Bitter Stair

 その男を見た時、一番最初にふっと、何処かで見たことある、と思った。
 でも、何処で見たのかは思い出せないし、誰かに似ているみたいだと気付いたけど、誰に似ているのかも分からなかった。
 なんにせよ、あたいは今日は、このレイマーと組んで仕事をすることになっている。

 それにしたって、なんか感じ悪い奴。
 ものすごく不機嫌で、それを隠そうともしない。
 どうやらギルドの手違いでこの仕事を引き受けさせられたみたい。だけど、受付の人がそういう間違いをしたわけじゃないし、したんだとしても、「気にするな」って許してやってこそ、男ってもんだわ。
 それが、もう体全体でというか、雰囲気そのもので、イライラを表現してるみたいで。
 見た目は二十代後半か三十くらいだと思うけど、ガキみたいな奴。
 そうは思ったものの、だからってあたいまで我が儘言いはじめたんじゃ、そいつと同じレベルってもの。
「よろしくね」
 あたいは握手を求めて手を差し出した。

 なのに、なんと無視。
 横目でちらっとあたいの手を見て、そのまま歩き出す。
 なんなのこいつ、とムッときたけど、仕事に入る前から喧嘩しても仕方ない。そう、仕方ない。
 あたいはぐぐっと我慢した。

 依頼内容は、遺跡内部で護衛を失い、小部屋から出られなくなってしまった調査団の救助。
 実は、あたいはあんまりこういう仕事、好きじゃない。
 どうしてって、簡単よ。
 テレパイプが手元にある時ならいいけど、ない時にこんなもの引き受けると、通り道のエネミーをほとんど全滅させなきゃならないし、連れて帰る道々は、まったく戦えない人たちを守らなきゃいけないし、それでそういう非戦闘員っていうのは、体力もないのよね。まあ、緊張の連続だから無理もないとは思うけど、少し進んでは休んで、を繰り返したり、やたらあたいたちに文句言ったり。

 で、パイプは今、べらぼうに値上がりしてる。
 あたいの全財産はたいて、やっと二つ買えるくらい。
 ラグオル・クライシス時にハンターズに供給したものだから、在庫がないせいなの。で、製造するための物資もない。
 つい一ヶ月前までは、安全を買うと思えばそう高いものじゃなかったのに、今ではラグオル一、高価な品物になってる。
 そんなわけで、あたいは一個も持ってなかった。

 あんまり話し掛けたくはなかったけど、これは確かめておくべきことだし、と、
「ねえねえ、あんたはパイプ、持ってきてるの? あたいはないんだけど」
 いけすかないレイマーに尋ねる。
 ……また無視。あたいを一瞬見ただけで。
 さすがにムッカー、ときた。
「ちょっと! 返事くらいしたらどうなのよ!」
 ゲートに向かいながら、思わず怒鳴ってしまう。辺りにいた人の注目が集まって、口を噤む。
 それでもやっぱり、返事はない。
 どころか、そいつったらさっさと先にテレポーターの中に消えるんだからたまらないわ。
 「行くぞ」とか一言くらい言ったらどうなのよ。
 そう思いながら、あたいもしぶしぶと後を追った。
 いまだに、名前すら聞かないままで。

 遺跡エリアに転送完了した途端、あたいは「こいつバカじゃないの」と心底呆れた。
 ギルドによって決められている、レイマー用の標準装備プロテクター、もうつけてないの。これがないってことは、いわゆるアーマーとかフレームって呼ばれている補強防具もつけられないってことで、つまり、薄っぺらい防護スーツ一枚ってこと。そんなんじゃ、エネミーの攻撃を受けたら命にだってかかわりかねない。
 けど、どうせなにか言ったって、まともに答えもしないわけだ。
 あたいも無視することに決めた。

 遺跡のエネミーは、いくら慣れたって、さすがにしぶとい。戦うのは大変。
 最初はいいけど、疲れてくると頭の中が麻痺したみたいになってきて、自分がちゃんと戦ってるのかどうかも分からなくなる。
 だいたい、レンジャーはいいわよ。だって銃の重さを支えて、引き金を引くだけなんだから。
 その点ハンターは全身運動の連続だし、あたいは頭の重労働。
 もう少しくらいゆっくり進んでくれればいいものを、レイマーAったら、休もうともしない。

