いつか必ず来る日のために

「くっそ!!」
 ヴァンは岩の塊に向かってバスターを振り下ろした。
 敵はもういなかったが、体の中に溢れ返っている苛立ちは、どれほど暴れても消えなかった。

 アンドロイドの凍結。
 戦績が乏しいから、それに選ばれた自分たち。
 同世代のヒューキャストに比べれば「強い」という自信のあったヴァンには、どうしても納得できなかった。
(そりゃ俺は兄貴に比べたら弱いだろうけど、それだって、兄貴たちが強すぎるだけだ)
 それなのに、今までやってきたことを全部足蹴にされたようで、腹が立つ。
 おまえたちなんかいなくてもいいんだと言われたようで、悔しくてならない。

 このまま反発し続ければ、いずれ力ずくで、ということにもなるのだろう。
 だが、むしろそのほうがいいんじゃないか、という気もしていた。
 そこで俺の力を見せつけてやれば、ひょっとすると、「こいつなら使えるかもしれない」と判断してもらえるかもしれない。
(俺はアルみたいなチビじゃないし、スケアみたいな腰抜けじゃない)
 スケアはやたら知ったかぶって、「僕たちの力じゃ及ばない、と見極めることのほうが大事だ」とか言ったが、そんなものは臆病さを誤魔化す言い訳だとヴァンは思っていた。それならいっそアルのように正直に「怖いからイヤ」と戦わないほうが可愛い。

 凍結処置についてもそうだったが、スケアの態度を思い出すとそれも腹立たしく、ヴァンはもう一度、岩に剣を叩きつけた。
 その時だった。
 背後にパルス反応をキャッチした。
 スケアが自分を連れ戻しに来たのか、と一瞬は思ったが、それはヴァンの知らないパルスだった。
 無論、現れたヒューキャストの姿は見たこともない。
 だが、誰かは分かった。
 黒いボディに、独特のデザイン、青いアクセントカラー。
 カルマの友人だという、変わり者のアンドロイド。元はヒューキャストのくせに現在は科学者だという、けったいな経歴の持ち主。
 名はたしか、ラッシュ=スラッシュ。

「……なんだよ」
 カルマの友人なら、タイラントとも付き合いがあるのかもしれないし、だとすると、オズワルド博士たちとも知り合いなのかもしれない。もしそうなら、彼が自分を連れ戻しに来たのかもしれない。
 だが、カルマの話では、ラッシュは科学者として活動するようになった時、極端な減量とパワーダウンを行っているということだった。今ではマンよりマシな程度の力しか出せない、と。
 それなら、科学者にもなれるという頭で、あれこれと説教をしにきたのかもしれない。
 だがヴァンは、そんなものを聞き入れる気にはなれない。

 ケイン博士の言うことも、言葉そのものは納得できるのだ。
 仕方ないと分かる部分もある。
 だが、それじゃあ俺の力はあってもなくても同じなのか、という憤りは消せない。
 だから、これ以上どんなことを言われても、「はいそうですか」と言えるとはとうてい思えなかった。
「なんか用かよ。あんた、ラッシュってんだろ。カルマ兄貴の友達の」
「カルマから聞いていたか。やれやれ。どう言って聞かせていたのかね」
 話に聞いて「美声だ」ということは知っていたが、それは実際に聞くと、なにか戦慄のようなものを覚えた。ただそれだけで圧倒されるような、嫌な気分だった。
「なんなんだよ。あんたのこと? 変わり者で、物好きで、好き勝手やってるんだろ」
 語気が荒くなる。

 だがラッシュはそれに僅かに動じる気配もなく、屈託のない明るい声で笑った。
「それ以上に的確な表現はないというくらいに的確だな」
「なにしにきたんだよ!」
 焦りを覚えて、ヴァンは怒鳴った。
 それにあっさりとラッシュは、
「連れ戻しに来たんだよ」
 と答えた。

「冗談じゃない。じいさんに頼まれたのか? 嫌だね。なんで俺が止められなきゃならないんだよ」
「何故か、知っているだろう? それくらいの説明はされたと思うが」
「そんなんで納得できるかよ! 俺だってヒューキャストだ。今まで遊んでたんじゃない!」
「知っているかい? ダークファルスがこの星の生物に与えた特徴について」

