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 指定されたホテルのロビーで、依頼人はおっさんヒューマーと黒いアンドロイドと一緒に待っていた。
 それを見た瞬間、騙された、と思った。
「まあ、人数は多いほうがいいだろう」
 親切のつもりだとは思ったけど、俺は、俺一人でやればいいと思ったから、引き受けたんだ。
 話が違う、と断るのは簡単だ。けど、それはいかにも子供じみてる。
「べつに俺一人で充分な仕事だったんだけどな」
 今度またこんなことがあったら、その時には引き受けてはやらない。そういう意思が伝わるように、嫌味をきかせて言ってやった。
 依頼人がムッとする。
 そりゃ、二十歳そこそこの「ガキ」にこんな口きかれたんじゃ腹も立つだろうけど、それでも俺は、あんたにできないことを代わりにやってやるんだ。あんたのほうが俺より偉いなんてことはない。
 悔しいなら、あんたが自分で狩りに行けばいいんだ。
「とにかく、頼んだぞ」
 俺じゃなくて、ヒューマーのほうに言う。
 ふん。
 勝手にすればいいけど、依頼を引き受けたのは俺なんだ。いい大人が、ガキの言うことに腹立てて、その態度か。
 どっちがガキだ。

 それにしても、面倒だ。
 一人でやったほうが、楽でいいってのに。
「さて、そろそろ行こうか?」
 なんとかこいつらを追い返す方法はないかと考えていたら、とんでもない声が頭の中に叩きつけられた。
 考えていたことがぶっ飛ぶほどの、インパクトのある声だ。
 おっさんヒューマーも、間抜けな顔で驚いている。俺もあんな顔……はしてない、な。
「どうかしたか?」
 変な声ってわけじゃない。
 喋ってるように聞こえない声、だ。
 それに、見かけも珍しい。
 黒いヒューキャストっていうと、赤のアクセントのヤツしか見たことなかったけど、こいつは青だ。目が緑。
「おめえ、いい声してんなぁ。量産型じゃねえのか、やっぱ。見ねえ色してるしなぁ」
 ひどい南部訛りで、おっさんヒューマーが呟いた。
「だから歌ってくれ、と言われても、それは困るがね」
「はははは。まあ、いいやな。行くとするかぁ。ほら、行くぜ」
 あんたに仕切られる覚えはない。
 俺を小僧だと思ってナメてるんだろうけど、そんなものは、すぐに間違いだって見せてやる。
 俺は、あんたみたいな引退寸前のヒューマーなんかよりは、よっぽど戦える。
 今だけだ。
 今だけ、偉そうにしてればいいさ。

 依頼内容は、依頼人の別荘がある山岳地帯に現れたクリーチャーを一匹残らず狩る、というもの。
 衛星レーダーでは、5匹が確認されている。
 うち2匹は一緒に行動してるらしい。
 山に登るのにもうヒーヒー言ってるようなおっさんが、なんの役に立つっていうのか。
 さすがにヒューキャストは平然としている。
 けど……親切ぶっておっさんに手なんか貸して、どうせ腹の中じゃ邪魔だと思ってんだろう。
 ほっときゃいいんだ。
 疲れていちゃ満足に戦えない。
 これまでに2匹片付けたけど、どっちも、おっさんは大して役に立ってなかった。
 そんなおっさん、連れて行くより置き去りにしたほうが、本人のためだろう。
 だいたいおっさんもおっさんだ。自分が足手まといだってことに気付いてないのか。へらへら笑って。

「ん? また一匹、来たな」
 岩場を登りきったところで、ヒューキャストが言った。
 空を見上げる。
 たしかに、大型のバーディアンだ。
 何がどう狂ってああなったのかなんて知らないけど、嘴が腹の真ん中まで広がったような、バケモノ鳥。れっきとした嘴部分は金属みたいなもので、こいつで獲物を突き殺すのが、このクリーチャーの行動パターンだ。
 けど、ぎりぎりまで引き付ければ、ショットで一発、それで終わる。
 至近距離から撃てば、同時に発射される5発全部が一匹に命中する。
 致命傷だ。
 どんなデカブツも、たいていこれで動けなくなる。
 バーディアン程度、バラバラだ。
 引き付けすぎると、トリガーを引く前にこっちが一撃食らうことになるけど、そのへんの見極めは、もう慣れてる。
 ショットの射程範囲も、拡散角度も、貫通力も、把握してる。
 あと少しだ。
 あと少し、こっちに来い。
 そうすれば、ミンチにしてやれる。

 バーディアンは地面すれすれに舞い降りて、真っ直ぐにこっちに突っ込んでくる。
「おおりゃーっ!」
 !?
 あと少し、って時に、おっさんが脇から、バーディアンに切りかかった。
 俺は慌ててトリガーから指をどける。
 おっさんの一撃はなんの効果もない。突進の勢いと翼に弾かれて、おっさんが吹っ飛ばされる。
 バーディアンはそのまま俺に向かって滑空してくる。
 間に合わない……。
 あんな嘴を真っ向から食らったら、腹がなくなる。
 まさか………………。

 頭の中が真っ白になった。
 途端、横から何かが俺を突き飛ばした。
 いや、突き飛ばしたんじゃない。
 俺は、ヒューキャストに抱えられていた。
 荷物みたいに、脇に抱えられていた。
 バーディアンは大きく旋回して、また俺たちを見つける。
 俺を地面の上に置いて、ヒューキャストが青い爪を構える。
 バカかこいつ。
 そんなもので、あの勢いで突進してくるバーディアンに、どんなダメージをやれるって。あれを止められるのは、ショットくらいのパワーがある武器だけだ。いくらヒューキャストだって、剣や、ましてやそんな爪で、何ができるっていうのか。

 どいつもこいつも、俺の邪魔しかしない。
 だから一人でいいんだ。
 使えない奴と組むほうが、一人でやるよりよっぽど危険なんだ。
「どけよ!」
「手が震えていて、狙いが定められるのか?」
 言われて、俺は自分の腕が激しく震えてることに気付いた。
 なんで……?
「まあ、まかせておけ」
「けどおまえな!」
 そんなもんで、何ができるって。
「まかせておけ」
 さっきとまったく同じ調子で「まかせておけ」。
 なんだ、こいつ。どっかおかしいのか? コピーして再生したみたいに。

 バーディアンが二度目の突進を仕掛けてくる。
 上空から墜落するような勢いで地面すれすれに突っ込んできて、地面と平行に方向をかえる。
 倒れてるおっさんや膝をついてる俺になんか目もくれず、ヒューキャスト目掛けて一直線に。
 大破、だ。
 大破するに決まってる。
 なんとかしないと。
 けど……この手じゃ……もし手を滑らせたら、弾が、あいつに当たる……。

 ぶつかる、という瞬間、ヒューキャストが飛んだ。
 いや。
 飛んだ、ってほど飛んでもいない。
 前に翳した爪を軸に空中で半回転し、バーディアンの上を越えた。
 ものすごいスピードで突っ込んできたバーディアンが彼方に飛び抜けた時、ヒューキャストの体はまだ宙にあって、それからゆっくり、スローモーションみたいに地面に下りた。
 獲物を逃したバーディアンが、再び空へと進路をかえる。

 その途端、縦三つにバラバラになった。



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