 その体力は認めるし、なんていうか、反応はすごいと思う。エネミーが現れた瞬間には、もうそっちにショットの銃口、向けてるくらいに速いんだから。
 ものすごく勘がいいのか、気配に敏感なんだろう。後ろから近づいてきてる奴、振り返らないでかわすくらい。
 ただ、組む相手としては最低。
 タイラントも強行軍するほうだけど、ガーッと進んだら少しくらい休憩入れてくれるわよ。ジーンと二人で組んだことなんてないけど、休もうと言えばあれこれ反論することなんてない。ベータは、悔しいけど、北米屈指と言われただけのことはある。口は減らないけど、悔しいくらいあたいのコンディション、分かってる。
 このレイマーA、あたいが疲れてたって知らん顔だし、休みたいって言ったって、聞いてくれるようにも思えない。

 それでも、無理に進んで怪我するのもバカげてる。
 聞いてくれようがくれまいが、あたいにはあたい自身を守る義務だってある。
「ちょっと! 少し休ませてよ!」
 広間のエネミーを片付けたところで、さっさと出口に向かおうとするレイマーAを、あたいは大声で呼び止めた。
 細い眉の間に、あからさまな縦皺が刻まれる。
「あんた一人のペースで進まれたら、ついてくほうはたまんないわよ」
 チーム、ってものには、協調性が必要なはず。そんなこと、あたいだって知ってるわ。

 なのに、なのに!
「それなら帰れ。いるだけ邪魔だ」
 ときたもんだ!!
 あたいの我慢リミッターなんか、一発で吹っ飛んだ。
「いるだけ邪魔ってなによ!? あんたプロテクターもつけないで突っ込んで、あたいがデバンドかけてなかったら、そんなスーツの耐久力……」
 耐久力なんてたかが知れてる。言おうとしたけど、言えなかった。
 目の前に、ハンドガンの銃口。
 そのずっと向こうに、あたいのことなんてゴミかなにかみたいに見てる、ぞっとするほど冷たい目があった。

「デバンド? かかっているのか、これで」
 あたいにガンをつきつけたまま、そいつが言う。
 今は、シフタもデバンドも、切れてる。
 だってエネミーがうじゃうじゃ出てきて、とてもじゃないけどかけてる暇なんかなかった。
 そんなの当たり前よ。
 かけてほしいんだったら、いったん引き返して安全地帯に戻るとか、そうする必要がある。今まであたいたちはそうしてきた。
 あたいはなんとか怒りを抑えて、そう言ってやった。

 あたいの言ってること、間違いじゃない。
 それは、悔しいけど、あのベータだってそうすればいいって認めたことだわ。他人の援護のために自分の命危なくするんじゃ本末転倒、援護ってものは、生きていて初めてできる。
 チームを組むっていうのは、少しでも安全に仕事するため。そのためには、自分の安全、仲間の安全、両方守れるようにしないと駄目。これは、訓練所でだって言われたこと。
 足並みを揃えようともしないチームプレイなんて、うまくいくはずがない。
 で、足並み揃える気もない奴に、あれこれ言われたくなんかない。
 あたいの言ってることは、間違いなんかじゃない。

 なのにやっぱりそいつは、いかにもイラついたみたいにあたいを見下ろしている。銃越しに。
「な、なによっ」
「補助一つ満足にできんフォースが、偉そうな口を叩くな」
 こいつ人の言うこと聞いてないわけ!?
 あたいの頭はカッと熱くなったけど、額に銃口が触れて、その冷たさに押し返された。
「フォースなんてものは、ハンターとレンジャーの補助ユニットだ。ユニットの分際で、持ち主に向かって『自分に合わせろ』だと?」

