それほど嫌な奴だとは、もう思わなくなっていた。
 相変わらずまともに口はきかないし、なにか言うかと思えば、ついシフタなんかが切れた時、「なにしてるこのガキ」とか怒鳴るくらいだったけど、ムカつくけど、腹は立つけど、それと、嫌な奴かどうか、というのは別だった。
 あたいは怒鳴られるたび、自分がみんなから、どれくらい甘やかされていたのかを思い知った。
 もちろん、みんなそれでも問題なかったから文句を言わなかっただけ。タイラントのパワーはあたいの補助なんかなくたってエネミーを倒すし、ベータの持ってる武器は強力、そのうえあいつは、相手の弱点にうまく付け込む。ジーンの射撃の腕は半端じゃない。
 だからあたいがちょっとくらいお荷物でも、みんな平気で進めたんだわ。

 あたいはきっと、いい気になってた。
 ダークファルスと戦って、勝つことができて、その一員で、「なかなかやるじゃないか」なんて言われて、一人前のフォースになったんだって自惚れてたんだわ。
 そりゃ、お世辞なんか言う奴等じゃないから、そういう評価は嘘じゃないんだろうけど、それはあくまでも、あいつらの邪魔にならないようにできるっていうだけで、一目置かれているのとは違う。
 あいつらみんなものすごく強いから、あたいに足りない部分なんか、まるで気にもならなかっただけなんだわ。
 そうよ。フォースなんかいなくたって、平気で戦える連中なんだ。だから、あたいがいればより戦いやすいってだけで、いなくたって不便はないってことで。
 あんなすごい連中といたから、あたいはまともに戦えてるような気がしてただけ。

 でも、今のあたいはもうフリー。
 組んだ相手が、あいつらみたいに強くなかったら?
 あたいの補助が切れたがために、死ぬ人だって出かねない。
 そんな時、あたいは言うの? 「敵のいないところにまで撤退してくれれば」なんて言い訳を。

 そんなのは絶対に嫌。
 それに、あたいにだって見栄はある。
 あいつらの中にいて、いてもいなくてもいい、なんて存在でいるのは嫌。
 あたいがいると戦うのが楽すぎてつまらない、ってくらい、言わせてやりたい。

 切れないように、補助。
 そのことにあんまり集中するあまり、つい注意が自分の周囲にいかなくなっていて、デルセイバーの一撃を食らった。
 かろうじて防具に救われたけど、息が詰まって、脇腹が焼けるみたいに痛んだ。
 逃げなきゃいけない、と思ったけど、手足がまともに動かない。
 助けて、と思う。
 けれどあいつが?
 見殺しにだって平気でする奴のような気がする。
 なんとか自力で逃げようと、まとわりつくスカートに四苦八苦しながら立ち上がる。

 でも現実はそうまで厳しいことはなく、デルセイバーは突然動きを止めて、ブルッと大きく震えると、破裂するように消えた。なにが起こったのかは分からないけど、あたいのしたことじゃない以上、あいつがやったことなんだろう。
 直後には、レスタらしい波動。
 一気に痛みが消える。
 あいつの姿を探すと、ずいぶん離れたところに見つかった。
 ……あたいのレスタより、遠くまで届くじゃん……くそっ。
「お礼なんか言わないからね!」
 あたいは向き直って怒鳴る。
「おまえがのこのこと起き上がらなければ、撃てたんだ。レンジャーに救助を期待するなら、軌道上に立つな、このガキ」

「そんなこと分かってるわよ!! でもねっ、助けてくれるかどうかも分かんないのに、おとなしくうずくまって待ってられるわけないでしょ!?」
 そうよ。一緒にいるのがジーンだったら、あたいは待ったわよ。頭上げたら邪魔になることくらい分かってるから、絶対に助けてくれるって知ってるから。
 ああ、でも、そんなふうに甘えてちゃ、ダメなのよね。
 もっと余裕をもって、戦況を見てなきゃ。
 そんなの……すぐには無理だけど。
 いつか絶対、こいつのこと、見返してやるんだから。

