Welcome to the Nightmare!

 

 音楽が聞こえる。
 いい加減聞き飽きた、森のBGM。
 どうやら、15分はたっていないらしい。
 先に進んでるだろうと思いながら、起き上がる。

 そこは、昼下がりの屋外だった。
 ……そんなバカな。
 俺は部屋にいたはずだ。
 だいたい、ここはいったい何処なんだ?
 近所にこんな場所はなかった。
 空を見上げても電線の見えないような場所なんか、そもそも本州にあるはずがない。
 まだ寝ているのかもしれない。
 だとすれば、怖いくらいリアルな夢だ。
 考えると頭が痛くなって、髪を手で……。

 …………。
 髪?
 が、ない?
 坊主にでもなった夢なのか、と俺は自分の手を見て、愕然とした。
 金属製の黒い手袋に覆われたような手。
 腕も、プロテクターのようなもので覆われているが、……違う。体全体だ。
 昔やっていた特撮ものの、宇宙刑事ギャバンとかシャリバンとか、いや、青いのはシャイダーか?
 そんな感じの……、……違う。
 これは、ヒューキャストの姿と、同じだ。
 胸元に、真っ青なライセンスマークも見える。
 俺が作った、紺色のヒューキャスト、Phantom.。
 ID BLUEFULL。
 鳥みたいな頭の、バカでかい奴。

 まさか!

 立ち上がると、いつもよりはるかに高い位置から地面を見下ろすことになった。
 腕も足も体も顔も、金属と、それを覆う黒い布でできている。
 なんてバカげた夢だ。
 ……夢?
 これが夢だと?
 夢の中で「これは夢だ」と自覚することならあるが、そんなときとは比べ物にならない現実感。
 だいたい、出来すぎだ。
 俺の視界は、ただ「自分」の姿が見えないだけで、見慣れたあのゲーム画面と同じだった。
 左上には自分たちのHP残量と、PBを示したゲージがある。
 右上にはレーダーマップ。ただ、これは少し違う。光点と俺が見た範囲の地図しかない。部屋全体は表示されていない。
 そして地面に横たわる、三人の人間。
 黒いレイマーと、紫のヒューマー、青いフォマール。
 ゲームと違うのは、彼等が明らかに人間らしく見えるってことだ。
 レイマーの逆立った銀髪は、ポリゴンなんかじゃない。不自然なんだか自然なんだか、ジェルで固めたようにも見えないが、本物の髪だ。

「おい」
 気のせいでないなら、こいつらの姿はTOL、GGy、YURIAと同じだ。
 俺はTOLらしきレイマーを揺さぶった。
 うつ伏せになっていたそいつは小さく唸って、何度か目を強く閉じたりしながら、腕で体を起こし、俺を見て……
「おわぁっ!」
 悲鳴を上げて後ずさった。
 人形のように整った、不気味な男前だ。
 あのキャラクターたちが本当の人間なら、こんなふうに見えるってことか。
 だが、TOLの作る顔は崩れきって情けないもので、二枚目も台無しだ。
 何かを言いたいのか、TOLの口が動いているが、言葉は出てこない。
 やがて、自分を取り囲む環境に気付いたらしく、俺のことを無視して辺りを見回しはじめた。

「なんだぁ……?」
「おまえ、トオルか?」
 俺の声は、俺のもののままだ。
「な、なんだよ。おまえなんなんだよ」
 部屋を区切る生垣にぴったりと背をつけて、TOLが俺を睨む。
 だが威嚇しているというより、怯えた顔だった。
「トオルなのか?」
「だっ、だったら、なんなんだよ」
「気付けよ。誰の声か。声は変わってないだろ」
 声、と言ってやると、TOLは顔をしかめるようにして、俺をまじまじと見た。
「ユキか?」
 ユキ、というのは、不本意ながら俺のニックネームだ。
 頷くと、TOLはまた間の抜けた顔になった。

 TOLとの会話はそこで一時中断せざるを得なかった。
 GGyとYURIAが目を覚まし、二人とも、案の定パニックに陥ったからだ。
 とにかく落ち着かせることに成功するのに、22分かかった。
 ……ふん。
 なるほど。俺はどうやら、本当に人間じゃないらしい。
 時計もないのに、経過時間が分かる。
「夢じゃないの?」
 YURIAが言う。顔色が悪い。
 声は、女のものだ。この俺の声がそのままで、トオルの声も変わっていないとすると、YURIAはプレイヤー自身が女なんだろう。年齢が分かるような声じゃないが、ガキではなさそうだ。
「みたいだな。だいたい、夢がこんなにリアルなわけない」
「んなわけないじゃん。こんなことあるわけないじゃん」
 GGyの声は若い。たぶん、高校生か、ともすると中学生くらいだろう。
 二人とも、これが現実と変わりないことは感じていても、「現実だ」とは思えないらしい。

 まあ、当たり前だ。
 俺も納得しているわけじゃない。
 ただ、自分の体が否応なく現実を突きつけてくれるだけだ。
 心臓の音もない。
 息もしていない。
 あまりにも全てが明瞭だ。
 俺が落ち着いていられるのも、全てをデータ化して処理してくれる、イカした頭のせいかもしれない。

「そう言えば、キューブって映画が、こんな始まり方だったっけな」
 TOLのほうは少し落ち着いたらしく、声はまだ震えていたが、そんなことを言った。

 キューブなら俺も見た。
 とある実験のため、いつの間にか奇妙な建物の中に入れられていた主人公たちが、脱出しようとする話だ。
 たしかに似ている。
 あの映画と同じようなことが起こったと、考えられないことはない。
 TOLはそう考えて、自分の中の混乱をフォローしようというのか、一人でベラベラと、映画の内容と、それと同じことに違いない、とかいうことをわめきはじめている。

 ……うるさい。
 そんなわけがないのは、俺が一番よく分かっている。
「ユキ、それ脱げよ。そうすりゃ証明できるって」
 脱げ、と?
 なるほど。着せられているだけなら、脱げるだろうな。
 だが無理だ。
「無理だ」
「ンなわけないって」
 TOLの目は血走っている。
 のばしてきた手を軽く払うと、飛び掛ってきた。
 無理やり落ち着こうとしているだけで、パニック寸前なのは一緒か。
 力任せに俺の顔を剥ぎ取ろうとする。
 痛みがある。
 金属の体だが、その金属部分にも神経があるらしい。

 涎をまき散らしそうな様子に我慢がならず、俺はTOLを蹴り飛ばした。
 加減したつもりだが、どうやら生身の俺と違う以上、その加減も考えなおさなきゃいけないらしい。
 TOLは軽々とふっとんで、落ちた先で吐きはじめた。
 外せと言うなら、外してやろう。
 やり方は分かる。自分の体のことだ。ただし、その中から出てくるのが人間の俺の顔じゃないのも、分かっている。
 後頭部の外殻(と言うことにする)との隙間に、顔面部を固定しているフックがある。
 左右のそれを外し、緩んだ「顔」をとる。
 俺の「顔の中身」を見るや、言葉もなく、三人は気を失った。

 

to be continued…