邂 逅

「あんた、また一人かい」
 いつものポートで、清掃係の老人にそう言われた。
 なにも、好きで一人でいるわけじゃない。
 俺にかけられた変な制限と、それを可能なかぎり守ってやろうとする俺自身の変なこだわりのせいで、相棒がなかなか見つからないだけだ。

 俺はヒューキャスト。名はアズール。
 求めている相棒はいつも一人。
 しかも、フォースお断り。
 更に言えば、俺はハンターズになって半年、いや、生まれて半年のヒヨッコ。
 そんな俺と封鎖領域に入ってくれる相棒なんか、そうそういるはずもなかった。

 と言っても、ハンターズでなければ分からないかもしれない。
 要するに。
 なにも好きこのんで、アンドロイド二人で封鎖領域に入るなんて危険をおかすことはない。
 マンのハンターやレンジャーにしてみれば、自分の心許ないテクニックだけで、新米ヒューキャストを相棒にして、自分の身を守れるかどうかが分からない。
 つまり、俺と組んで行くというのは、危険極まりない無謀な行動、ということだ。
 多少智恵があって自分の力量というものを心得たハンターズなら、当然の考え方だ。

 フォースを断るのには理由があった。
 いろいろと複雑な事情もあるがそれは別にして、一般的な理屈で理解できるれっきとした理由がある。
 俺は、たった半年でここまで来た。技術や知識の面で相応のものがあればこそだろうが、俺の感覚は、半年分の経験しか身に付けていない。
 だから俺は、自分の限界、自分の力量というものを、まだ把握しきれていない。
 強烈な補助テクニックなどかけられては、分からなくなってしまう。どこまでが俺自身の力で、どこからがテクニックの力なのか。
 それでは、テクニックの効果が途切れた時、あるいはそれだけの補助効果を得られない時、確実に我が身を危うくするだろう。

 テクニックではなかったが、叔父貴が一度、以前自分が使っていたというキャリバーを貸してくれたことがある。それは俺でもなんとか持つことができたし、よほどフォトン刃の出来がいいのか、凄まじい切れ味だった。叔父貴は、親父たちが俺につけた条件を厳しすぎると思っているようで、
「これを持っていても不思議でなくなるか、あるいは譲渡禁止の条件が消えたら、あげますからね」
 と言ってくれた。
 その時は良かったし、俺も感謝した。戦うのは楽で、すなわち充分に注意していれば安全でもあり、面白いようにエネミーを倒せた。
 問題は、その後だ。親父たちにこれがバレたら説教されるのは分かりきっているから、普段は今までどおり、自分で手に入れたものにしようと思って、ブレイカーを持った。倒せるはずの敵が倒せず、思いがけない反撃を受けた。
 俺は叔父貴にわけを話して、以来、そういう楽はしたことがない。

 だから俺は一人で出かける。
 それも頻繁に。
 無理をして長い時間いるよりは、完全に集中して戦える時間だけいて、無理せずに引き上げる。それを繰り返したほうがいいと思うからだ。
 そうして毎日一人でのこのこ来ていれば、おかしな奴だと覚えられてしまうのも無理はない。
 ただ、清掃係の老人の言葉には、明らかに憐れみのような呆れのような気配があった。たぶん、俺には相棒も仲間も―――簡単に言えば、友達がいない、と思っているのだろう。

 実は、間違いじゃない。
 俺が親しくしているのは、親父たちを除けば叔父貴とユーサムというレイキャストくらいで、他にはほとんど知り合いもいない。
 重危険区域まではユーサムにサポートしてもらったし、それ以後は組んでくれる奴がいないのだから、仕方がない。
 戦闘用に作られる生粋のヒューキャストなんてものは、ハンターズ以外に知り合いを作るのも難しい。
 だが、本音を言えば、一人でいるのは好きでなくても、そう嫌いでもなかった。
 一人で好きなことをしているのは嫌いじゃない。友達というものをあえて作ろうと思うこともない。ただ、いらないとは思っていないだけだ。
 今は、一人で誰のことを気にするでもなく、好きなように戦う……行動するのは、心地好かった。

 むしろ、人といると疲れる、といったほうがいい。
 大概の奴は俺を、「マスター・ラッシュご謹製の高性能」だと思い込んでいる。そういう手合いと話すとなると、遠まわしな皮肉や妬み、あてこすり、あるいは卑屈さに付き合うハメになる。
 それに、できたことはできて当たり前、できないことはさも意外なように反応されるのは、正直なところ腹が立った。
 なにより、俺が苦労して身につけてきたこと、手に入れたものを(たとえそれが、人よりは短い時間であれど、だ)、最初から与えられていたように言われるのは、たまったものじゃなかった。