 あたいはずっと気を張りっぱなしだった。
 だから、SOSを出している部屋に辿り着いて、ドアのロックを解除して、中にいる人たちを見たと同時に、緊張の糸はぷっつりと切れてしまって……。
 それからは、覚えていない。

 目が覚めたら、そこにいたのはジーンで、そこはジーンの部屋だった。
「大事ないか?」
 あまり心配そうじゃない声だけど、そんなのはいつものこと。
 あたいは起き上がって部屋を見回して、ここが間違いなくジーンの部屋だってことを確かめる。
 なんでここにいるのか、まったく分からない。

「あたい……なんであんたのトコにいるの?」
 ジーンに訊くと、
「兄が連れてきた」
 という答えが返ってきた。
「あんたの、お兄さん??」
 双子のお兄さんがいるんだって話は知ってたけど、なんでその人が。
 もしかして、調査員の中にいたとか?
 あたいがそう尋ねると、
「会うたことがなかったか。今日おぬしと組んだのが、我の兄だ」

 ………………。
 あたいは、レイマーAの顔を思い出す。
 そこにいる、仮面の顔をよく見てみる。
 銀髪。
 浅黒い肌。
 鋭角的な輪郭。
 細くて高い鼻筋。
 それに、声。
「ウッソォ……」
 たしかにそっくりだけど……そっくりだけど……。

 っていうことは、この仮面をとるとああいう顔になるわけ!?
 あんなつり目の三白眼の、陰険な顔に!?
 ……見たくないかも、ちょっと……いや、かなり。

「ずいぶん無理をさせられたようだな」
「ま、まあね。……どうせまたこれで、あれこれ文句言われるんだわ。うう、ブルー」
「兄は、気に入ったようだが」
「へ?」
 なにを?
 あたいを?
 なんでよ?
 あたいは、さんざん文句を言われながら進んだことをジーンに話した。愚痴にならないように、悪口にならないように、できるかぎり気をつけて。
 そうしたら、
「もし本当に気に入らねば、気を失った時点で、置き去りにしたはずだ。ここに連れてきた以上、見捨てるつもりはなかったことになる」
 ジーンはそう言った。

「それってつまり、見込みはあるって思われたってこと……なのかしら」
「であろうな」
 口は悪いし性格もどう考えたって悪い部類に入る男だけど、まあ、ジーンのお兄さんなんだし。
 それに、あたいにとっては、みんなが教えてくれなかったこと、教えてくれた相手でもあるし。
 少しは見直そう、とあたいは決めた。

 ちなみに、そんな気分だったのはそれからしばらくのことだった、ってことを言っておくわ。
 それから後、ジーンを間に挟んで何度か組んだこともあるし、話したこともあるけど、はっきり言ってあいつ、あたいを少しでも認めたから見捨てなかったんじゃない。
 なにもかもぜ―――んぶ、ジーンのためだった。
 あたいを邪魔だと思っても連れて行ったのも、あたいがジーンの知り合いで、友達だったから。見捨てて帰らなかったのもそう。あれこれ教えるのでさえ、あたいがジーンと組んだ時に、ミスをされちゃたまらないから、なのよ。
 メガトン……ううん、ギガトン級のブラコンだわ。レッドゾーン振り切って、デンジャーゾーン到達してるレベルね。

 なんにせよ、ハンターズとしてのあたいには、滅多にいないありがたい存在だわ。もちろん、感謝することと腹が立つことは別だけど。
 それでも、文句があってもあたいの前では言わないくせに、裏でぶつぶつと零してるような奴よりは百倍もマシ。それは間違いないわ。

 ただ、あたいは最近、考えるようになった。
 あたいはそこまでして、ハンターズとして、フォースとして、極めたいんだろうか、って。
 十年後、もう三十に手が届くっていう年になってまで、あたいはまだハンターズをやってるんだろうか。
 たぶん、そんなことはない。
 でも今は、もっと強くなりたいと思うから、そうするの。

「うっさい!! 今に見てなさいよ!!」


(end)

将来的には、ヤン流の一人前、一流フォースでしょう。
ただ、私は彼女が30になってまでハンターズやってるとは設定してないス。
そんな殺伐とした人生送るしかないほど
実るもののない木じゃないと思うから。