輪 廻 〜大河〜

      1

 

 長く生きていれば、経験する出来事もそれだけ多くなり、出会う人の数も増える。
 それは、十年が稼動限界と言われているハンターズ=アンドロイドでも同じことだ。
 ユーサムは、最近知り合ったばかりの「若いの」を待っていた。
 待ちながら、彼のトレーニングに付き合うのはこれでまだ三度目だが、それでもつくづくと、「面白い奴だ」と思わずにはいられなかった。
 九年の間第一線でハンターズとして生き、入れ替わりの激しいハンターズたちの中で過ごしてきたユーサムの知人の数は、相当なものである。その中には変わり者も少なくないが、それにしても今待っている彼は、変わり者だった。

 変わり者と言っても、性格や行動が奇抜なわけではない。これまでの二度を思い出して、ユーサムは人の目には感知されないほど小さく頷いた。
 性格は、ヒューキャストらしく好戦的で、へりくだったりすることがない。それでいて(おそらくだが)最高級のオーダーメイドらしく、感情コードの分岐範囲は広範……マン風に言うならば、感情が豊かである。
 行動そのものは、それなりに常識と良識をわきまえて理にかない、突拍子もないということはない。
 その「若いの」の変わり者たる所以は、一つには彼の出自にあり、もう一つには、彼が自ら守ることを引き受けた様々な制約―――無茶とも言えるその制約を守ってやろうとする、少し見当違いな真面目さ、あるいは律儀さ、それとも意地にあった。

 ユーサムが聞いているだけでも、彼には様々な制約がある。
 アンドロイド一人としか組むなとか、銃器・投刃といった飛び道具は使うな、武具類は全て自前で揃えて代理購入もしてもらうな、人から譲ってもらうな、マテリアルは使うな、ハンターズランクを上げるためのテストは一人で受けろ―――と、昨今ハンターズになったマンの青年ならば、冗談じゃないと家出しそうな条件を、彼は父親からつけられている。
 ユーサムが聞いても、これは少し厳しすぎやしないかと思ったほどである。
 最前線で戦うヒューキャストなのに、テクニックの援護も受けられず、強力な武具も身に着けられない。その上銃器もないから、距離を離してなんとか倒す、ということもできない。
(名馬の仔が名馬とは限らんだろうにな)
 とユーサムはまた思った。丁度その、サラブレッド中のサラブレッドと言える彼の姿が、ギルドの入り口に見えたところだった。

 平均的なヒューキャストよりもやや背は高いが、体は細い。濃紺のボディに、バードタイプの頭。胸元には、ブルーフルのライセンスプレートが埋め込まれている。
 あえて「青」を自分のカラーとして選んだ父親だから、息子を作る時も、規格範囲内でできるだけ青にこだわったのかもしれない。
「ユーさん、早いな。まだ十分あると思うけど?」
 父親ほど独特の声ではないが、通りも歯切れもいい声だ。ざわめきの中でも真っ直ぐ届いてくる。
「なに、用事が少し早く終わってな。中途半端な時間だったから、ここで待つことにしただけだ。おまえさんの遅刻じゃあない」
 大股に足を速めて近付いてきた彼を、ユーサムは軽く手を上げて制した。

 彼は、父親ほどクセの強い性格はしていない。どちらかといえば、ヒューキャストには珍しい好青年タイプである。トレーニングの後見を頼んでおきながら、相手より遅く到着するのは申し訳ないと思うなど、並のヒューキャストにはもてない発想だ。
 それでいて、構わない、と言われればいつまでもこだわらないところも、ユーサムは気に入っていた。そのあたりの切り替えや、目的意識の強さはいかにもヒューキャストらしい。もうさっそく、今日のプランを話し始めている。
 実際、末恐ろしい、とは思った。
 父親が自分の持てる知識と技術を総動員して作った愛息であるから、身体的なポテンシャルの高さもさることながら、思考能力は異様なものがある。まさに父親譲りといった意識の高さを、生まれてたった半月で持っている。
 自分の力量、向かう先の危険度、万一の時の退路、全て、今更ユーサムが修正する必要もないほどにまとまっていた。
 それでいてこじんまりともならず、
「もし行けそうなら、少し先まで行ってみたい。いいか?」
 適度な無茶をして自分の限界を試すことを恐れてもいないのだ。
 これもまた、もう一人の父親譲りなのだろうと、ユーサムは内心で苦笑した。

 そう、彼には父親が二人いる。
 最早アンドロイドとも言えない万能性を持つ元ヒューキャストと。
 戦闘に関する能力と成績を問えば目下最強と言われるのではないかというヒューキャスト。
 この二人の基礎データをミックスして作ったのが、このアズールの基礎データだと聞いている。
 万事順調に育てば、一方の父親の知能と技術力を持ちつつ、もう一方の父親の戦闘能力を持つ、といったとんだことになりかねない。
(そうなったら、ワシなぞ出る幕もなくなるな。……もっとも、その頃にはさすがに、ワシもおらんだろうが)
 ふと、少しずつ迫ってくる「時」を思い、ユーサムはいくらか暗い気分になった。