 必死で訴える声を、まるで他愛ない虫けらのようにかわされた。
 虚をつかれて真っ白になった頭を、ラッシュの声だけが支配する。
「一つは、非常な攻撃性だ。通常、生物の持つ攻撃性というものは、自己を守るためのものだ。そのために狩りをしなければならなかったりするし、いざという時にはおとなしい生物も反撃してくる。だが、全てはあくまでも『生きるため』であるはずなのに、この星の変異生物たちの攻撃性は、自分たちに不利益をもたらしかねないほどのものになっている。つまり、ダークファルスの持っていた『破壊欲求』に煽られるまま、しまいには自らさえ崩壊させる道を辿っている、ということだ」
 だからなんなんだよ、と言おうとしたが、頭は他人の声で一杯で、自分の声がうまく出せないまま、遮られる。
「もう一つが、驚異的な進化……変化スピードだ。破壊し続けるためには自分が生き続けねばならない。自らを守る意思や保持する本能は乏しくなったのに、生きようという執念は強くなった、と言っていいだろう。だから生命体としてはタフになっている。つまり、凄まじい攻撃性とそれに見合った力、生命力を持っている、ということだ。その体を見れば分かるが、この辺りのエネミーとでさえ避けながら戦うことも満足にできない君では、あそこに行けば一日ともたない」

 最後の言葉だけ、はっきりと分かった。
 怒りに駆られるまま、剣を振り上げ、振り下ろしたい気分に襲われる。
 だが、できない。
 アンドロイドには人間を相手に戦うことはできない。
 ただし、例外もある。
「腹が立つなら、腕試しをしてみようじゃないか。カルマから聞いているかと思うが、私はハンターズを引退した時に大幅なパワーダウンを行っている。丁度いいハンディだ。さあ、おいで。私がトレーニングに付き合ってやろう」
 そういう名目で、お互いの間に契約が成立すれば、別だ。

 ヴァンはバスターを構え、地を蹴った。
 タイラントの構造をモデルにして作られてはいるが、スピードに関する能力も高い。
 初太刀を決定打にするつもりだった。
 だがそれは、かわされたようにも見えなかったのに、当たらなかった。
 傍らの人を振り返るような、ほんの僅かな動作にしか見えなかったが、にも関わらず、外されていた。
 あとは惨憺たる有り様だった。
 踏み込もうとした足を蹴り払われ、振り下ろした腕を軽く叩かれ、無様に転倒するばかりで、一度として切っ先がかすることさえない。
 勝てない、ということならばヴァンにもすぐに感じられたが、それを認め、諦めるのは嫌だった。

 だが、観念せざるをえない時もきた。
 勢いあまり、たたらを踏んで転びかけ、疲れきった手から剣が零れた。そのバスターの切っ先に向かって倒れこみそうになったところを、腕をとられて支えられた。
 倒そうとして、助けられた。
 立っている力まで、それっきり抜けてしまった。
「分かったか?」
 座り込んだヴァンの上から、ラッシュの声が降ってくる。
「それが、今の君の実力だ。こんな私にさえ、勝てはしない」
 どれほど悔しくても、反論はできなかった。

「いいか? 今の君と私は、たとえていえば、それぞれに性能も火力も違う銃を持っているのと同じだ。君の持っているもののほうが断然性能もいいし、破壊力もある。それに、新しい。だがね、君はまだ、それを使いこなせていないんだよ。自分の手にしているものがライフルという武器だということさえ知らないで、それを棒代わりにして私に殴りかかっているようなものだ」
「……るせーよ。だいたいなんだよ、それ。ややこしい言い方。ムカつくぜ」
「おっと、すまんね。私の悪い癖だ。だが、分かっただろう? 私はどれだけ威力の低い銃でも、それを銃として扱うことを知っているし、その性能を引き出すすべについて、いくらか分かっていることもある。それが、今の君と私の差だ。君に与えられた性能は素晴らしいし、なにより、ガッツがある。諦めの悪さはハンターズにとって大事な要素だ。これからもっと経験を重ねていけば、どれほどその性能を引き出して、力を活かせるかもしれないのに、兄さんたちのように一目置かれる存在になる前に死んでしまっては、元も子もないだろう」
「………………」
「それにな、カルマはたとえ君の実力を認めていたとしても、自分の大事な弟が危険な戦場に現れたりしたら、それこそ平静ではいられない。ショートしかねないよ。それは、彼の身まで危うくする。だから、今は我慢して、少しだけ眠っていてほしいんだ」

 カルマの名が出て、そんな光景が想像できて、少し可笑しいと思った。
 暗澹とした惨めな気分は、それで少し薄らいだ。
(考えてみりゃ、俺より強い奴なんていくらでもいるんだよな。兄貴たちとおんなじくらいのレベルの奴が。そいつらがなんとかギリギリでやってるんだったら、俺なんか、足手まといにしかならないか)
 ようやくすっきりと、その事実が頭の中から心の中に、落ちてきた。

 
(再びYan・Tyrantサイドへ)