 今の俺が誰かといれば、まず間違いなく、人間不信になる気がした。
 そんなくらいなら、一人でいたほうがいい。
 理解してくれるパートナーがいればいいとは思うし、そうすれば戦い方にも幅が出るだろうとは思うが、ユーサムのような相棒は、さすがにそうはいなかった。
 だから、今は一人。
 そして、俺一人でどこまで行けるか戦えるか、ということだ。

 ようやく封鎖領域のエネミーにも慣れてきた。奴等の行動のスピードや癖も把握した。後はそれに充分対応できるように、自分の体を鍛えるしかない。
 まだキャリバーは存分には使いこなせない。振り遅れる。封鎖領域のエネミーは瞬発力があるから、威力よりはスピードだ。だが頑強な皮膚や甲殻を備えているため、ある程度の威力もないと話にならない。
 今の俺は、ひたすら手数に頼るしかなかった。我ながら地味で神経質な戦い方だとは思うが、一点集中で同じ箇所を狙い、外皮を破ってダメージを与えていく。
 せめて銃が使えれば、傷口に特殊効果のある弾を撃ちこむといったこともできるのかもしれないが(俺にそれだけの腕があればの話だが)、まだ禁止令は解除されていない。
 いくらなんでも、効くかどうかも危うい特殊効果を、接近戦で仕掛ける気はない。それをするには、俺の装甲は脆すぎる。

 要するに、俺の持っている武具と体では、まだ封鎖領域は早すぎる、ということなんだろう。
 それは分かっていた。
 だがどうしても、自分が挑める最上のものに挑みたいと思ってしまう。
 現に今ここで、同じ箇所だけを狙って攻撃し続ける、といった戦い方をしていることは、もし不意打ちで予想外に頑強なエネミーに出くわし、退避もままならないような時には役に立つ。こういう戦い方に慣れていなければ、普通に攻撃しても通じず、ただ狼狽するしかなくなるだろう。
 最悪の状況に慣れてしまえば、あとはどうとでもなる。俺が苛酷な条件を守り続け、親父たちに解除を頼まないのも、そのせいだ。
 本当にもうどうしようもない、このままではまずいと思うまで、どこまで行けるか行ってみてやろう。そんな気がしていた。

 


 昼を回った頃から、いくらか空が暗くなってきた。
 雨が降りそうな気配だが、濡れてどうなるという体でもない。
 俺が足を止めて考えているのは、目の前に、まだ使ったことのないテレポーターがあるためだった。
 これを使うと何処へ出るのだろう。そう遠くに転送されることはないが、一口に「森」といっても、相当な広さがある。中にはパイオニア1が座標設定したままの転送機もあり、行ったはいいが帰れなくなってSOSを出した連中もいたらしい。
 このテレポーターが普通に使えることは、確認できた。ギルドの公開データを見るかぎり、エネミーの生態系に大きな差はないらしいが、ヒルデルト―――ヒルデベアの変異種がいるらしい。俺はまだ、そいつには会ったことがない。
 歴戦の先輩たちがとうに進んだ場所で、ヒルデルトのデータもある。だが俺には、A3ランクと言われてもピンとこない。今まで戦ったことのあるエネミーのランクから、A3を正確に推測することができないのだ。

 普通なら、既にヒルデルトと戦ったことのある相棒を見つけて、一緒に来てもらうことになるのだろう。
 その手段は俺には面倒だし、気が進まなかった。もしユーサムがずっと現役、最前線にいて、封鎖領域のライセンスも持っていたのであれば、迷わず頼んだだろうが……。
 親父? 親父は引退して科学者なんて暇潰しをしているし、親父は俺の面倒なんて見てくれない。第一、昨日から一週間ほど、新開拓地区のエネミー殲滅に出かけている。
 叔父貴という手もあるが……あの叔父貴は、どうも新米のサポートには向いていない。なにせ、細かいことなんか何一つ考えなくても戦っていけるだけのパワーと頑丈さがある。そのせいで、戦術とかいったことにはとんと疎い。来てくれと頼めば機嫌良く来てくれるだろうが、してくれることはと言えば、俺の代わりにヒルデルトを一刀両断すること、になりそうだ。それでは意味がない。

 俺は少し考えて、決めた。
 ヒルデルトには会わない可能性もある。もし会ったなら、一戦交えてみればいい。それでとても倒せないようならば、撤退すればいい。そいつを倒すという依頼で動いているわけでもない。
 俺は思い切って、転送端末を作動させた。

