そして洞窟最深部。
(いた!!)
 戦闘の音が聞こえて足を速める。
 そしてようやく、大柄な褐色のヒューキャスト「タイラント」一行に追い付いたのだった。
「んあ?」
「お、おまえ、タイラントというんだろう」
「あー、おめー、昼間にぶつかった……」
「おまえがパーツショップから受け取ったもの、返してもらおうか」
 タイラントは疲れもあって既に殺気立っていた。
 だが「タイラント」はそんなことなどまるで気づいてもいないかのように
「なに言ってんだ? 俺ァ俺の頼んだヤツを受け取ってきただけだぜ? 返せってのはどういうこったよ」
「ふざけるな! Dパーツ ver2.10、あれは俺が調整を頼んだ物だ!」
 タイラントはとうとうドラゴンスレイヤーを「タイラント」につきつけた。

 それでも「タイラント」は動じず、言うには
「え? 2.10? マジかよ」
 自分の体を見下ろして、確かめる。
「あっちゃー……。てっきり俺、自分の頼んだ1.01だとばっかり思ってたぜ。思ってたより性能いいから驚いてたんだけどよ、これ、おめーのだったのか? いや、すまねえな。ちゃんと確かめりゃ良かった」
 「タイラント」は言い逃れをしているようではなかった。どころか、これからデ・ロル・レ型と戦おうというのに、Dパーツを外そうとするのである。
 いくら戦い慣れた強者でも、防具なしで挑むのは自殺行為である。
「それを外して、どうする気ですか。自殺の手伝いならしませんよ」
 連れの黒髪・黒いスーツのフォーマーが止める。
「いや、でもよ、ここまで追いかけてきたってことは、大事なモンっぽいしよ。ま、俺はおめーらがなんとかフォローてくれりゃいいじゃねえか」
「それはそうですが……」
 口調も態度も粗暴だが、「タイラント」はいわゆる「粗にして野だが卑にあらず」の言葉どおりの性格らしい。

「けど、ここまで来んのにずいぶんボロけちまったんだよなぁ。俺ァ頭っから突っ込んでくからよー」
 返されたDパーツは、「タイラント」の言うとおり、傷だらけだった。
 レイヴンも、ダメージを受けることなど意に介さず、頭から突っ込んでいくタイプだ。だからこそ、アンドロイドにとっては最高の性能を誇るDパーツを、贈ってやりたかった。
 だが、こんな傷物、「プレゼント」にしていいわけがない。
 修理にも二日はかかるだろう。
「な、なあ。その……悪かったよ。俺がちゃんと確かめてからつけてりゃあ良かったんだよな」
「……これは、もういい。おまえが使ってくれ」

 今日贈れないなら、どんな高価なものにも高性能なものにも、意味はない。
 タイラントは「タイラント」にDパーツを押し付けて、背を向けた。
「な、なあ。その、俺の頼んでた1.01、代わりに持ってけよ。差し引き分は、あとで払うからよ。な?」
「……いい」
「そう言うなって。あ、じゃあ、これな。これ、あとできっちり修理して返すからよ。新品同然にしてやるから」
 沈みこんだ気分では、気遣われるだけで情けなくて泣けてきそうだった。
 よりによって、間違って持っていったのがいい奴だったから、八つ当たりもできなかった。
 必ず返すからな、と叫ぶ声を背後に聞きながら、タイラントは来た道を引き返しはじめた。

 洞窟から出たのは、もう真夜中近くだった。
 シップと違って、夜は暗かった。
 星が綺麗だった。
「兄さん!」
 突然、レイヴンの声がした。
 そちらを向こうとして、逆に背を向けた。
「もー、いったいなにしてたのさ」
 ヤンも一緒らしいし、気配から、他にまだ一人いるのが知れる。
「良かった、無事で。心配したんですよ。ヤンさんがコールしたら、すごく切羽詰まった様子だったっていうし。なにか依頼でも受けてたんですか?」
 結局なんにもしてやれず、謝ることもできない自分に、心配してもらう資格などない。そう思うと顔を向けられない。

「あの……兄さん?」
「疲れてるんだ。話は後にしてくれ」
「あ、そ、そうですね。ごめんなさい」
 逃げ出したい一心で、さらに傷つける言葉を吐く自分がつくづく嫌になったタイラントは、足早にその場を去ろうとした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
 ゾンデのごとく、ヤンの怒声。
「アンタねぇ、そりゃアンタにもプライドとかいろいろあるのは分かるけどさ、だからって勝手するのもいい加減にしなさいよね! 今日レイヴンかどんな気持ちでアンタのこと待ってたと思ってんのよ!」
「ヤンさん、いいんです。もともと兄さんはああいうの嫌いなんだし……」
「良くないわよ! アンタもアンタよ。控えめなのにも限度ってモンがあるでしょ!? ……タイラント。あのねぇ、今日、レイヴンの誕生日だったのよ?」

