ある朝。 生命保持活動と仕事以外のことはいっさいしないタイラントが7時から仕事だというので、レイヴンは5時に起きた。 窓の射光フィルターを透明度100にかえて朝日を取り込み、気持ちのいい日差しを確認してから、窓を大きく開ける。 「今日もいい天気ですねぇ。さて、と……。玄関の前掃除して、それから庭の植木にお水あげて……あ、ゴミ出さないといけませんね。まったく二人とも、ちっとも分別に協力してくれないんですから……」 おまえは主婦かというツッコミは今更のこととして、家中のゴミをまとめ、箒を片手に表に出たその時、レイヴンは「それ」を見つけた。 「なんでしょう、これ?」 見た目はクリーム色のいびつなボール。 それが布にくるんであるようで、ひょいと指先でつまんで持ち上げると、それはなんと。
赤ん坊になった。 |
第一章 泣く子編
「いや、落ちてたって……(汗)」 「どうしましょう?」 「知るか」 「それにしても泣き止みませんねえ。そんなに兄さんの顔、怖いですかねぇ。ほら」 「うぎゃあああああああああぁぁぁぁんッ!!」 「おや、音量、まだ上がるんですね。でも泣く子も黙るとはいかないんですねぇ」 「タ、タタ、タイラントッ。そ、そろそろ出かけたらどうだ? 少し早いが、遅れるわけにはいかないんだろうっ?(滝汗)」 「……ふんっ」 「少し、って、まだ40分も早いのに……」 「いいからおまえは黙るんだ。なんでそうタイラントの神経逆撫でするようなことを」 「あ、いってらっしゃ〜い♪」 「うううう、俺の胃まで痛くなることを連発するんじゃない……っ」 「なに言ってるんですか。トレーニングに協力してあげてるんですよ。ハンターズはタフじゃないと生き残れませんからね」 「心臓に毛が生えてなくても生き残れるから、その協力してるんだか俺の寿命縮めてるんだか分からない言動は控えてくれ」
「ところで、この子ですけど、本当にどうしましょうね」 「俺たちじゃどうしようもないぞ。ここは誰か、せめてマンの手に預けるべきじゃないか?」 「赤ん坊の面倒を見てくれそうなマン、ですか。そんなの、誰かいましたっけ?」 「いましたっけ、って……お、そうだ。たしかヤンは施設で育ったから、大勢の義兄弟がいると聞いた覚えがあるな。だったら、年下の子供の面倒を見たことだってあるだろう」 「ナイスアイディアですけど、ヤンさん、出張での仕事中ですよ」 「え?」 「F区域に建設中の新都市に、痴漢が出るっていう事件があったでしょう? それがどうやら、おかしなことを覚えた原生生物の変異種みたいで、今のところ人間に危害は加えていませんけど、万一を考えて……」 「ああ、そういえばそんな話、あったな」 「ええ。生身の女性の前にしか現れないそうなので、ヤンさんもそれに志願したとか」 「……痴漢に遭いたいからか?」
「………………。今のは聞かなかったことにします」 「そ、そうだなっ。じゃ、じゃあ、そうだ。ローザはどうだ? スーパーレディなんだろう?」 「古来より、王侯貴族の奥方様は自分の手で子育てなんてしないものらしいですよ。必ず乳母というものを雇うとか」 「じゃあアズだ。家事は駄目でも、実験と思えば料理もできるわけだし、実験動物の面倒を見ると思えば」 「ヤンさんと一緒です。彼女の場合、犯人がどうしてそんなふうに変異したか調べるためについていったようですけど」 「へ? いや……捕らえるための囮が女性じゃないとならないのは分かるが……」 「男が相手だと異様に凶暴になるそうです」
「………………」 「今、ベータさんの姿、思い浮かべませんでした?」 「ぃいやっ!? そンナコとないぞっ!? そ、そそそ、それより、そ、そうだ。じゃあラルムだ。ちょっと変わり者だが、そういうところはいたって常識テ、キ……かなぁ……」 「常識の有無はともかくとして、彼女は今度新設される学校の試験のために泊りがけで出かけています」 「ぐぅ。そ、そうか……って、レイ」 「はい?」 「なんでおまえ、そんなに他人の動向に詳しいんだ??」 「だって、みんなメル友ですから。毎日交換してるんですよ?」 「毎日!? ひーふーみー……四人もいるぞ」 「四人だけじゃありませんけどね。タイ兄さんが張り切って仕事してくれるおかげで、私がなんにもしなくても家は安泰ですし、かといって家事だけじゃ時間もエネルギーもあまるんですよ。これがマンの家なら、洗濯だのなんだのもあるんでしょうけど……あ? コールですね」 「俺が出るっ」 「あ、逃げましたね★」
『よ。いたか』 「おまえか。助かった」 『は? なんだ、弟二人で兄弟喧嘩でもはじめてたのか?』 「それならすぐ決着がつくからどうだっていい。で、なんなんだ?」 『ああ。明後日からなんだけどな、体、空いてるか?』 「明後日から? ……俺としては、今すぐにでもこの家を出たい気分だが」 『はあ? いったいなにがどうなって……』 「そうだ、ベータ。おまえならマンだし、俺たちよりはまだマシなんじゃないか?」 『はあ? なにがだよ』 「それがな、今朝うちの前に赤ん坊が捨てられていて……」 『はあ!? おまえんトコにか!?』 「ああ」 『誰との子だ。正直に言え』
「は!?」 『おまえに心当たりがないとするとタイラントかレイヴンか。いや、レイヴンなら自分の子ならちゃんと責任持って育てるだろうな。ってことはタイラントか。ああいうタイプは外で女作ってる確率高いんだよな。それも本人は遊びのつもりだから女にガキができるとハイサヨナラだろうな。それにしてもどうやって作ったんだ? 器用だよな。まあ、なんにせよ責任は親父にとらせるのが世間一般、古来からの常識ってヤツで……』 「ツッコんでくれるの待つ気なら、相手間違えてますよ、ベータさん。兄さん、パニック起こしてますから」 『チッ。不甲斐ない。これしきのことで』 「兄さんで遊ぶのもいいですけど、赤ちゃんが泣き止まないんですよ。疲れて少し休んでも、またすぐに泣きはじめて。なんとかできませんか?」 『そう言われてもなぁ。俺だってガキの面倒なんて見たことないぜ?』 「知識として知りませんか? こういう場合はどうだ、とか」 『さすがに……自分にガキができたと分かれば覚えるけどな、そんな話もないのに、覚えても意味ないと思ってたからなぁ。気にしたこともなかった』 「でしょうねぇ。貴方の場合、赤ん坊より女性を喜ばせるのが第一でしょうから」
『ぶっ!! お、おまへ……』 「あ、今はジーンさんですか? でも喜ばせる以前の問題ですねぇ、彼の場合」 『ぐぐぐぐ……そ、それってただ単に感情の不足のこと言ってるのか、喜ばせる段階に到達なんぞできんだろうと言ってるのか……』 「それはともかく、私たちより分かることもあるでしょう? いずれ子供ができた時のために、今から学んでおくということで、来てくださいね。さもないと……」
『ご来客です。ユーサム様がいらしております』
「あ、ユーサムさんが来たみたいですね。それじゃ、待ってますからね(にっこり)」 『ちょっと待て!! さもないと、って、お』
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