第二章 変態編
「はーい、今出ますよ。おはようございます、ユーサムさん。どうしたんですか? なにか?」 「いや、まあ……実は仕事帰りでな。近くをとおりかかったもんだから、久しぶりに顔を見ていこうかとな。カルマたちもいるか?」 「タイ兄さんは仕事ですけど、カルマ兄さんなら。あ、そうだ。ユーサムさん」 「ん? なんだ?」 「ユーサムさんなら、赤ん坊の面倒の見方、分かりませんか?」 「赤ん坊? どうした。誰かに頼まれたのか?」 「いえ、それが今朝、玄関の前に置いてあったんです」 「置いてあった、って、ひょっとして捨て子なのか? なにかメモとかはなかったのか? ほれ、よくドラマであるだろう。事情があって育てることができなくなりました、可愛がってあげてください、名前は○○です、とかいう書置きが……」 「何世紀前のドラマですか、それ」 「最近マイブームでな。レトロドラマ、略してレトラマ」 「略し方までレトロですね」 「そこがいいんだ。この間とうとう、レトラマ見る専用に、ショウワ20年型とかいうモノクロのモニターを買ってなぁ。なかなかオツなもんだぞ」
「それはともかく、そのレトラマの中ででもなんでもいいですから、赤ん坊の世話の仕方」 「むぅ……。さすがにそんなことをこまごまとやっとるドラマはないな。だいたい、ワシのようなアンドロイドより、マンを頼ったらどうだ?」 「そう思うんですけど、育児に縁のあるマンというのが……」 「ヤンはどうだ? 確か彼女は施設育ちだと聞いたぞ」 「今は仕事で離れてるんですよ。ほら、あったでしよう。新都市のほうに出てくる痴漢事件」 「おお、あれか。………………」 「考えることはみんな同じなんですねぇ」(しみじみ)
「それにしても、ユーサムさんまで頼りにならないとすると……やっぱりマンですかねぇ、兄さん?」 「ううう、そうに違いないから、さっさとなんとかしてくれ……」 「仕方ありませんね。片っ端から当たってみましょうか。えーと、……あー、もしもし? そうです。もし今お暇でしたら、ちょっと来ていただけませんか? ええ。頼みたいことがあって。はい。じゃあ、待ってますね」 「おい、レイ。用件くらい言って呼んだらどうだ?」 「用件言ったら、その場で一言『無理だ』で終わるじゃないですか。そんなつまらない……」 「つまろうがつまるまいがどうでもいいから問題の早期解決に尽力してくれ」 「早く来ないかな〜♪」 「うううううう(T_T)」
「あ、いらっしゃい。待ってましたよ」 「それで、頼みとはなんだ? 仕事の話か?」 「いえ。相談が」 「映話で済ませればいいものを」 「貴方は勝手についてきたんでしょう。文句言わない」 「……ふん」 「相談? 我になんとかできることか?」 「いえ、その、できるかどうかはかなり難しいところなんですけど、溺れる者は藁をも掴むと言いま……って、ガッシュさん。『俺の弟が藁か』とか怒るのはお約束すぎますから、そのジャケットの下の手、グリップから離してください」 「………………」 「それで、今は静かになってますけど、赤ん坊がいるんです」 「何処でかっぱらってきた、このイカれ鉄」 「犯罪おかしてまでいりませんよ、これ以上手のかかるモノなんて。ただでさえショート連発で老後のボケが心配な誰かさんと、やることなすこと力の有り余った子供みたいな誰かさんの面倒見てるんですから」 「レ、レイ。それ、『誰かさん』と表現する意味、あるのか( ̄_ ̄;)」 「あ、そう言えば今朝の補給、まだでしたね。まったくもう。二度も三度も食べたがるのにも困ったものですけど、食べてないのに食べた気になってなんにも言わない老人のほうが怖いですよね。部屋でおとなしくしているから安心してたら、一週間後には餓死状態で発見されたりなんかして」 「(〒□〒)」
「……カルマ」 「な、なんだ」 「同情するぞ、さすがに」 「おまえに同情されるともう断崖のような気がするんだが……」 「俺の後ろにはまだこいつがいる。ジーンに同情されたら、もう完璧に後がないだろうが」 「それで……、つまり、我に相談というのは、カルマの補給の支度をしてくれ、ということなのか?」 「( ̄□ ̄;)」 「それは私でなんとでもできるんですけど、赤ん坊の面倒なんて、どうやって見ればいいのか分からなくて」 「それは分からぬ。そのような知識は不要であったゆえな」 「ふん。さ、帰るぞ」 「ああ。……む?」
「お〜、マイ、スッウィ〜ト♪ こんなとこで会うなんて、きっと俺たちの間には見えない真紅のザイルがあるんだな」 「ジーンに近寄るな、この好き者」 「見えないのに、赤いと分かるのか?」 「ああ、もうそういうボケも可愛いなぁ」 「さ・わ・る・な」 「うるさいこのブラコン。だいたいおまえのそのオーダーガンなんてもう突きつけられ飽きたぜ。撃つなら撃て。撃ち殺してみろ。死んだら意地でも気力と根性と気迫と気合と、えーと、とにかく俺の持てる精神力フルに発揮して、ジーンに取り憑いて、守護霊になるんだ。そうすればいつでもどこでもなにしていても一緒だからな。ふっふっふっ」 「く……泣く子と変態には勝てんか」 「ほら、負けを認めたんならとっととどっかいけ、クソ兄貴」 「待てよ……。(霊というのも精神体で意思があるなら、俺の力で強引に崩壊させることもできるかもしれんな。肉体という檻に守られてるせいで余計な力がいるとすれば、純粋な精神体になれば、かえって簡単に……)よし、ベータ。死ね」
「はい、痴話喧嘩はそこまで。殺し合いでもバカし合いでも好きにしてくれればいいですけど、私のうちを汚すのはやめてください。幽霊が掃除してくれるわけでもなし」 「と、止める理由、それなのか、レイ……(T▽T)」 「ところで、どうしてベータさん、ここに?」 「不吉なこと言いっぱなしで呼びつけておいてそれを言うか!? くそっ。(こうなったらさっさと用件済ませて、このままデート突入してやる……) えーっとな、これを使え」 「これ……なんのMT(メディア・タブレット=デジタル書籍)です?」 「子育て百科だ。おまえなら基礎データさえあればどうにかできるんじゃないかと思ってな。よし、俺って頭いいよな。な、ジーン?」 「たしかに、妥当な解決策だな」 「♪〜〜〜」 「貴様はガキか……」 「なんとでも言え♪」
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