 そんなことは、言われなくてもタイラントもよく承知している。そのためにさっきまで、洞窟の中を走っていたのだから。
「そりゃアンタはああいうの苦手もしんないけどさ、せめてパーティに顔だして、おめでとうの一言くらい言ったらどうなのよ。去年だって勝手に怒って勝手に出てっちゃって、少しは悪いとか思ってなわけ? せめて弟の誕生日くらい祝ってやろうとか思わないわけ?」
 祝ってやりたいし、謝りたいから、準備もした。本当はそうできるはずだったのだ。
 だが、今更言ったところで言い訳にしかならない。
 悪いのは自分だと、タイラントは黙って、怒鳴られるままでいることにした。

「ちょっと! なんとか言ったらどうなのよ!?」
 ヤンがさらに声を荒げるげると
「もうそのくらいにしてやれよ。そうしたくたってできない性格ってのもあるだろうが」
 もう一人いたのは、どうやらベータらしい。
 レイヴン自身には関わりの薄いベータまでいるとなると、誕生パーティには、ユーサムはもちろんのこととして、ジーンやカルマといった者たちから、ともするとセーラやラッシュあたりも呼ばれていたのかもしれない。
 そんな中で、兄である自分がいないというのは、よほど冷たく映ったことだろう。
「でもね」
 とヤンが反論しかけた、その時。
 急に明るい光の柱が現れた。

 テレパイプによる転移空間である。
 そこから現れたのは「タイラント」たち四人だった。
「お? おめーここにいたのか。ちょうどいいや。な、あれから考えたんだけどよ、俺のダチに一通り連絡つけて、同じパーツ探させるからよ。わざわざあんなとこまで追いかけてきたっての、やっぱよっぽど大事なモンだろ? 俺が使っちまったのじゃやっぱマズいかもなってな。それにしてもよ、俺になんとかサイズあっちまうってことは、コレに贈るとかじゃねえよな」
 「タイラント」は古くさい表現で小指を立てていたのだが、タイラントはそれもまともに見ず、あらぬ方向を向いたままでいた。
「自分で使うんでしょう。貴方に少し小さいということは、本人にはちょうどいいのではありませんか?」
「でもよ、そりゃ珍しいモンだけど、血相変えて取り返しにくるか? てめーで使うモンなんか」
「そうしてもいいような品でしょう。……いえ、失礼なことを言ったかもしれません。ですがこれは、あくまで一般論の話ですので」
 ひとしきり「タイラント」と言い合っていた黒フォーマーが、タイラントに向けて軽く頭を下げた。
「ま、そういうことにしたからよ、持ってきたら、それは受け取ってくれよな。な、頼むよ。ホント悪かった。じゃ、いこーぜ。ティースぅ。おめーも見つけたら買っとけよ。金は俺があとで返すからよ。かぶっちまったら、そのへんの奴に売りゃあいいしよ」
「分かってます」
 一頻り騒々しく喋りまくって、「タイラント」たちはさっさと引き上げていった。

 夜の森に静寂が訪れる。
「なるほどね」
 少し笑みを含んだベータの声がした。
「パーツってことは、アンドロイド専用だ。つまり……こいつに贈るつもりのもの、間違って持っていかれちまったんだな。それを追っかけてたわけか」
 察しのいいベータがここにいることが、恨めしくなったタイラントだった。
 正解を言われてしまっては、ごまかすこともできなくなる。
「な、なんだ。だったらそう言えばいのに。あたい……」
「言えるか、そんなこと」
「兄さん」
「…………」
「私のこと、気にかけてくれているだけでも充分です。物なんかなくても、そうするつもりだったって言ってくれれば、それだけでも私は」
「言えるタマかよ、こいつが。それにしてもおまえら、足して2で割ったほうがいいぜ、その性格。そうすりゃレイヴンはちっとは図太くなるだろうし、タイラントも少しくらいは素直になるだろうな」
「なんだと!」
 よくつき合ったことがあるわけでもないベータに言われて、タイラントは思わず振り返り、声のしていたほうを睨んだ。

 が、そこにいたのはレイヴンだった。
 ベータは、その背後に隠れている。
 はからずもレイヴンと目が合ってしまい、タイラントは硬直した。
「ま、今日は兄弟水入らずってことで、俺らは俺らで派手に飲むとするか」
「アンタ、ジーンさえいればなんでもいいんでしょ」
「そのとおり。あと飲み明かす口実があればなおさら。ついでに強い酒と、防音の完璧な寝室」
「言っとくけど、あたいは許さないからね」
 長身のレイマーと小柄なフォマールが遠ざかっていく。
 レイヴンと二人きりで取り残されたタイラントは、困惑しきっていた。
 だが、困り果てる中で、一つ結論したことはある。
 口実がなくても、謝らなければならない。
 本当にすまないと思うなら、情けないとからしくないとか、そんな「自分の都合」を振り回していてはならないのだ。

「その……、去年のことだが、べつに怒ってたわけじゃなくてな」
 意を決して言い訳しはじめると、思っていたよりはるかに簡単に、言葉は出てきてくれた。
 レイヴンは黙って聞いている。ときどき、はい、とだけ返事をする声は優しかった。
 空には静かに、満天の星が瞬いていた。


(おしまい)

かなり初期の頃に書いたんで、少し雰囲気が違うかも。
なんにせよ、タイラント兄はこういう不器用にやさしい漢(ヲトコ)である。