タイレル総督が用意した台本によると、役柄は以下の七つ。
「シンデレラ」
「継母」
「姉1」
「姉2」
「魔法使い」
「ハツカネズミ」
「王子」
 従者その他には、エキストラというか、ある程度心得のある劇団員などを配置するらしい。

 で、内容を読むまでもなく、役名だけを見れば分かることだが、巨大な疑問が一つ。
 「七人中六人までが男性(性格)であるのに、何故女役が多い演目か」
 疑問を持ち出したのはユーサムで、それに、呆気なくレイヴンが答えた。
「アンケート結果だそうです。古代説話の中からいくつかを子供たちに見せて、どれが一番気に入ったかを選んでもらったところ、これになったそうですよ」
「あんたなんでそんなこと知ってんのさ」
「私はこの物語の内容を知ってましたから、気になったので、総督のところを出る時に」
 そう言えば、レイヴンは少し遅れて出てきた。どうやら、そのことを確かめていたものらしい。

「まあ、なんにせよこんなもの、シャレだろ? そう難しく考えることもない。適当に決めちまおう。アミダでいいか?」
 言いながら、ベータは紙切れにさっそくアミダを作り始めている。
 縦線を七本引いて下に役柄を並べ、そこを折りたたみ、適当に横線を入れていく。
「みんなで何本か、横線を付け足してくれ。で、俺は何処にどの役を書いたか知ってるからな。あまりものでいいぜ」
 時計回りに選べ、とまずは自分の隣のカルマに紙を渡す。
 これも仕事だと割り切ったのか、カルマは適当に一ヶ所選び、署名した。

 隣へ隣へと回していって、最後の一箇所に、ベータは自分の名を記す。
「これで、誰が何処にきても恨みっこなし、文句言わずにやるんだぜ? どうせゴネるのは目に見えてるからな。いちいちそんなの聞いてたんじゃ、いつまでたっても決まらない。この決定に従う、いいか?」
「いいですよ。お芝居ですからね」
「あたいもオッケー。って、あたいは何処にきてもいいんだけどさ」
 性格的にというか、別にこだわりもなさそうに誓約する二人。
「構わぬ」
「まあ、それで公平なんだしな。ワシもいい」
「俺も、無難な役のほうがいいが、文句は言わん」
 ジーン、ユーサム、カルマも納得する。
 乗り気にはどうしてもなれないタイラントは、「ふん」とも言わなかった。
「いいんだな?」
 ベータに念を押されて、心底しぶしぶ、頷く。
「じゃ、名前のほうから辿るか。まずはカルマからだな」

 アッミダっくじ〜、とベータはやけに楽しそうに縦線と横線を辿る。
 まずはカルマが「姉1」にヒットした。
「まあ……これだけ女役が多い中でなら、無難だな。俺としては、王子になるよりはマシだ」
 苦笑しつつも、不服はなさそうだ。
「で、どんな役だ?」
 物語の内容を詳しく知っているらしいレイヴンに問う。
「ええと、二人の姉は、自分の美しさを鼻にかけて、連れ子のシンデレラに何かとつらく当たります。雑用をさせたり、わざわざ仕事を増やしたり」
 カルマがやるには難しそうな役だが、やってやれないこともない。

「じゃ、次はレイヴンだな」
 そして再びアミダくじ。
 「継母」にヒットし、妙な沈黙。
 似合う、と思っていたのだが、誰も口には出さない。もちろん、言葉にされなくても察することのできる雰囲気で、レイヴンは小さく溜め息をついた。
「自分の子である上の二人を可愛がって、シンデレラをいびる……まあ、姉たちと変わりない役どころですね。王子様のお妃選びには、直接は関わりませんから、姉たちとは微妙に異なりますが。で、はい、次にいきましょう」
 律儀に自分の役を説明して、促す。

