Garden had lost

 ラ・フォイエ。
 意識をぶつけた地点から爆炎が上がる。
「やめてよ――――……っ!!」
 悲鳴じみた叫び声と共に、フォニュエールがベータの腕にしがみついた。
 小柄な体、細い腕。軽く肘で押しやっただけで彼女はよろめく。
 花を焼き、燃え上がる炎。
 炎は風に追われて走り、わき目もふらずに花の楽園を飲み込み、食らう。
 足元の泣き声。
 茫然と佇む者の気配。
 ベータは、全て無視してファイナルインパクトを構えた。
 焼かれ悶えるバートルの群れの中へと、続けざまに撃ち込む。
 その射撃音で我に返ったのか、カルマがクロススケアを手に別の群れへと向かった。
 それに、ハーティという名の赤いヒューキャストが続き、レイキャシール・エリーが援護を加えた。
 あとにはただ、無数の屍と、焼け野原が残った。

 

 屈託が渦巻き、言葉のない沈黙。
 小さく、少女の嗚咽だけが続く。
 その静けさを破るの楽ではなかったが、そんな感情や感覚は無視した。
 ベータはPPCを取り出し、F区本部に音声通信回路を開く。
 ワンコールで、もう聞きなれた女性通信員の声が届いた。
「F−2斥候隊、ベータだ」
『はい。何かありましたか? 迂回路に問題でも?』
「いや。探査してくれ。例の群れは、まだそこにいるか?」
『少々お待ちください』
 カタカタと、キーを叩く音。
 背後には人の声がかすかに混じる。
 どうやら、何処か別地区の部隊が危機に陥っているらしい。
 ベータは耳を澄まし、それが何処のことか聞き取ろうとしたが、無理だった。

『はい、お待たせしました。移動しています。ただ、非常に数が……』
「移動方向は」
『数が少なくなっていて』
「移動方向を教えてくれ。おそらく、大半はさっきこっちに現れた」
『え……っ!?』
「残りはどっちに動いてるんだ」
『ええと……』
 察しの悪いオペレーターに苛立ったが、努めてそういった感情は隠し、
「レーダーがイカれてるんだ。おかげで奴等がこっちに近付いてきたことにもぎりぎりまで気付かなかった。迎撃はした。欠員はない。残りが移動しているなら、そっちの応援に向かう」
『は、はい、分かりました。移動方向は、その地点からだと、14.68.02の方向です。一度基地に戻って、備品の補充を行ったほうが良いと思いますが』
「分かった。それなら、新しいレーダーユニットを用意しておいてくれ。念のため、Fインパクト用のフォトンマガジンもな」
『了解しました』
 緊張した声を最後に、回線が切れた。

 毎日点検しておくべきレーダーユニットのチェックを怠ったのは、レイキャシール・エリーのミスだ。
 地鳴りという異変を聞き取っておきながら、大したことはないと判断したヒューマー・シンは、甘すぎる。
 だが、そういったミスをうるさく責めることに意味はない。
 こんな状況で楽観したことは決して許されないが、死傷者を出さずに済んだ以上、学び、以後繰り返さねば済むだけのことだ。
 最大の問題は、感傷に負けて満足に戦えなかった、ということ。
 アンドロイドたちはたいがい、戦闘に不必要な感情は抑制されやすく設定されている。それゆえすぐさま事態を把握し、その時何をするべきかを優先して動いたが、まだ若いヒューマー、フォニュエールは、まるで戦闘に集中していなかった。
 新種のエネミーの中では比較的弱いバートルの群れであればこそ、150ほどはいるかという群れを相手に実質四人で応じられたが、これがもしもう少し面倒なモノの群れだったら、どうなっていたことか。

 連射に次ぐ連射で、腕は鉛のように重い。
 ファイナルインパクトは熱を持って、フォトンマガジンにはとてもではないが触れない。
 それをだらりとぶらさげたまま、ベータは横目に、まだ少年と少女と言えそうな、二人のマンを見やった。
「おまえら、帰れ。邪魔だ」
 そして、それだけ言う。
 重苦しかった雰囲気が、一瞬で張り詰めて、欠片を落とした。

「ベータ! なにもそんなふうに言わなくても……」
「あんたは甘いんだよ、カルマ。ここにいていいのは、生き残ることに意地汚くなれる奴だけだ」
「ベータ……」
「ハンターズってのは、譲ちゃん坊ちゃんの遊びじゃないんだ。お花が勿体無くて戦えません、なんて甘えたこと考えるようなら、とっとと辞めて、おうちに帰んな。敵と戦うだけでもこっちは苦労してんだ。ガキのおもりにまで、手は回らねえんだよ」
 言い捨てて、ベータは森の中へと歩き始めた。

 誰も追ってくる気配がない。
 付き合いの長いカルマのことならば、分かる。おそらく彼は、行こうとするベータと、動かないほかの者たちとの間で、どうすればいいのかと往生しているのだろう。
 たとえベータの言っていることが事実であれ、皆、そうやって人を嘲るように言うことはなかろうと、苛立ちや憤りを覚えているだろう。感情の起伏が乏しいアンドロイドでさえ、エリーもハーティも、そろそろ引退時期ではないかというほどの長期稼動組だ。マンなみの感受性を持っているだろうし、それは実際にそうだと、共に組んでよく分かっていた。

