忍耐の限界。 またしても始まった兄弟喧嘩だが、今日はそれが四人分。 長兄と三男を除いた四人、タイラント、ヴァン、スケア、アル、この四人総出での大喧嘩なのである。
そもそもはいつものように、足を踏んだだの踏まないだので始まったタイラントとヴァンの小競り合いだった。 さすがに暴れるのはもうまずいと分かったのか、口で言い争うだけだったのだが、どだいヒューキャストなんてものは好戦的にできている。 間もなく殴る蹴るに発展し、友達と喧嘩をしたらしく塞ぎこんでいたスケアが、それにキレた。 日頃暴力に訴えないだけに、やるとなると容赦ないスケア。まして喧嘩し慣れていないものだから、加減が分かっていない。 そういった意味では、毎日のように喧嘩して、限度も加減もある程度は心得ている(たまに忘却するが)二人のほうが、危険は少ない。 そうして三つ巴になったところで、アルが巻き込まれた。 いつもなら逃げ出すアルなのだが、生マグからようやく形を変え始めた、初めて自分一人で育てている可愛い青マグを蹴り飛ばされたものだから、たまらない。 で、戦闘経験については他の三人よりはるかに劣るアルなのだが、武器が使えない、と拳で戦っていたため、武器なしの肉弾戦になると、これが予想外に強かった。 末っ子の、ハンターズとしては半人前以下のアルに対等に立ち回られては、タイラントのプライドが傷つく……。
とこんなふうにしてとんでもない乱闘・混戦に発展したのである。 最初に帰ってきたカルマは、相棒のベータと、ベータがどうしても連れて行きたがるジーン、そして勝手についてきたヤンの三人と共に、なんとか止めようと努力した。 努力はしたが、努力すれば全てが可能になるわけではない。 ましてこのメンバーの中で、接近戦が得意な者など、カルマしかいない。ベータは苦手とはしないが、団子になって暴れるヒューキャストの中に入れるような化け物ではないのである。 市街で銃を撃つことやテクニックを放つことは禁じられているから、ジーンとヤンにはできることもない。
おろおろしているうちに、とうとう帰ってきてしまった、最後の一人。 買い物帰りで、荷物を抱えたまま震えだすレイヴン―――。 「お、おい。まさかあの中に殴りこむなんてことはよせよ」 カルマが前もって止めておく。 いつもはレイヴンがキレた後に宥める彼だが、今日は勝手が違う。 二対一なら、容赦のない分レイヴンのほうが強いが、四対一となっては、勝ち目がない。それに、迂闊に入れば、五人全員でのバトルロイヤルが確定である。
「毎日毎日……人様に迷惑かけて、性懲りもなく……」 怒りのあまりノイズの混じった低音。 ぞっとして、ベータはナマモノ二人を引っ張って鉄二人から距離をとる。 「ちょっとちょっと。どうするのよ。ほっといたら大惨事よ」 「俺たちにできることは、市民に避難を促すことだけだ」 冗談ではなく、真面目な顔でベータ。 「もう避難しておるようだぞ」 ジーンが見やる先に、ご近所のかたがたの姿が固まっている。 「となると、あとは天に祈るだけだな」 「そんな弱腰でどーすんの! あんたたち男でしょ!?」 「男でも命は惜しい。それに俺は『ハニーとラブラブ新婚生活を送ろう計画』の途中だ。まだ何もしてないってのに、今ここで死ぬわけにはいかん」
「……むしろあんたは死になさい」 ヤンは頭痛を覚えて頭を押さえた。 「意中の者がおるのか? 初耳だな」 分かっていないジーンに胃痛まで覚える。 「俺に幸せになってほしいか?」 「言うまでもない」 「だったら、おまえにもできることが……、いや、おまえにしかできないことがあるんだけどな」 「いー加減にしなさい!」 「あだだだっ、耳を引っ張るな!」
などと漫才をやっている三人の前方。 「あ――――――ッ! よせレイヴン!!」 カルマの悲鳴が聞こえた。 ベータたちが振り返ると、そこには、通りすがりのヒューマーから借りた(奪い取った)らしい長刀を、半壊しかけた家目掛けて振り上げているレイヴンの姿があった。 内部の大喧嘩で耐久力の限界にきていた家屋に、渾身の一撃が加えられる。 それはまさに、トドメの一撃だった。
喧嘩していたらいきなり家が崩れて、その瓦礫の下敷きになったタイラントたち。 さすがに何事かと我に返ったらしい。 そこに、ガエボルグらしい長刀を手に佇んでいるレイヴンを見つけて、事の顛末を理解した。 いくらなんでも、喧嘩を止めるために家を壊すとは、やりすぎである。 しかし、そうしなければ止めようがなく、いずれは家が破壊されていたであろうことも、事実だ。
レイヴンが一歩踏み出す。 プライドもへったくれもなく、四人は固まって後ずさった。 しかしレイヴンは彼等には目もくれず、元は武器庫があった一角に行くと、自分のソウルバニッシュを二本とヴァリスタを一丁、ヴァラーハを一匹と携帯端末を拾い上げた。 道に戻り、怯えている通りすがりのヒューマーにガエボルグを返し、にっこりと微笑む。 「すみません。少しフォトンにダメージがあるかもしれませんが」 「いっ、いいえっ! そんなとんでもない!」 何処の誰がこんなのに文句を言えるというのか疑問である。 青年が逃げ去った後、レイヴンは端末を操作して、そこから一枚のカードを取り出した。
マネーカード。 金額は100万メセタ(1メセタ≒1$)。 「最終的にこの家を破壊したのは私ですから、再建費用は私が出します。その代わり、もう知りません。短い間でしたが、お世話になりました」 それをカルマの襟元(襟?の内側)に差し込んで、レイヴンはさっさと歩き始めた。 「お、おい! ちょっと待て!」 カルマが呼び止めるのも虚しく、こうして三男は家出してしまったのであった……。
瓦礫の上に取り残されて、呆気にとられている残された兄弟たち。 果たしてどうなる黒ロボ家!?
(つづく)
|