ドンッ、と腹部に衝撃を受けて、レイヴンが目を覚ました。 (まったく……) 自分の腹の上に乗っているヴァンガードの足を退けて、体内メモリの時計を確認すると、今日もまた計ったように6時ジャストだった。 街の明かりの届かない薄暗い部屋だが、物は見える。 大の字になって、カルマの胸の上に腕を乗せているヴァンガード、きっちりと仰向けに寝ている様が棺に入った死体のようなスケアクロウ、なにを考えているのか、座ったまま壁に寄りかかって寝ているタイラント、その彼の傍らで丸くなっているアルジェント。 まともに、普通に「寝ている」と形容できそうなのは、カルマだけである。 しかしこれがいつもの風景だった。
レイヴンは静かに部屋から抜け出すと、お手製のエプロンをつけ、キッチンに立った。 兄弟たちが補給するオイルだの燃料だの、ブレンドには全てうるいくらいに厳密な好みがある。それをきっちりと計量してそれぞれに作り分け、一休み。 一家の中でまともに「料理」ができるのが自分だけだと思うと、なんだか情けなくなってくるレイヴンである。
さて、7時すぎ。 カルマとスケアクロウが起きてくる。 一人でもくもくと補給を済ませたスケアクロウは、いってきます、と一言。今日は養成所の実技試験のはずだ。 「無理はしないようにしてくださいね。合格は今日しなくても、あとでもできますけど、怪我をしては……」 「余計なお世話ですよ。あんな低レベルな試験に、僕が落ちるわけないでしょう」 「訓練と実戦は違いますよ」 「せいぜい気をつけます。もっとも、そんなことレイヴン兄さんに言われたくはありませんけどね。訓練も実戦も力任せに突破していくくせに」 「私はそれができるから、そうしているんです」 「ああ、そうですか。そうするしか能がないのかと思ってましたよ」 「おい、スケア。遅れるだろう。早く行ったらどうだ?」 後ろからカルマの声がして、スケアクロウはそっぽを向くようにして出ていった。 「気にするな。あれでも本番前で緊張してるだけだ」 「分かってます。この程度でいちいちメゲていたら、とてもここでは暮らせませんからね」 「違いない」
やがて8時。 ガンッと金属同士がぶつかる音がして、静かな朝は終わりを迎える。 それが具体的になんの音だったかは、カルマとレイヴンには分からないが、タイラントとヴァンガードがぶつかったに違いない。 「にゃー……、また喧嘩はじめたにゃ。とばっちりはイヤにゃーん」 アルジェントが逃げてきてカルマにくっつく。 「カルマ兄さん、アルにエサ……じゃなかった、ごはんあげておいてください」
そしてレイヴンが寝室に戻り、過ぎること10分。 ガラスのようなものが壊れる派手な音がして、静寂が訪れた。 静かにすぎていく、1秒、2秒。 「いい加減にしなさいッ!!」 レイヴンの怒声と共に、ガンガンッ、と硬い音がした。
こりゃ二人とも殴られたな、とカルマはアルジェントの面倒を見ながら、今のところ静観を決め込んだ。 「だいたいなんですか兄さんは! そんなことくらいで大人げないとは思わないんですか!?」 タイラントが反論している気配はあるが、それも尻窄みに小さくなり、間もなく不機嫌な顔で出てきた。 「さっさと食べて、二人とも稼ぎに行ってください。兄さんは戸棚、ヴァンは時計と花瓶。買って帰るまで入れてあげませんからね」 「なんで俺まで。壊したのは……」 「なにか文句でも?」 「い、いや。……分かった」 「はん。えらそーなこと言ったって、レイ兄には頭上がらないんじゃないかよ」 「なんだと」 「二人とも、よせ。ここでまた喧嘩をはじめると、戸棚に食器棚、時計と花瓶にテーブルがつくようになるぞ」 「く……」
そうして不承々々出ていくタイラントとヴァンガードと共に、カルマも旧知の友人のため、仕入れへと出かけていった。 「アル、いきますよ」 「にゃーい」 8時半、レイヴンがアルを連れてマグ保育園に出かけると、ようやく静まり返る黒ロボ家なのであった……。
(つづく)
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