パイオニア2が無事にラグオルに降下し、二度目の新年が訪れた。 二年前、初めてラグオルを見た時の感動。 そして、危険極まりない新たな星を前に、移民船に積み込んできた資源も食料も限界が近づき、ろくに眠ることもできずに過ごした夜。 その記憶は、未だに生々しいものがある。 それだけに、星の平和を勝ち取ってくれたハンターズたちに対して、世間の人々はかぎりない感謝と憧憬を抱いている。 『救星の英雄』とは誰が言い出したものか、いつの間にか子供たちの間では、そんな呼び名がまかり通るようになっていた。
そんな新年のことである。 年が明けていきなり、黒ロボ家に総督府からの召喚状が届いた。 「俺と、カルマと、おまえと?」 「みたいですよ」 モニターのメールを睨みながら、タイラントが難しい顔で腕を組む。寄りかかられた背もたれが、ぎしりと音を立てた。 「どうしました?」 「また何かあったんじゃないかと思ってな」 「やっぱり、そう思いますか」 「当たり前だ」 総督府からお呼びがかかるということ自体、異常なのだ。 「とにかく、明日ですか。行ってみるしかありませんね」 何か、また途轍もない危険が待ち受けているのかもしれない。 だとしても、それを排除することが、力ある者として生まれた自分たちの役目なのだ。 真剣にならざるを得ない、タイラントとレイヴンだった。
翌日、カルマ、タイラント、レイヴンが総督府へ向かう道中、嫌になるほど見知った二つの顔に出会った。 「久しいな」 あるかなしかの微笑を浮かべるジーンと、その隣のベータ。 相変わらず騙されているのか、とかつての仲間が憐れになるタイラントである。 「兄弟揃って何処へお出かけだ?」 ベータが揶揄を口にする。が、その声音は重い。 「まさか、貴方たちも、総督府から?」 察したレイヴンが問うと、ジーンとベータはそれぞれに頷いた。 「この俺たちが揃って呼ばれるなんてな。また何かあるってのか」 ベータが苛立たしげに溜め息をつく。 「ともかく、行ってみよう。俺たちでなければ片付かないほどの難事というなら、急いだほうがいいのかもしれん」 カルマの言うことに異論はなく、合流した五人は、いくぶん足早に歩き始めた。
そうして辿り着いた指定の場所で、彼等はいっそう深刻な顔をせざるを得なかった。 そこに、ユーサムとヤンまでいたのである。 「おいおい。冗談じゃないぜ。ラストオペレーションのメンバー揃えて、何やらかそうってんだ」 ラストオペレーション。 総督府から正式に下された、ダークファルス討伐のための指令である。 それを請け負い、生き残ったのが、今ここにいる七人だった。 つまり、世間で『救星の英雄』と呼ばれている者たちである。 「まさか、ダークファルスクラスの敵が確認されたわけじゃないだろうな」 ユーサムが渋りきった声で呟く。 「ありえないとは言えませんが……」 「ジョーダンじゃないわよ。これでやっとのんびり暮らせると思ったのに」 ヤンが憮然と口を尖らせたところへ、タイレル総督が、現れたのだった。
自身、ハンータズとして活躍していたこともあるという壮年の男は、気さくな笑みを浮かべていた。 どうやら、深刻な用事ではないらしい。 だが、深刻ではない用事で、何故この七人を呼び集める必要があるのかは分からない。 それからタイレルは、召喚の理由について語ったのだが……
「ちょっと兄さん!」 問答無用で出て行こうとしたタイラントを、レイヴンが止めた。 「ふざけるな! わざわざ人を呼び出しておいて、馬鹿にするのも大概にしろ!」 「馬鹿にはしていない」 タイレルはいたって真面目な顔つきをしている。 そしておもむろに立ち上がると、秘書のアイリーンに目配せした。 執務室の巨大なモニターに、現在のラグオルが映し出される。 青く、美しい星。 そして画面が切り替わり、活気の溢れる市街。 「たしかに、我々はこの星を、新たな故郷を手に入れた」 刻々と変化するモニターの中の景色に目を留めながら、タイレルは重々しい声で話し始める。 「しかし、パイオニア2は本格的な移民の第一陣ということで、開拓資材や、それに応じた人材は、積んできてはいない。分かるかね? 本来ならばパイオニア1の者たちと共に当たるはずの惑星開発が、今現在、ほとんど行われていない。実質、パイオニア3の到着待ちになっている。一見は何も問題のなさそうなこの風景だが、気付いている者は、待ち受けている未来の不安に、とうに気が付いているのだ」
「そりゃ分かりますがね、そのことと『この話』と、どう関係があるんです?」 ベータが問う。 彼はタイラントほど「この話」に呆れてはいないが、納得できないものがあることは、誰も変わりない。 「君たちは、君たち自身にとっては不本意かもしれないが、『救星の英雄』として知名度も高い。誤解を恐れずに言うならば、この星の未来の希望そのものだ」 そんな言われ方をしても、落ち着かないだけで嬉しくはない。 だいたい、そんなふうに祭り上げられて、それを利用されるとすれば、嬉しくないどころか腹立たしいレベルである。 「分かるかと思うが、尊敬もしていない教師に言われたことより、敬愛する隣人に言われたことのほうが、はるかに胸に響くものだ。我々が、市民より一段高いところからどんな立派なことを言ったところで、それでは決して人は動かない。今、このラグオルに住まう人々を動かすことができるのは、他の誰でもなく、君たちなのだ」
「ねえねえ。それはいいけどさ、それで、だからなんで『こんなこと』しなきゃならないのさ?」 堅苦しい話に飽きてきたのか、ヤンが投げやりに言う。 タイレルは、急ににこやかに笑った。 「まずは、市民たちに親しみやすさをアピールしてもらいたい。そのための企画だ」 「帰るぞ、カルマ! レイヴン!」 「ああ、もう兄さん」 「こんなくだらんことに付き合っていられるか」 「まあそう言うな。要するに、これからこの星を拓いていくのは子供たちだ。その子供たちの支えとなってやれということだろう? そのためにいくらか道化を演じるくらい、悪くはないだろう」 「上手いこと言うもんだな、カルマ。まあ、俺はいいぜ。面白そうだ」 そもそもイベント好きなベータはあっさりと承諾、ヤンも面白そうだと引き受け、子供たちの未来のため、とあってはユーサムに断る道理はなく、ジーンはもとより、命令を拒むような精神構造をしていない。 結局、六対一でタイラントが折れることとなった。
「それで、演目はなんなのさ?」 やると決めたら面白くなってきたヤンが、うきうきとタイレルに尋ねる。 「これだ」 そうしてタイレルが取り出したのは、一枚のディスク。 映し出されるのは……。 「シンデレラ、ですね」 鮮やかな色彩と豊かな表情で、踊るように動くアニメーション。20世紀に大活躍したというビッグネームの作品だった。 「シンデレラ? なんだ、それは」 「アルに買ってあげた説話集の中にあったでしょう。継母にいじめられていた女の子が、魔法使いの力で綺麗なお姫様に変身して、王子様と結ばれるという話ですよ」 「ああ、あれか」 カルマも記憶にある。 靴のサイズがどうして一人の人間にしか合わないのか、疑問に思った覚えがあった。
「そんなに本格的にやってもらうことはない。練習時間も一ヶ月ほどしかないのでな。問題があるようなら、好きにアレンジしてくれても構わん」 そうしてタイレルは、既に用意してあった脚本を七部、一人一人に手渡した。 こうして彼等は、「キッズフェスティバル」なるもので、劇をして見せることとなったのであった。
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