 出たところは、雲の濃い空の下で、小高い丘と草原、林が入り混じったような場所だった。
 ところどころに街灯らしいものが立っているのだから、ここも整備し、なんらかの施設にするつもりはあったのだろう。
 お出迎えのバーブルをなんとか片付け、手近なゲートをくぐる。こまごまとしたエネミーを片付けながら進んでいくと、木々が密集した地区に出た。
 セントラルドームの裏手、ダークファルスの覚醒衝撃波をまともにくらった一帯は、根こそぎ木々が倒れていた。
 その下敷きになり、また上に乗り、粉々に大破している人工物が一つ見つかった。中型の飛空機体だ。なにかを輸送している途中で爆発に巻き込まれたのだろう。周囲にコンテナが四散していた。
 期待を覚える。
 パイオニア1に積み込まれたのは、極限られたスペシャリストたちと、膨大な物資、そして武器弾薬。パイオニア2とは質・量ともにレベルが違う。

 しかし、これを親父は「盗掘と同じだ」と言った。ラグオル・クライシス時には黙認されていたし、そうしないことにはまともに探索もできなかったが、これらは本来、相応の機関に届けるべき品々だ。ハンターズはそれを勝手に私物化し、売買している。
 貴重品目当てで、遺跡など、激戦のあった地区へ行く者も珍しくない。ハンターはハンターでもトレジャーハンター、しかも法の存在など気にもかけないのでは、まさしく盗掘だ。コソコソしていないだけタチがいいのか悪いのか。
 俺も、人のことは言えないが。

 今はダークファルス討伐の功績が大きく、ハンターズは英雄のように思われているが、間もなくかつてのように、ならず者の寄せ集めだと云われるになるだろう。親父はそう言いきった。
 この間初めて聞いたが、少し前までは、極一部のハンターズだけが別格で敬愛されていただけで、他のハンターズは全て、「ハンターズにしかなれなかった無頼者」でしかなかったらしい。
 欠陥があるから社会で普通に働くことができず、やましいところがあるから身分が定かではなく、やむを得ずハンターズになるしかなかったにしても、武器を所持しテクニックを使う、なにをしでかすか分からない連中―――。

 もっともなことだと、思わざるをえないこともある。
 養成所でコーチをしているユーサムは、近頃の候補生の、ハンターズになる理由に困惑することもある、と言っていた。他に働く道も身を立てる道もあるのに、かっこいいからとか、稼ぎがいいからという理由で飛び込んでくる。それを悪いとは言わないが、都合の良い面だけしか見ていないと苦笑していた。
 また、いくらか場数を踏んだハンターズでも、扱えもしない武器を拾って私物にし、使おうとしたはいいが、それで味方を負傷させたという事故も何件か聞いている。
 それを大義名分に、本格的な監督と処罰が検討されているらしい。IOH(ハンターズ監査機構)の仕事がまた一つ増えるのも、そう遠くはないだろう。

 俺は、どうすべきかなんてことは考えないようにしている。
 親父のように発言力があればともかく、そうでないのにあれこれ考えたところで、愚痴か文句にしかならない。
 決まったことに従うまでだ。
 だが親父も、するなとは言わなかった。稼ぐなら今の内だ、と言っただけだ。
 だから今しばらくは、盗掘と同じだということは肝に命じて、もう少し利用させてもらわなければ損だろう。

 覗いてみたコンテナの中には、大量生産されたレイガンが何丁かあっただけだった。一つはドラムが粉々になっていて使い物にならない。もう一つは銃身が大きく歪んでいる。他の物はバラバラで、元は何丁あったのかも定かじゃない。
 俺が使うことはなくても、多少の破損なら親父が修理してくれる。それを売って金に替えることは許されていて、それが俺の小遣いになる。もちろん、相場よりはるかに安いとは言え、親父に修理費は払わなければならないから……、こんな物では割に合わない。
 幸いなのは、人の死体がついていなかったことか。無人の輸送機だったのだろう。中には有人のものがあり、腐りはてたマンの死体にご対面することもある。あれは、気分が悪い。

 このあたりも、とうに荒らされた後らしいと見切りをつけて、俺は少しずつ移動した。
 一度トーロウの大群にかち合って焦ったが、勝てない相手からは逃げるに限る。格好悪いと言うなら、自分の力量もわきまえないほうがよほどそうだ。……というのは、我ながら言い訳めいているか。
 逃げ切って一息つき、親父たちのようになるにはどれくらいかかるのかと思うと気が遠くなって、もう考えるのはやめた。

 

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