で、それぞれに革命軍みたいなのを作って動き出す。王子のほうは、なんとか護衛の騎士たちと合流して、正規の元国王軍だよな。で、姫さんのほうは山賊の心を掴んで、ゲリラ軍。お互いの正体は知らないまま、三つ巴で戦う、と」
「あ、じゃあさ、最初は山賊のところでひどい目に遭ったシンデレラが、それでも気丈に『国を取り戻すまではっ』と決意しているところに、山賊のリーダーが惚れ込んじゃったりして、シンデレラとしては、王子は死んだと思ってるし、もうキレイな体でもないから、と第二の夫、みたいな感じで頼っちゃって……」
 ヤンの目はきらきらと輝いてきていた。

「女はそういうの好きだなー。ハーレクインってヤツ?」
「いいじゃん、べつにー」
「まあ、それでいくなら、俺は第二幕は騎士だな。もう命かけてでも守ってやるぞ、うん?」
「む? ああ、劇の話か。やるのか?」
 急に話を持ってこられたジーンは、大して興味もないように言う。タイラントは、冗談じゃないとぎくりとした。
「いや、やれば、の話。な? たとえ火の中水の中、雨が降ろうと槍が降ろうと雷食らおうと」

「王子にはシンデレラがいるわよ」
「そっちは山賊のリーダーとくっつくんだろ? そういうタラシ役は……ラッシュ、おまえ決定」
「なんなんだ、それは。だいたい俺と山賊と、どういう接点があると」
「おまえならありうる。知的山賊? どうせなんでもありだろうが。ヒューキャスト引退して科学者やってるくらいだ。元は一国の主が、国を失って山賊まがいの暮らしをしてた、なんてーのならいかにも紳士的山賊っぽいだろ」
「誉められているのやらけなされているのやら」
 ラッシュが苦笑する。

 ヤンはいかにも面白いことをひらめいたというように、手を打った。
「ねえねえねえ、どうせならさ、シンデレラのお父さんって、その山賊のリーダーの兄弟ってことにしたら? 双子の弟で、双子っていうのが不吉だって言われた時代とか国もあるわけでしょ? 王家に生まれたけど、不吉だからって弟はこっそりと養子に出されちゃうわけ。それが自分の養父の跡を継いで、商人になったのよ。だから、シンデレラには王家の血が流れてるの。それなら王子とつりあっても不思議じゃないわよ」
「そうなると、自分の叔父と恋に落ちることになるぞ? 私がそういう二役をやったとしても、似ていることにする必要はないと思うがね。芝居である以上は」

「まあその辺は前後と相談して上手く設定するとして、とすると、かつて国を失った元国王と、今国を失いつつあるお姫様がそろうわけだよな。どうせファンタジーなんだ。その裏には悪い魔法使いがいて、ってのはどうだ? おまえの宿敵」
「あっ、それいい! じゃあさじゃあさ、今度のクーデターは悪い魔法使いが裏にいるわけね?」
「王道はそうなるよなぁ。で、以前はその『双子は不吉だ』って話をしたのがそいつなんだよ。ホントは逆。離したら不吉なことが起こる、って運命だった」
「それだったらさ、シンデレラのお父さんもまた出てこない? 離れると不吉なことが起こるっていうことは、また一緒にいればなんともなくなる、とかいうことで」
「バァカ。だったら魔法使いが手を打ってるだろ。つか、それで親父殺される、とか。お、こんなのはどうだ? 親父がそんなふうに、悪い魔法使いの操るクーデター軍に、適当に理由作って処刑されるところに居合わせるシンデレラ。けど、革命のためには今自分が現れるわけにはいかず、現恋人の叔父と共にその光景を見ているしかない、と」
 話は終わる様子を見せない。まるで、落ちると言ってから始まったチャットのようである。

「おいおい、二人とも。こんな話をどれだけしたところで、実際に劇にするわけでもないというのに、よくそれだけ盛り上がれるものだな」
 これでは延々と続きそうだ、と思ったか、ラッシュがさりげなく水をさした。
「そりゃあ、ネタ話は面白いからなぁ。こっちに火の粉が来なけりゃ、だけどな」
「ま、ね。あー、でもさ、これでいくと、タイラントがシンデレラでしょ? 薄幸で悲劇のヒロインが、細腕で懸命に戦う、って感じじゃなくなるわよねぇ」
「笑ってもらうなら、シンデレラは囚われの身になってもらうしかないよなぁ」
 自分のほうに話を持ってくるな、とタイラントは二人を睨みつけた。無論、通じない相手である。
 なんにせよその日は、そんなとりとめのない話の内に終わっていったのであった。

 

 

 が。

 

 

 翌々日、参加者全員にこんなメールが届いていた。
『先日のキッズフェスティバルは大好評で、企画した私としても非常に嬉しく思っている。ついては、春に行う第二回キッズフェスティバルのため、また諸君らの助力を得たい。出し物は、当初は“ハムレット”を予定していたが、先日の舞台裏で私の部下が聞いた物語が非常に面白そうだという話である。今回のシンデレラの続編として、同じ配役で、次回はその物語を上演してもらうことになった。よろしく頼む。』
 タイラントはその夜、短い書置きを残していなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

探すな。

 

俺は死んだと思え

 黒ロボ家の台所のテーブルに置かれていたメモには、ただその一言だけが書かれていたという……。

物語なんてものはありません。
光景を想像して笑えるかどうかだけです。