「なっ、なんなのよ、それ。そんな……」
 フォースのこと、バカにしてる!
 あたいがいなかったら、フォースがいなかったら、戦うのがどれだけハードだと思ってるのよ。
 怒鳴ってやりたいけど、本気で引き金を引きかねない顔に、言葉が出ない。
 あたいは言いたいことは山ほどあるのになにも言えなくて、口だけが無意味に動いてしまう。
 すると、
「おまえ、自分のシフタとデバンドが、何分持つか分かっているのか」
 そいつは銃を引いて銃口は上に向け、そう言った。

「そんなの……だいたい、3分くらいよ」
「それが分かっているなら、切れる前にかけなおせ」
「だってそんなの戦ってたら分かんなく……」
「だから邪魔だと言ってるんだ。フォースなら、戦っていようが歩いていようが、その程度のことは把握しておけ。それができんなら、早めにかけなおしたらどうだ」
「そんなことしてたらすぐに頭まいっちゃうわよ!」
「自分の低脳ぶりを大声で威張るな、ガキ」
「な……っ!」

 マ、マジにムカつく……ッ!!
 けど、あたいはその先の言葉を聞いて、一言も言い返せなくなった。

「大して効果もないゾンデだのに浪費する精神力があるなら、ジェルン・ザルアに使え。シフタとデバンドを途切れさせるな。俺が何発で相手を仕留めているかくらい、最初の部屋で把握しろ。おまえがきっちり補助に専念すれば、一発で殺せるんだ。それが、肝心な補助はおざなりだ。敵を倒すことが快感なら、フォースなどやめろ。効果範囲もろくに把握してもいないガキにギゾンデだの使われたんじゃ、おちおち戦ってもいられん。それくらいなら、まだしもハンターと組んだほうがマシだ。役立たずの上に能無し、そのくせ言うことだけは一人前か」

 言い終わるなり、そいつがシフタとデバンドをかけた。
「ついてこい」
 言われて、あたいは逆らえなかった。
 通路の先、小部屋で、あたいには扉の陰にいるように言って、そいつが部屋の中に進む。
 徘徊していたディメニアンが群れ集まってくる。
 走って位置をかえ、ジェルン・ザルア。
 そして、手にしているままのハンドガンで、群れの先頭を撃った。
 弾は先頭の頭を貫通し、後ろにいたもう一匹をさらに貫通し、三匹目の頭にまで届いたみたいだった。
 持ち替えたショットは、残った奴等のお腹を消してしまった。胸が腰の上にすとんと落ちて、倒れる。
 あたいのかける補助とは比べ物にならない強烈さだった。

 血溜まりの中に立って、そいつがあたいを見る。
「おまえの補助なんざないほうがマシだ。それでも、ついてくるなら仕事はさせてやる。そう思って俺はテクニックを使わなかった。一流のフォースならこれくらいの効果は出せる。少しは自分が半人前のお荷物だと自覚したか、ガキ。他人のおもりのおかげで一人前になったつもりでいるとは、笑わせる。……甘やかしてるバカどもにも責任はあるがな」
 悔しくて、涙が出そうだった。
 なんでこんなレンジャーが、一流フォース並みのテクニックを使えるのかなんて知らない。どうせ違法なことしてるんだろうけど、それにしたって、これじゃあたいは、ホントにいるだけ邪魔なお荷物だった。
 それが、気遣われて、テクニックを使わせてもらってただけだなんて。

 けど、だからってしおしおとうなだれてるなんて、あたいの性分じゃない。
 だったら、今すぐには無理だけど、見返してやるわよ。
 あたいとこいつと、年は十くらい離れてそうだから、最悪でもこの十年以内には、一ッ言も文句言えないようにしてやる、絶対。
 自分が涙目になってるのはわかってたけど、思いっきり睨みつけた。口を開いてなにか言えば、声が震えるのは分かってたから、「見てなさいよ」って視線にこめて。

 そうしたら、そいつがほんの少しだけど、笑った。
 温かい、とはとうてい言えないけど、それまでみたいに冷たい顔じゃなかった。
「行くぞ」
 その顔を背けるように、背中を向ける。
 あたいはもう見てないのは分かってたけど、頷いて追いかけた。


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