「ユーさん、まずいか?」
 問われて我に返り、ショートメモリーから会話の記録を読み出す。聞き漏らしていたことはないようだ。また、問題があるとも思えない。
「いいだろう。だが、そこまでの結果いかんでは、先には進ませんぞ」
「分かってる。じゃあ、行こうか」
 時は移る。
 世代は変わる。
 全てのものが、いつかは滅びる。
(生者必滅、といったか)
 ユーサムは最近凝っている古典の一節を思い出し、それを振り切るように、少し先で訝って立ち止まっているアズールの後を追った。


      2

 

 出来上がって間もない体にしては、動きはずいぶんといいほうだと、とユーサムは見ている。だが、まだまだ、戦闘時における精神的な余裕がないのか、背後にまで注意がいかない。注意しなければならないことは分かっていても、正面と左右の敵をさばくのが精一杯で、後方については感知していても意識されないのだ。
 新米にはよくあることで、ユーサムは彼の背後に迫っているブーマ目掛けて、レイガンを撃った。分厚い毛皮と皮下脂肪に守られた原生生物も、肩のあたりは脆い。そこに食い込んだアレスト弾は、確実にブーマの動きを鈍らせた。振り上げた腕も重たげに下ろされて、崩れ落ちていく。
「助かった、ユーさん」
 射撃音で背後にも意識が向いたのだろう。アズールの声と共に、セイバーの切っ先が倒れたブーマの首筋を突いた。

「まだまだだな」
 広場にエネミー反応がなくなると、アズールは自分の手を見て呟いた。
 冗談じゃない、とユーサムは思う。
「おいおい。おまえさんはハンターズになって半月だろう。それでこれなら、充分すぎるほどだ。ワシが言わねばならんことなど、なにもない」
 そう言うと、
「まあ、それはな」
 とアズールは肯定した。とんだ思い上がりか―――というと、そうではない。事実アズールは、戦闘に関する知識だけならば、今の時点でほとんど全てのデータを持っているのである。厳しい制限を設けた父親が、唯一優遇してやったのがこれだ。ある意味、これだけの知識を与えたのだから他の面ではあえて厳しくした、とも言えるのかもしれない。
 今更ユーサムが言って聞かせねばならないような知識はない。問題は、分かっているからといって的確に用いられるわけではない、ということなのだ。
「持ってるだけで使えないなんて、持ってないよりわけが悪い」
 とアズール自身が言う。ユーサムは、
「だから、ワシがいるんだ」
 と少し高いところにある肩を叩いた。

 素晴らしい可能性を秘めてはいるが、今のアズールはまだ生まれて半月。戦うことを前提に作られるハンターズ=アンドロイドでも、今はこれほど早く戦いに出たりはしない。戦闘に関する基礎知識や技術はプログラムされていても、自分の体をコントロールしきれないためだ。
 非常事態でもないのに、それを無視して出てきてしまっているのは、さすがに無茶だとユーサムも考えている。
 バランスやスピードを重視する気なのか、装甲は薄い。強靭な材質を使ってはいるが、決して重量級のヒューキャストのようではない。マンの筋肉にあたるバイオチューブも、また頼りない。完成はしていても、まだ完全にものになってはいないし、鍛えられていない体だということだ。
 装甲には自信のないユーサムよりも、まだわけが悪いかもしれなかった。これではいかに警戒区域の、さほどダークファルスの影響を受けていない生物とはいえ、真っ向から攻撃をくらえば致命傷もありうる。

 今はVRシステムという素晴らしいトレーニング装置もあるのだから、実戦に出るのは数ヶ月してからにする、というハンターズも珍しくはなくなった。それをアズールは、
「VRに慣れたくないんだよ。現実にいるのにVRにいる感覚で、油断するほうがよっぽど恐ろしい」
 と言って退けた。もっともではあるが、だからといっていきなりの実戦は無謀だ。
 だが、言って聞く相手とも思えない。自分の戦闘について頑固なまでのポリシーがあるところは、二人目の父親そっくりなのである。

 なにもかもを自分の指示どおりにさせては、自分のコピーができあがってしまう。ユーサムは、それは面白くないと思っていた。だから、自分ならばこうするが、ということも、あえて言わないでおくことも多い。
 今は、アズールが道を間違えないようにだけ気をつけてやり、そうでないかぎり、道は好きなように選ばせてやればいい。
 そのために、自分がいるのだ。なにせアズールがユーサムを最初のコーチに選んだのは、父親たちの助言だと言う。見込まれてもいるということである。
 やり甲斐は、充分すぎるほどにある。

 思考力、理解力に優れたAIは、一度教えたことを実戦に用いるのもスムーズだ。吸収は驚くほど早かった。
 こうなると、教えることそのものが面白くなってくる。教えたことをどんどんものにしていかれると、楽しくてならなくなってくるのだ。
 ユーサムが教えるのはもっぱら自分の体験や、具体的な対処方法ばかりだったが、一度目に教えたことを二度目に、二度目に教えたことを今日、完璧にこなしているのを見れば、いったいどこまで育つのか、心が躍った。
 だが同時に、新しく生まれてくる者がいれば去る者がいる道理に、軽く心を圧されもした。
 最前線から退くことを決めた時に覚悟はしたはずが、割り切れるものではないらしい。長く生きて多様な感覚を身に付けた者が、同時に背負わなければならない苦痛だった。