「次はヤン、と」
「あたいがシンデレラに入れば、一番無難よね〜」
 ヒロインをやってみたい気もするのだろう。他の者としても、心の何処かではそれを願っていないでもない。
 が、ヤンが手に入れたのは「魔法使い」。
 似合う、と言いかけて、ユーサムは慌てて音声回路を遮断した。
「魔法使いは、シンデレラをお姫様に変身させるんだったか?」
「ええ。舞踏会に行けずにいる彼女のところに来て、粗末な服をドレスに、カボチャを馬車に、ハツカネズミを白馬に変えるんです。出番は少ないんですが、シンデレラの唯一の味方ということで、いい役ではありますね」

 次のユーサムは「姉2」になった。
「ワシがそれか。まあ……なんとかやってみるか」
 苦笑しながらも、継母や姉たちは脇役に過ぎないのだ。何処かほっとした様子でもあるユーサムだった。

 ここまできて、ベータは一つ、とあることに気付いた。
 だが、それはあえて口に出さず、残る配役を見る。
 残っているのは「シンデレラ」「ネズミ」「王子」の三役と、ジーン、タイラント、ベータ。
 結果によっては何事もなく始められそうだが、何か嫌な予感も、する。
「次は、ジーンか」
 心なしか、ベータの声も躊躇いがちだ。
 ちなみに、いくらなんでもジーンがシンデレラになって自分が王子になるのは、勘弁してほしいと思っていたりするベータである。
 そういうのは、人前ではなく人目につかないところでこっそりと進行させたいからなのだが、そんなことはとりあえずどうでもいい。

「……『王子』、か」
 感情の欠落した仮面つきの王子様というのもけったいである。
 だがベータが今一つ困惑気味なのは、これでまた一つ、男がやるには無難な役が消え、一番危険な役が残されたままになったからである。
 しかし当人は些事に関心などないらしく、
「どういう役だ?」
 とレイヴンに聞いている。
「その国の王子で、お妃を選ぶための舞踏会の主役ですね。その舞踏会に国中から集まった女性の中から、お妃となる人を選ぶんです。それで、この場合それが、身なりを整えたシンデレラになります」
「そうか」
 拒むも何もない、徹底的に淡々とした反応。
 こんなことで子供に夢や希望が与えられるのかどうかは疑問だが、アミダの神(謎)に誓約した後だ。

 そして、残るは極めて無難な役と、極めて……アレでナニな役。
(……まだしも俺がシンデレラなら、シャレだと思ってやってやれるが)
 ベータはそっとタイラントを窺う。
 しかし心の何処かでは、アミダの神に願うのである。
 どうせなら、ハプニングつきのほうが面白い、と。
第一、既に一つ面白い偶然が出来上がりかけているのだ。それをこのまま、完璧にしてしまいたい。
「いいか? どっちがどっちになっても、ゴネるなよ?」
 ベータはそうタイラントに言いつけておいて、タイラントの名から、ラインを辿った。

 そして。
(アミダの神は居た……!)
「ふ……ッざけるな!」
「往生際が悪いですよ。文句言わないって約束したでしょう」
 レイヴンも笑いをこらえている。
 そう。
 アミダの神はタイラントに「シンデレラ」という役を与えたのである。
 やり直しだ、と叫びたいところだが、一度交わした約束を破るような卑劣な真似のできる性格でもないタイラント。
 ギリギリと軋む音がするほど、拳を握り締めている。
「で、俺はネズミ、か。それにしてもまあ、シンデレラ一家が綺麗にアンドロイドで固められたな」
 カルマ、レイヴン、ユーサムまでが決まった時から、実はベータはこのことに気付き、アミダの神の存在を感じていたのである。
「ま、これもアミダの神の思し召しってヤツだろう」
「ンな神がいるかッ!!」
「怒鳴るなよ。公平に、アミダで決まったんだ」
「ぐ……っ」
「まあ、俺がシンデレラになってたら、それはそれで良かったんだけどな。な、王子様?」
「む?」
「あたいが許さないわよ、それは」
「代わりたいなら喜んで代わってやる」
「それをやりはじめたら、アミダやった意味もなくなるだろ。ま、潔く諦めてだな、台詞でも覚えようぜ?」
 こうして、とんでもない配役でスタートした「シンデレラ」の稽古だった。


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