タイラントの一番長い一日

 これは今からずーっと先のお話。
 ラグオルに平和が戻ったあとの、なにかと不敏な黒ロボ兄弟の、もしかすると心温まるかもしれない物語です。


 あれは去年の11月18日のことだった。
 その頃はまだラグオルも危機に満ち溢れ、とても民間人が地表に降りることなどできなかった。
 ハンターズは殺伐とした戦いに明け暮れて傷を負わない日とてなく、安らぎという言葉ほど縁のないものもないような有様だった。
 その日、タイラントがヤンから急に呼び出した受けた時、彼は当然ながら、なにか厄介事でも持ち上がったのだろうと思ったものだ。
 しかし指定された場所……それは何故か弟レイヴンの部屋だったのだが、そこにたどり着いたタイラントを待ち受けていたのは、華やかに飾りつけられた空間だった。
 驚くタイラントに、大きな花束を抱えたレイヴンが近寄ってくると、
「おめでとうございます、兄さん」
 と言ってその花束を差し出した。
 なにがめでたいのか、タイラントは真剣に考えこんだが、見当がつかない。
 その困惑ぶりは見ていれば分かるほどで、やがてその場にいたヤンが、
「アンタ、今日が誕生日なんでしょ」
 と笑った。

 誕生日。
 ヒューマンなら、母の胎内から生まれ落ちたその日。
 アンドロイドの場合、起動させられた日がそれに当たる。もっとも、アンドロイドには「誕生日」などというものを祝う習慣はない。
 たしかに、タイラント……ロアは、11月18日に起動させられた。
 だが、そのことを知っているのは立ち会った科学者たちだけのはずである。
「不思議ですか? 何故知られているのか」
 レイヴンが明かしてくれたタネは、聞けば納得のいくものだった。
 パイオニア2の中で製作されたレイヴンには、故郷すらない。周囲の人間が故郷の惑星を懐かしがるたびに、郷愁を持つこともできない彼は、どうしようもなく寂しかったのだそうだ。
 それで考えたのが、家族探しだった。
 自分に試作機体があると知り、その試作機体を自分の「兄」だと思って探すことにしたのだ。
 研究所のデータからは、違法製造に関わるものは一切が消えていたが、かろうじて、試作機体の起動年月日だけは知ることができた……。

 そういった経緯を経て、レイヴンがみなに声をかけて実現したのが、タイラントのバースデーパーティだった。
 タイラントは今でもはっきりと覚えている。
 ものすごく嫌だったのを。
 パーティの間中ずっと不機嫌でいた。
 そのせいですぐにお開きになってしまったのだが、本当はどうしていいものか分からなかったのだ。
 自分には似合わないことこの上ない花束、ケーキ、にぎやかな談笑の声。
 そんなものに囲まれているのは苦痛で、でもそれらが全て仲間たちの好意だと思うと嬉しくもあり、素直にありがとうと喜べない彼は、ただいらいらしている他なかった。
 タイラントを怒らせたと思ったのか、パーティが終わったあと、いまにも泣きそうなくらい消沈した様子で、レイヴンが「もうしません」と謝ってきた。
 それにまともに言葉を返してやることもできず、タイラントはさっさと逃げてしまったのだが、それからしばらくの弟の様子は、見るたびに胸が痛んだものだった。

 そういったしこりは時の流れと激務の中で自然消滅したが、タイラントの中ではケジメがついていなかった。
 それで必死に考えて、見つけた答えが一つ。
 タイラントは、オズワルド研究院のシータ博士に頼み込んで、レイヴンの「誕生日」を調べてもらった。
 聞いた時には眩暈がしたものだ。
 11月19日。
 兄の「誕生日」を祝おうとして失敗し、自分の「誕生日」を暗い気持ちで過ごしていたのである。
 祝いたい、という思いがあれば、その裏側には、祝ってもらえれば嬉しい、という思いも当然ある。
 その、嬉しいことがあってもいいはずの日を台無しにしたのは自分だと思うと、タイラントもさすがにいたたまれなくなった。

 そうして一年後の今日、11月19日。
 タイラントは覚悟を決めてセントラルシティを訪れた。
 ラグオルへの移住が着実に進んでいることを示して、街は明るく活気づいている。
 そこを歩く、えらく思い詰めた様子の黒ヒューキャストの姿は異様に目立った。
 自覚はしていたが、睨みつけたいのも逃げ出したいのも、我慢しなければならない。
 タイラントが訪れたのは、目抜き通りにある大きなパーツショップだった。
 一ヶ月ほど前、ここに或る品物を預け、調整を頼んだ。
 Dパーツ ver2.10。
 かつて危機に満ちたラグオルを探索していた時、自分が見つけた希少防具である。
 アンドロイドに組み込むように装着するもので、硬度に反して非常に軽く、動きを妨げることがない。

 バースデー事件のあとにこれを発見した時、なんとか弟に詫びとして渡せないものかと考えた。
 「誕生日」は口実になる。
 「誕生日」だからとこれを渡して、あの時はどうしていいか分からなかっただけで、だから困りはしたが、怒ってはいなかった。そう告げて、謝ろうと決意したのだ。
 レイヴンに合うように調整を頼んで、今日がその受取日だった。
 タイラントは何度も頭の中でシミュレートする。
 渡しに行って、言うことはきっちり言って、それからすぐに去る。
 想像の中では簡単に成功する。

