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 科学者だの学者だのという人間には、変わり者が多いと俺は思っている。
 少なくとも、俺の知っているかぎり、圧倒的に変わり者が多い。
 ランドルフ理工科学研究所は、その中でもとりわけおかしな奴等ばかりが集まってできているようだ。
 研究の内容になると俺には理解できないが、たとえそれそのものはマトモでも、扱ってる連中はおかしな奴ばかりだ。
 更にその中で一番の変人が、俺の友人、ラッシュだろう。
 ラグオル・クライシスの真っ只中にあった時には、元ハンターズとしての経験から、使える武器や防具を開発してくれたり、エネミーの生態調査をしてくれたりと、いろいろ世話にもなった。実際、奴はそういうところだけを言えば、「優秀な科学者」だと言えるんだろう。
 ただ、パイオニア2が無事にラグオルに降下して以来、どうもろくなものを開発しない。子供の玩具はまだマシなほうで、惚れ薬みたいなものを作り出してみたり、大昔のちゃちな機械を再現してみたり、はては無害なコンピューターウィルスを作り、自分の知り合いだけを驚かせて満足している。
 変わり者には違いない。
 だが、それを更に強調しているのは、奴が元はハンターズ、それも、戦うことの専門家とも言えるヒューキャストだということだ。

 アンドロイドというものは、なんらかの目的があって、そのために作られるものだ。マンのように、ただ漠然とでも生まれてきてしまうものじゃない。
 ヒューキャストとして通用するようなアンドロイド、というのは、ほとんどが、最初からヒューキャストにするつもりで作られている。
 接近戦のプロフェッショナル、目前の敵を自分の腕に持った武器で倒す、一番パワフルな連中だ。
 そういう奴等に、高度な知性は必要ない。頭がいいに越したことはないが、何かを開発するとか分析するとか、そんなことは他の奴に任せてしまえばいいのだから、ヒューキャストには必要ないはずだ。
 それが、だ。
 昔から、ラッシュは理詰めで物事を考えたり、分析装置を持ち込んでその場で鑑定を済ませてしまったり、ヒューキャストらしくない、言ってみれば「知的労働」を好んでいた。
 それでいて、ヒューキャストとしてもトップクラスの仕事をこなしていたんだから、わけが分からない。
 製作主はいったいどういつもりで、どんなデータを入れたのやら。

 なんにせよ、変わり者ではあるにしても、俺たちにとっていろいろと役に立つのは間違いない。
 今日も今日とて、俺は面倒な頼み事があって、ランドルフ研究所を訪れた。
 勝手知ったるなんとやら、で守衛に挨拶だけして、中に入る。ラッシュはいつもの場所にいるとのことだったから、いつもどおり、中庭を抜けて第七研究室に向かった。
 が、そこに辿り付く前に、中庭にその姿が見つかった。
 何をしているのかと思えば……どうやら、記録のアップロードの途中、奴の言葉で言えば「過去を夢見ている」らしい。
 ベンチに腰掛けて背もたれに寄りかかり、俯いてじっとしているその脇に、ポータブルのディスケットがある。これで再生した記録を、AIの中のジェネラルメモリーに流しているわけだ。
 一番分かりやすく言えば、奴は、録画して外に取り出しておいた自分の記憶を、映画でも見るように見ている、ということになる。
 まったく、変わった奴だ。
 俺がラッシュを、知人の中で一番の変わり者だと思うのは、このせいかもしれない。

 マンにはハナから無理な話だが、たとえできたとしても、そんなことをするかどうか。
 記憶を映像と音声のデータとしてマスターディスクにダウンロードしておいて、また見直す。それも、たまになら分かる。どうしても残しておきたい楽しい思い出とか、大事な記憶とかなら、そうして保存できるとすれば、やる奴はいるだろう。
 だがラッシュは、特別いい思い出だけを残しているわけじゃないし、見直すわけじゃない。
 俺がベンチに近寄って、再生中らしいディスクのケースを見ると、そこには簡単な日付と、覚書が書き込まれていた。

 思わず、溜め息が洩れた。
 そこにあった日付は、俺もよく覚えている。
 そして、メモのように書き付けてあるのは、俺の名前だ。
 あの日の、出来事。
 ラッシュにしてみれば、そう面白いわけじゃなかったはずだ。
 ただ、あの日、あの時に初めて、俺はラッシュに会った。

 ……馬鹿な話だ。
 「出会いの記念日」なんて、一番長く付き合った女の時だって、覚えていない。
 なのになぜか俺は、この日付を覚えている。
 嫌になる。
 なんだってこの俺が、こんなウスラでかいヒューキャストに会った日を、覚えていなきゃならないのか。
 まったく馬鹿げてる。

「なにか用か?」
 一度聞いたら忘れられそうにない、独特の声がした。
 いつからかは分からないが、俺が来たことに気付いてはいたらしい。
「こいつを直してもらおうと思ってな」
 俺はデータバッグからファイナルインパクトを取り出した。

