You can't go back...

 

 その日俺が家に帰ると、一個の小包が届いていた。
 差出人の名はない。
 インクの切れかけた印刷文字で、住所と俺の名前だけがプリントされていた。
 胡散臭いこと極まりない。
 だが、まさか爆弾でもあるまいと、俺はせいぜい慎重に、その包みを開けてみた。
 中から出てきたのは、褐色のダンボール。そしてその中に、一枚のゲームソフト。
 懸賞か何かで当たったのかとも思ったが、そんなはずもない。
 応募した覚えもないのに送られてくるものなど、どうせろくなものじゃない。
 第一、タイトルからして怪しい。

 「PHANTASY STAR ONLiNE ver.∞」

 起動させた途端ウィルスでも侵入しそうだ。
 俺はそいつを部屋の隅に放り出して、こっちはまともな、本家PSOをやりはじめた。
 それっきり俺の頭の中から、得体の知れないソフトのことは、消えていた。

 思い出したのは、それから三ヶ月もたってからのことだ。
 いい加減どのゲームにも飽きてきて、正直、これから先発売されるドリームキャストのタイトルには興味を覚えるものはなく、動いているのはもっぱらこのPCだけになっていた。
 目に付くいくつかのハードを売り払おうかと考えて、ふと思い出したのだ。
 どうせ売るなら、壊れても同じことだ。
 俺は念のためPCを電話線ごと隔離すると、久しぶりにDCのコンセントをプラグに差し込んだ。
 埃をかぶっていた怪しげなソフトを取り出し、セットする。
 少し躊躇ったが、思い切って電源を入れた。
 壊れたら壊れただ。
 耳障りな起動音と共にDCが動き始めると、セガのロゴもないまま、いきなりオープニングの画面に切り替わった。
 見慣れたタイトルロールの、下の部分だけが僅かに違う。
 使い慣れたキャラクターのデータをロードし、まずはオフラインで試してみた。
 ……なんのことはない。
 何処が違うんだ、と半ば怒りを覚えつつ、俺は森だけをクリアして、電源を切った。
 
 その夜、俺は友人と飲みに行ったおり、昼間にあった出来事を話した。
 トオルは
「俺ンとこにも来てンぜ」
 と、呆れ果てたように言い捨てた。
「宅配だってタダじゃねェのに、よくやるよな。くだらねェ手間かけて嫌がらせすんなら、その金俺に寄越せっての」
「違いない」
 幾分酒の回った頭で、それなら久しぶりに、ver.∞とやらでオンラインしてみるか、という約束を交わして、俺とトオルは家に帰った。

 すぐさまネットにつないでみると、トオルのほうは既にいつものロビーで待っていた。
「別に不具合もないのな」
 トオルの化身であるレイマー・TOLが言う。
「名前の色違うわけでもないしな」
 俺が操るヒューキャスト・Phantom.が答える。
「もぐっか?」
「やってみるか」
 別に、そのせいで誰が巻き込まれても知ったことじゃない。
 見ず知らずの誰かさんのことで、いちいち「可哀相」なんてもっともらしいこと言ってやるほど、俺たちはご立派じゃない。

 俺たちが部屋名を決めていると、
「すみません > TOL,Phantom.」
 と、近くにいたヒューマー・GGyが話し掛けてきた。
「もしかしてそれ、いきなり送られてきたやつですか?」
 部屋の名前を「無限大」にしよう、とか言っていたせいだろう。
 話を聞くと、どうやらGGyのところにも送られてきたらしい。彼もまた、たまたま今日、つなぐ気になった一人らしかった。
 どうせならもう一人さがしてみよう、と、俺たちはそれぞれに別のロビーに散って、勧誘を始めた。
 中には、「あんなのでつないで俺たちが巻き込まれたらどうしてくれるんだ」とか言う奴がいたが、俺の答えはこうだ。
「巻き込まれたくないなら他行けば? だいたい、アンタ俺の友達でもなんでもないし、アンタがどうなったって俺の知ったことじゃないし」
 ひどい、と思うか?
 そりゃあご立派なことだ。
 けど、誰だって本音はこんなとこだろう。
 見知らぬ奴に優しくするなんて、結局それはそいつから「いい人だ」と思われたいためだろう? それで、「俺っていい奴だ」とうっとりしたいだけだろう?
 いい人ぶりたいアンタと、別に嘘ついてまでいい人になりたくない俺と、どっちがひどいんだ?
 ……まあ、そんなことはどうでもいい。
 TOLがフォマールのYURIAを連れてきて、メンバーは揃った。
 結局俺たちみんな、そろそろ飽きてきて、DCがどうなったって構いやしないから、つないだらしい。

 「無限大の悪意」という部屋名で、俺たちはシティに下りた。
 わざとらしい上に悪ぶった名前だ。俺は、トオルのこういう偽悪者ぶりは、気に入らない。
 もっとも、そんなことでガタガタ言うと無駄な喧嘩させられるだけだ。面倒だから、黙っておくんだが。
「よろしくぅ♪」
 俺が最後に入ると、先にいたYURIAが言った。
「よろ」
 まあ、当り障りなく答えておく。
「とりあえず森ですか?」
 GGy。
「森でいいっしょ。やってみてなんともなかったら、やめりゃいいし」
 TOL。
 別に反対する理由もなく、俺とYURIAも同意して、森用の装備を整えた。
 テレポーターの前に集まって、全員揃ったことを確認し、降下する。
 黒い画面に光の滝がちらちらと映って、束の間のブランク。
 やけにその時間が長く、点滅が不規則だな、と気付いた時には、俺の頭は半分もものを考えられなくなっていた。
 ぼんやりと画面を眺めている内に、睡魔に襲われる。
 そう言えばさっき飲んできたばっかりだった。
 入るなり寝落ちじゃシャレにならんな、と思いながら、俺はそのまま、眠り込んでしまった。

 

Now open the gate of the nightmare