 今までうまくやっていた。
 性格を見れば全員バラバラと言っても良かったが、「それでも」か「だからこそ」かはともかく、うまくやってきた。
 経歴や知識量、性分から、いつの間にかベータがチームリーダーとなって指揮をとる形になったが、誰もそれに文句を言う者もなかった。
 だがたぶん、今は反感があるだろう。
(……俺は、あいつほど頭良かないさ)
 ああしろ、こうしろ、と技術程度を教えることはできても、人を「導く」ことなどできない。
 自分が正しいと思う道へと、人を誘ううまい方法など知らない。
 ベータは立ち止まり、振り返った。
「なに考えてようと構わねえけどな、戦力分散するのがまずいことくらい分かってるだろ」
 だから、自分がその道を歩くこと以外には、できることはない。

 ベータの期待したとおり、カルマがうまく宥めに入った。
「とにかく、今はこれ以上何事もないように、中継基地に帰ることが先決だ。行こう」
 カルマが歩き出すと、その後を全員が追ってきた。
 ベータの横に並んだカルマの目が、彼に「言いすぎだ」と告げている。なにも波風を立てることもないだろう、と。
 ベータは肩を竦めて見せた。
 たしかに、言葉を選ぶことはできた。丁寧な優しい言葉で言い聞かせるくらいのことはできる。だが、「もしあそこで呆けててなにかあったらどうするつもりだ」という苛立ちは殺せなかった。
 それは、一つにはシンたちの甘えや弱さに対する怒りに近いものだった。
 だが同時に、死んだらもう取り返しがつかないのに、と、彼等に死なれたくはないからでも、あった。
 だがそんなことを説明するのは、ベータの趣味ではない。
 そしてもう一つ、言葉を選べなかった理由があったが、それを口にすることこそ、ベータの好むところではなかった。

 基地に戻ると、既に別働隊が迎撃に向かっているため、ベータたちのチームには半日の休息が与えられた。その後で応援に行ってほしい、とのことだった。
 ベータは仮設の小屋に入り、その一室で銃器の手入れを始めた。
 やがてカルマが、チームメンバーの入れ替えがあることを告げにきた。
 ベータは、やっぱりそうなったか、としか思わなかった。
 言い出したのは、フォニュエールのトーコだったようだ。シンがそれに賛同した。
 その時の光景ややりとりは、目に浮かぶようだった。
 ハーティとエリーは、さすがにそんなことで我が儘を言い出すことはなかった。ただ、組替えた後のチームバランスなどを考えて、ハーティはシンたちと一緒に行くことになった。

「言ってることがどんなに正しくても、言い方一つで台無しになるんだぞ。エリーだって、どうしてあんな言い方をしたのか、そこが納得できないと」
「分かってる。けどな」
 言いかけて、ベータはやめた。言おうとしたことの代わりに、
「生易しい言い方じゃ、事の深刻さが分からないだろ。お子様には」
 そう口にした。
 言った後で、ずいぶんと昔にラッシュと初めて組んだ時のことを思い出した。
(ああ。俺はまだまだガキだよ。あいつらに偉そうなことなんて言う資格はないさ。けど……)
「おまえも休めよ。俺は寝る」
 言うだけ言って、ベータはファイナルインパクトのカートリッジを差し込んで、椅子からベッドへと移動した。
 そしてカルマが出て行った後でもう一度テーブルに寄り、PPCをとった。

 

 昨日のメールに書いた花園のことだが、パアになった。
 レーダーがイカれてて、エネミーの接近に気付かなかったせいで、あそこで戦うハメになってな。バートルと一緒に、焼き払っちまった。

 なくなってからのほうが、見せてやりたかったと強く思う。
 見せてやれなくなったことが、悔しくてたまらない。
 本当にきれいだったんだけどな。
 あれを見たら、おまえだってなにか、いつもは感じないようなことを感じるんじゃないかってくらい、すごかったんだ。

 あんなに平和で、何事もなかったものを破壊したのは俺だ。
 あの花にしてみれば、俺たちみたいな侵略者がやってこなければずっとあそこにああやって咲いていられたんだろうに。
 そう思うと、自分のしてることはただの殺戮でしかないと思えて、嫌になる。

 ダメだ。これ以上は愚痴か泣き言になる。

 そっちはどうだ?
 怪我はしてないか?
 群れてたドラゴンってヤツだが、あれからまた見えただろうか。
 さっさとこっちを片付けて、そっちの応援に行きたい。
 おまえが後ろにいてくれるなら、俺はハンター並のこともできるしな。


 明日は何か、良かったと言えるような報告をしたいもんだ。

 
β

 

 見せてやりたかった。
 焼きたくなどなかった。
 だがそこで死んでしまったら、もう二度と会えない。
(俺だって、焼きたくなんかなかったさ……)
 それを焼き払う火を放って、花園を潰して焼け野原を生み出して、それでなお平然と落ち着いていられるほど、
(俺は枯れてないぜ)

 だが今は、そんな甘えたことを言っている場合ではない。
 生きて帰るために。
 生きてまた、会いたい誰かに会うために。
 今は、強くあらねばならない。

 ベータは送信直前のメールをもう一度呼び出すと、手を加え、そして送信した。

  

 昨日のメールに書いた花園のことだが、パアになった。
 レーダーがイカれてて、エネミーの接近に気付かなかったせいで、あそこで戦うハメになってな。バートルと一緒に、焼き払っちまった。
 まあ、勿体無いことしたが、仕方ない。

 そっちはどうだ?
 怪我はしてないか?
 群れてたドラゴンってヤツだが、あれからまた見えただろうか。
 さっさとこっちを片付けて、そっちの応援に行きたい。
 おまえが後ろにいてくれるなら、俺はハンター並のこともできるしな。


 明日は何か、良かったと言えるような報告をしたいもんだ。


β

 

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