「どうした、ユーさん。俺より早く疲れるなんてないよな?」
 父親譲りの、少しからかうように語尾を上げる癖。変なところが似ているものだとおかしくなって、ユーサムは気分を切り替えた。今、自分の油断はアズールの生死にも関わる。若い彼を、自分より先に潰してしまうわけにはいかない。
「少し考え事だ。それより、おまえさんは平気なのか」
「腕が痛い」
「それなら、少し休もうか」
「が、いつもベストコンディションで戦えるとも限らないだろう。もう少しやってみるよ」
「そうか」
 それならば、もしもの時に彼を救えるよう、自分が最大限に注意しなければならない。ユーサムは憂鬱な思考をAIの底に封印した。


      3

 

 切る。身を翻す。そしてその動きの内に、また切る。
 ユーサムはアズールの二人の父親、ラッシュともタイラントとも組んだことがある。三人ともノースユーロを拠点に活動していたため、こと難度の高い依頼となれば、同時に指名されることも少なくなかった。
 そうして何度か目にしてきたラッシュと、アズールはよく似た戦い方をする。無駄のない、一つの動きで複数の結果を生み出すような動き方だ。
 避けたことがそのまま攻撃になり、攻撃がそのまま回避になり、また次の位置取りにもなる。ラッシュのそれはとても余人の真似できるものとは思えないものだった。アズールの動きは、あくまでもまだ計算、意図的なものというところがある。

「欲張りすぎるのはいかんぞ。理想が高いのはいいことだが、一足飛びには辿り着けんものだ」
 一段落した時、そう注意を促すと、アズールは、マンが大きく息をついた時のように肩を少し下げた。そうは言われても、やってみたい、ということだろう。
「まあ、親父さんを目指すのはいいが、タイラントでも八年、ラッシュ殿にいたっては、二十年近く一線で活動していたという話だ。いくらおまえさんが優秀でも、おいそれと到達はできんぞ」
「二十年!? 普通死んでるんじゃないのか?」
 どうやら初耳だったらしい。ユーサムは、自分もそう聞いたことがあるだけだ、と答えた。
 ただ、あえて教えようとは思わないが、一つ不可解なこともある。二十年は活動している、という一方で、時々大きな空白の時間もあるのは確かだ。ユーサムがハンターズになってからの二年は、まるで名前も聞かなかった。同じノースユーロにいても、だ。

 しかしそんなことは、言うべきだと思えばラッシュ自身が言うだろう。
「まあ、それだけ特別だということだ」
 とユーサムは話を打ち切った。レーダーに、やや大きな群れの反応が見つかったせいもある。
 エネミーを倒すことよりも援護を専門とするユーサムは、レーダーだけはかなり高価で性能のいいものを使っている。そのため、誰よりも先に、確実に状況を把握できるのだ。
「アズール。来るぞ。十二……三体だ。先行しているヤツから潰さんと、二人ではさばききれんようになる」
「くそ。なんとかなるかな」
「ワシも精一杯やってみるさ」
 パワーの低いアズールは、まだソードやパルチザンを扱うことができなかった。持つことはできるし使えもするが、彼自身が納得できるような動かし方ができないのだ。
 セイバーと、ダガー。
 群れを切り崩し、一体ずつ攻撃範囲におびき寄せ、他のものからは距離をとりつつ、立ち回るしかない。

 淡い緑のフォトンが翻る。できるかぎり無駄な動きをせずに立ち回る、という姿勢は、こういう不利な状況でものを言う。だがアズールは、まだそれを自分のものにしたわけではない。
 それでいながら、そうするほうがいいことは分かるだけに、ユーサムの負担は莫大でもあった。どうしても気が回らない部分が大きくなるので、それを全て補ってやらなければならないのだ。
 やめさせることはできるが、今が、自分にとっても彼にとっても、正念場なのだという気がして戦闘に意識を集中した。
 しのぎきれれば、ユーサムにとって、久々に達成感のある内容になるだろう。そしてまたアズールにとっても、自分の力と到らなさをはかる機会にもなるだろう。撤退せざるを得なくなれば、それぞれの限界というものを知ることができる。
 右に回り込もうとするのを撃ったその反動を殺しつつ、28度左に。アズールをまたいで、連続射撃で左の二体を止める。正面からでは麻痺もさせづらいが、動きを少し止めてやれば、射撃の音とエネミーの反応を見て、アズールはそれに応じた動きをしようとする。あまり大きく立ち回らないのは、ユーサムの援護を考えてだろう。
 ある程度の腕がある、いざという時にも自分でなんとかする力のある者と組むのとは違う、ぎりぎりの緊張感だ。
 養成所では、これほど苛酷な条件はない。
 関節が熱くなるのをユーサムは感じ、久しく忘れていた興奮を覚えた。

 

→NEXT