元気でやっていますか? 迷惑をかけるだけかけて、家のことをちゃんと整理する暇もないまま ばたばたと出撃することになって、慣れるまでは大変だったでしょう。 ヴァンもスケアも私たちの弟として、一緒に暮らすことを前提に 生まれてはきましたけど、一人でも暮らせるよう、基礎知識のデータは ちゃんとあるはずですから、そう戸惑うことはないと思いますが、 いきなりでしたからね。 もう少し、きちんとして行きたかったのですが……ごめんなさい。
喧嘩しないで、ちゃんとやっていますか? 喧嘩くらいはいいですけれど、お隣にひどい迷惑をかけたりは してないでしょうね? 仕事は順調ですか? なんにせよ、大きな怪我をしたりしていなければ、それでいいと思います。 もしなにかあったらオズワルド博士を頼ること。
私はこのとおり、なんとかやっていますし、カルマ兄さんも タイラント兄さんも、なにかあったというような報告はありません。 二人ともベテランですから、めったなことはないと思いますしね。 早く片付けて、家に帰りたいと思います。 今は、その時に誰かが欠けていたりはしないことだけを願っています。 私たちも、貴方たちもです。
RAVEN
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「にーにゃー……」 レイヴンからのメールを、アルはこれで何度読んだだろう。 最後になにかしておきたいことはないか、と言われて選んだのも、メールを読むことだった。 スケアは、返信しておこうとしたが、書く言葉が見つからなかった。 書けることがなかった。 書くべきことはあったが、それを戦場にいる兄に、知らせたくはなかったのだ。 ヴァンは、最後の仕事に出かけている。
そこはオズワルド研究院の一室で、スケアとアルはそこにヴァンが帰ってくるのを待っている。 やがて日も暮れて、タイムリミットぎりぎりになって、ヴァンが戻ってきた。 無茶な相手と戦いたがるのはいつものことだが、今日は少し自棄になっていたに違いない。装甲のあちこちに大きな傷がついている。 「こんな時間じゃあ、修理してやる暇はないぞ」 ケイン博士はそう呟いた。
「これ、持ってってもいい?」 ケインが兄弟三人を地下に案内しようとすると、アルがメールデータの入った小さなディスケットを見せた。 「構わないわ」 シータが頷く。 「にーにゃは? コピーいらにゃい?」 アルは二人の兄を見上げた。 「俺はンなもん……」 言いかけて、ヴァンは言葉を切る。そして、手を出した。 「シータおばにゃん、これ」 「コピーするのね。スケア、貴方も持って入るのよ」 「……はい」 シータはアルの手から受け取ったデータを、すぐ傍にあった大型CPUの端末で複製した。
地下には広い実験室があり、その一隅に、メディカルセンターにあるポッドに似たカプセルが三つ、並んでいた。 アンドロイドのメンテナンスや修理の際、それが「重傷」である場合に使う機能維持のための装置である。 身体制御の一切をシステムに委任し、本人はその中で「眠る」。 そして完全に「保存される」。 だが今、ヴァンの体の傷はこのようなものを使うほど深刻なものではないし、スケアとアルには傷一つない。 だが彼等は、そのカプセルに近づいていった。
その通達が出たのは、半月ほど前のことだ。 現在シティに残っているアンドロイドたちの、一部凍結。 戦傷者、戦闘経験の乏しい者、必要に迫られていないロボット、そういった者を「冬眠」させることによって、戦地にいるハンターズ=アンドロイドたちに回すエネルギーを確保する、というのである。 都市管理機構やギルドが慎重に選定を行い、該当した者には、選択権はなかった。 RAGO本部の至上命令のようなもので、背けば違法者として裁かれる。
これまでも、家庭で使用する電力の制限が始まったりしていたが、これは特定の人間を一時的に「死」と同じ状態に置くも同然である。 反発はあった。 だが、事態がそれほど深刻になっていることは事実だった。 現在RAGOの中枢にいるタイレル元総督や、元政府の執行管理官ヘンリー=バーゼルは、決して人間の心や体を無視した政策はとらない。無論、政治が奇麗事だけでつとまるはずもないが、こういった思い切った決断を、大した苦渋もなく行っているわけではなかった。 RAGOは実際の戦場のデータを公開し、理解を得ようとした。 だがそれ以上に、戦地から帰還した者たちの言葉は、重かった。彼等の言う「明日生きていられるかどうかも分からないんだ」という一言は、途方もない説得力を持っていた。 破棄されるほどではないにせよ破損がひどく、しかし修理すれば余計な物資を消費することになる、と腕や足を交換せずにいたアンドロイドたちの姿もまた、無言で戦場の厳しさを物語っていた。
ヴァンたち三人は、選ばれてしまった。 ハンターズとして多少の成果はあげていようと、前線に出られるほど強くもなく、それでいて他のアンドロイドよりも消費エネルギーの大きいヒューキャストは、真っ先にその対象にされたのだ。 戦ったことのないアルなど、言うまでもない。 ヴァンは「それなら俺も戦いに行く」と言っていた。 そう、つい三日ほど前までは、そう言って聞かなかった。 だが突然、憮然とはしていたが、「やっぱり俺にはそんな力はない」と。 なにがあったのかは、ヴァンは「べつに」と言うだけで話そうとしないし、ケインにもシータにも分からない。 なんにせよ今のヴァンは、「束の間眠っていることで、戦場にいる兄たちが無事で帰ってくる確率があがるんだ」という言葉に納得し、従おうとしている。
三人がそれぞれのカプセルに入ると、ケインたちは手分けしてシステムの作動に取り掛かった。 「おやすみ。起きたら、またお兄さんたちに会えるのよ。それまで、いい子でね」 「俺、そんなガキじゃない」 「おやすみ。貴方たちにとっては、一瞬に感じられるかもしれないけど」 シータは、ヴァンのカプセルを閉じた。
薄青く透明なフォトンがカプセルの中を満たす。 インジケーターは全て、静かに落ち着いている。 万一の停電に備えて、予備発電システムも準備している。 これは少し変わったベッドで、いつもの眠りと違うのは、夢を見ることが決してない、というだけだ。 「一夜」が過ぎれば、また目覚めれば、そこにはきっと、三人揃った兄がいるだろう。 (お願いよ。無事に帰ってきて) シータはタイラントの姿を思い浮かべ、胸元で手を組み合わせた。
(三日前のVanへ) |