 これからのことに意識を集中するたまり、つい前方不注意になっていた。
 擦れ違い様に避け損ねて、出てきた者と肩がぶつかる。
「む。すまん」
「おーう。気にすんなぁ」
 やたらとガタイのいい、茶褐色のヒューキャストだった。一見しては強面だが、気さくに片手を上げて出ていく。今にも鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌だった。
 気を取り直して、タイラントは店の奥へと進み、カウンターにいる老人に声をかけた。
「ああ、タイラントさんね。まだなにか?」
 老人はそう言いながら、古くさい眼鏡をずりあげた。
 「まだ」?
 一抹の嫌な予感。
 気のせいだろうと押しやって、
「この間頼んでいったパーツの調整、できてるか」
 用件を告げる。
 老人は眼鏡の奥の目を細めて笑った。
「さっき渡したじゃろうに。なにを冗談」

「……なに?」
 嫌な予感はさらに大きくなり、舞い戻ってきた。
 そこへ店の奥から、小柄な壮年の女性が走ってくると、
「ちょっとお義父さん。またこんなとこに座って。ほら、早く入ってくださいな。もう……。すみませんねぇ。それで、なんのご用ですか?」
「先日Dパーツの調整を頼んだんだが」
「あら。少々お待ちくださいね」
 そう言って彼女はデータを検索していたが、やがて、「あれ」とおかしな声をあげた。
「さきほどお受け取りになってらっしゃるんじゃ」

「馬鹿言え。俺は今きたところだ」
「でも……。じゃあまさか、同じ名前で同じIDのかたが……?」
「ちょっと待て。つまりなにか? 間違って渡したということか?」
「そ、そうなりますわね」
「困るぞ! あれは弟に……いや、とにかく! 渡したってのはいつなんだ!?」
「つ、ついさきほどです。あの、一週間お待ちいただければ、同じものを」
「それじゃ意味がない! なんだって同じ名前ってだけで他人に渡しちまうんだ!?」
「申し訳ありませんっ。義父が少しもうろくしておりまして……。いえ、わたくしどもの不行き届きですが、必ず同じ品物をご用意いたしますので……」
「今日じゃなきゃ困るんだ!」
「で、では知り合いの店舗に」
「専用に調整するのに半月かかるんだろう!? チッ。もういい!」

 タイラントは走り出していた。
 ギルドに駆け込むと、データベースから自分と同じ所属、同じ名のハンターズを検索する。
 すると、やがて一人のヒューキャストの画像が映し出された。
「こいつ……!!」
 店の入り口付近でぶつかった、褐色のボディのヒューキャストである。
 ショートメモリを走査すれば、ぶつかったあのヒューキャストの胸元に、スカイリーのライセンスプレートが組み込まれていたことも確認できた。
 擦れ違ってからそう時間はたっていない。
 追いかけて、取り返さなければならない。
 だが相手がどこに向かったかも分からないのでは、どうしようもない。ハンターズデータからは居住場所を調べることはできない。
 だが幸いに、映し出されている「タイラント」のデータには、現在クエスト中であることが表示されていた。

 行き先は、洞窟。
 駆除し残しているデ・ロル・レ型の大型アルタードビーストの退治に出かけたらしい。
 タイラントはすぐさま自宅に引き返すと、愛用のドラゴンスレイヤーを掴んで洞窟に向かった。
 なんとか今日中に追い付いて、返してもらわなければならない。ごねるようなら、実力行使だ。もともとあれは、自分のものである。
 まだ新しい死体を目印に追いかけるが、時折、移動してきたエネミーに行く手を阻まれる。
 一向に追い付けないところをみると、「タイラント」たちは複数でチームを組んで進んでいるのだろう。
 だからどうした、追い付いてみせる、とタイラントは群がるギルシャークをまとめて片付け、走り出す。
 ポイゾナスリリーなど切るのも面倒だと踏みつけ、灼熱の溶岩地帯を抜けて、地底に広がる水の楽園を走る。

 突然、携帯端末から着信音が鳴った。
 無視したいところだが、つい反射的に開いてしまった。
 ヤンからのダイレクトコールだった。
『ちょっと、今どこにいるのよ』
「いま忙しいんだ。あとにしろ」
 言うだけ言って、タイラントは切ってしまった。
 どんな用件かはしらないが、今日という日はいつまでも今日でいてはくれないのだ。時がたてば昨日になってしまう。
 一日や二日、ことによっては半月、遅れてもいいと言う者もあるだろうが、タイラントにはどうしても「口実」が必要だった。
 自分が素直に謝れない性格であることと、プレゼントなどする柄ではないことは、よく承知している。
 「誕生日」という口実を逃してしまったら、きっと謝れない。
 そして来年になれば、今更という気がして、もうずっと謝れなくなる。
 きっとこのままではレイヴンは、「誕生日」という言葉を聞くだけで、暗い気分になってしまうことだろう。
 弟の性格もまた、タイラントはよく分かっていた。

 時は過ぎる。
 だが追い付けそうな気配はない。
 もう夕方だ。
 惑星ラグオルの公転周期はテラとほぼ同じだから、今日という日が終わるまでは残すところあと8時間といったところである。
 戻るためにかかる時間も考えると、あと1時間以内に追い付いて取り返さないと、間に合わないことになる。
 最悪、「タイラント」たちがテレパイプを持っているのなら、間違いと知りつつ持っていこうとした報いだ。強奪してしまうのもいいが。
 走り続けでさすがに駆動機関が痛んできたが、タイラントはそれでも走り続け、戦い進んでいった。


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