 この最高レベルのショットは、取り扱いが難しい。
 マガジン内部の液化フォトンの濃度・密度が高いため、まず大した重さがある上に、そのフォトン状態はかなりアクティブだ。
 迂闊にいじれば、サップすることになる。
 もちろん、俺も整備くらいはできるし、できればこそこいつを持ってるんだが、修理となるとさすがに無理だ。
 俺がファイナルインパクトを渡すと、ラッシュはそれをざっと見て、
「食われてるな」
 と言った。
「食われてる?」
「ああ。マガジンに腐食性のラグフォトンが入り込んでいる。一度全体をクリーニングする必要がありそうだ」
「けっこう時間かかるのか」
「どう頑張っても二日、というところだが、運がいいな、ベータ」
「なんとかなるのか」
「この間のシャワールームが使えそうだ」
 シャワールーム……。
 俺は、眩暈を覚えた。

 シャワールーム。
 それも、このラッシュが研究してたものだ。
 今のラグオルには、あちこちにダークファルスの影響が残っている。そのせいで、水も迂闊には使えない。水に溶け込んだ高濃度のラグフォトン(ラグオル独特のフォトンをラッシュはこう呼ぶんだが)を人体が吸収すると、精神障害を起こす可能性があるという。
 それで、浄水装置はあちこちの機関がこぞって研究している。
 ラッシュもそれに参加していた……わけじゃ、ない。
 水が危険だというなら、水を使わないでなんとかならないものか、と考えたらしい。
 それで開発していたのが、水を使わないバスルーム、だった。

 使うのは、フォトン。
 それも気体と液体の中間くらいの粒子を持つ、なんとかいう特殊フォトンで、それで体表を洗う予定だった。
 ナントカフォトンはすぐに気化してしまうから、体を拭く必要がない、服を着たままでもOK、むしろそうすれば衣類を洗う手間もいらない、水よりも粒子が細かいから、複雑な構造のアンドロイドでも体の隅々まで洗え、ナントカフォトンをうまく調整してやれば、生体フォトンの調子を整えることもできるから健康にもいい、とかなんとか。
 実現すれば、特許ものだ。
 が、成功しなかったから、呆れた。
 どう調整しても、人体を洗うにはナントカフォトンの……ナントカ反射が大きすぎて、危険だということだった。
 よく理解できなかったが、これを使えばどうなるかは、見せてもらった。
 2キロの合成肉が、僅か2秒でウェルダン、だ。
 そういえば、それを見せられた時、「入ってみるか?」と言われたっけな……。俺をこんがり焼き上げて、どうしようってんだ、まったく。

 ともかく、人体には強烈すぎるシロモノでも、機械には問題がなかった、ということか。ただ、アンドロイドは関節やバイオチューブ(擬似筋肉みたいなものだ)にかなり弱い素材を使っているから、マンと同じで、こんなものを使えばパアになるだろうが。
 それでも、銃器にだけでも使える以上、資源の無駄にはならなかったわけだ。

 ラッシュはディスケットとディスクケースを拾い上げた。
 先に歩いていくのを、追う。
 そういえば、いつからだろう。
 俺が当たり前のように、ラッシュと話せるようになったのは。
 当たり前のように、共に行動できるようになったのは。
 俺は最初、まともに顔も見られなかった。
 そうだ。
 俺が生まれて初めて、絶対に勝てない、と思い知らされた相手が、こいつだった。

 あの日。
 ラッシュの手の、ディスケットの中、ディスクの中の、あの日。
 俺はまだ二十歳になったばかりで、自分がガキだってことに気付かないほど、ガキだった。
 逃げるため、抗うため、負けないため。
 闇雲に突っ張って過ごしてた。

 リーナを失った、その年だ。

 俺は、自分が生まれた国、それまで暮らしていた場所を捨ててノースユーロに渡り、二ヶ月目くらいだった。
 北米に比べて、ノースユーロは生物汚染がそれほど進んでいなかった。
 今まで戦ってきたクリーチャーに比べれば、ノースユーロのモノなんてのは、ザコだと思っていた。
 俺一人で、請け負い、片付けていた。
 あの日もそうだった。
 ギルドに、内容のわりに額の安い仕事が残っていた。
 ケチな金持ちが、なるべく金を使わずに面倒を片付けようとする、よくあるタイプの仕事だった。
 俺はとにかく名を上げて、自分の実力ってものを世間に認めさせたくて、それを受けた。
 俺一人で受けることにギルドの受付は不安そうな顔をしたが、俺が今までにこなしてきた仕事の経歴を調べさせれば、納得した。
 だが依頼人と会うその日、指定された場所には、他に二人、ハンターズが来ていた。
 そのうちの一人が、ラッシュだった。



→9 years ago...