中枢神経の束が通る脊髄の末端に、緊急用のインターフェイスがある。
 複數の装甲で保護されたそこは、中枢神経に直結するだけあって、他のどこに比べても痛点が多く過敏だ。
 このインターフェイスは大容量のデータ転送が必要な緊急時、瀕死の体からコアメモリを外部に移すとか、そういったときにしか使われない。
 全神経、全回路につながる神経束だから、もしここに高圧電流でも流せば一瞬で相手を殺すことができるし、断ち切られればショック死もありうる。
 そんな場所に、いったいなにをする気なのか。
 聞くまでもない。今まで胸部、頸部でかわしてきた電流交換を、ここで……。

 メガトロン様の指がコツコツとアーマーを叩く。その振動ですら背筋を駆け上がって、―――怖い。
 そんなふうに思ったことは、生まれて一度もないはずなのに、怖くてどうしようもない。戦闘中に破損したときには、堪え難い激痛こそあったものの、こんなふうには思わなかったのに。
 それなのに今はただ怖くて、それなのに、メガトロン様の指がゆっくりと外部装甲を撫でると、怖いくせに触れられたくなって……弱い刺激が物足りないようで……わけが分からない。
 本当にここでするのか。そう思ってメガトロン様を見上げると、額のパーツを軽く噛まれた。そして、
「大丈夫だ。無理なことはしない。おまえをもう少し深く……私のものにしたいだけだ」
 耳元で囁かれると、致命の一撃だった。

 そんなふうに言われたら、逆らえなくなる。
 怖いのは少しも変わらないが、どうにか信号を送ってアーマーを解除する。パーツ一つ外れただけで、普段と違う感覚になっただけで、不安と恐れが増大する。
 俺はそうすれば少しは気が紛れるみたいに、メガトロン様の肩にしがみついていた。
「いい子だ。ほら、シャッターを開け」
「ハ……は、い……」
「大丈夫だ。怖いことはない。いつもどおり、……いつも以上に、気持良くしてやる」
「……っ……は・ぃ……」
 悪戯げに笑う声がして、いろんな思考と感情が一気に駆け巡り、視界がくらりとが大きく揺れた。
「少しその気になったな」
「ッ……、そ、そんな、こと……」
「そうか? その割に、少し浮いてるんだがな」
 胸部外装の下へ細いものが滑りこむ。そんなつもりはなかったのに、まるでこうしてほしいように、勝手に浮き上がって。
 それから首元と首元。
「いきなりそこは使わん。先に少し、いつもどおりに、な」
 なんの抵抗もなく融接されたケーブルから、メガトロン様の信号と電流が流れこんできた。

 俺は体中が火花を散らしたようになって、自分の体を支えている腕にも力が入らなくなった。メガトロン様に抱えられて、どうにか肩に掴まり直す。
 体の中がそこら中、撫でられているような、引っかかれているような、むず痒くてどうにもならない感覚に覆われる。そこを少し強い電流が流れ、かき乱していく。
 強弱と、緩急をつけて送り込まれる電流に、俺は全身が快感の塊になったようで、もうどうにもならない。加熱したパーツを冷やすためラジエーターがフル稼働する。体表がうっすらと露に覆われて、集まった水分が流れ落ちていく、その感触にすら、おかしくなりそうだ。
 感覚は肥大して、外側を撫でられる感触も、それだけでもどかしいような刺激に変わる。
 俺は自分の声が耳に届くたび、抑えようとするが、成功しているのか、それとも聴覚がおかしくなって聞こえていないだけか……。

「相変わらず感じやすいな。やはり、それだけ受容可能量が低いということか……」
 メガトロン様の音声も、エフェクトがかかったように少し朧だ。
 それにしても、受容可能……? 俺が、感じやすい? 普通は、こんなふうにならないのか? 普通……。メガトロン様。誰と(誰"たち"と)比べてるんですか……? 俺よりずっと長く生きていれば、関係のあった人も、当然(いろいろ)いるだろうけど……。
「む……っ、な、なんだ。なぜ怒った?」
 俺にはもうセルフコントロールはできない。抑制すら困難で、ほとんどすべての信号がメガトロン様に流れてしまう。俺が感じたものも、そのままに。俺自身には「怒った」自覚はなかったが、このモヤモヤした感覚が、そうらしい。
 そう分かると、ますますモヤモヤが強くなった。
「ああ、すまん。妬いてくれるのは嬉しいが、そう怒るな。痛いぞ」
 妬く? ……よく分からないが、そうなのかもしれない。
「今はおまえだけだ。他に誰もいない。そんな相手がいたのなど、軍幹部になる前の……もう10万年以上前の話だ」
 メガトロン様の、言い訳。
 この人に「言い訳」なんてものをさせるのが、なぜか少しだけ……嬉しい、のか?

「ほら、機嫌を直せ」
 メガトロン様は傍らのケースに手を伸ばし、そこからアイスキューブを取り出して口に流し込んだ。その口を俺に近づける。俺は上を向いて口を開き、メガトロン様のくれるものを受け取った。まだ半分凍ったまま落ちてくる水が、俺の熱でほとんど瞬間的に溶けて、喉に流れ込んでいく。
 水分が補給されると、急に体表へ送り出される水の量が増えた。
「ん……っ、ふ……」
 あちこちで水滴が滑り落ちていく微細な感覚に、思考は全部掻き消される。
 冷却されて抵抗が小さくなった分、回路を走る電流の寄越すものも明確になって、外側からの刺激と重なり、知覚するものすべてが刺激、原子がざわめいて縮まるような、快楽にに変わってしまう。
 もう、なにをされても、どんな感触も全部……。
 記憶が飛び始める。ブラックアウトとホワイトアウト、覚醒を間断なく繰り返し(言うまでもないがあいつのことじゃない)、強くなった快感に体の反射的な動きも、声も、こらえられなくなる。
 俺は自分がなにを言っているのか、考えているのか、そんなこともうどうでもよくなって……。
 メガトロン様のくれる一際大きな波にさらわれて、とうとうシステムダウンした。

 

 ―――耳鳴りと、フェイドアウトした視界。
 光が少しずつ戻ってくるのに合わせて、音も帰ってくる。
 いつの間にかベッドに運ばれて、その端に腰掛けたメガトロン様の上に抱かれていた。
 まだ肥大したままの感覚が、本来ならばほとんど感覚のない外装を撫でる感触さえ強く伝えて寄越す。つながったままのケーブルからは、逆にほとんど抵抗のない、弱い電荷だけが流れてきて、少しずつ、俺が落ち着くのを助けてくれる。

 肩や背中を、宥めるように撫でていた手がふと離れて、次に触れたのは、下端のインターフェイスだった。
 触れられた瞬間、目の前に特大の火花が散る。
 鎮まりつつあった回路が一気にヒートして、頭がくらくらする。世界が回っている。
「や……メガ……っロン様……、そこは……」
 ただでさえ敏感なところがますます過敏になって、触られるだけでショートしそうになっていた。
 指先でなぞられ、引っかかれるだけで、快楽と悪寒が綯い交ぜになったような強烈な感覚が体の中心を這い上がって、目の前がまた白く霞んだ。
 指の動きは、端末の在り処を探るもので。やがてそこにメガトロン様のケーブルが触れる。
 やめてほしい、と言う前に接続され、その微かなはずの感触でさえ頭にまで駆け上がって弾け、意識が飛びそうになった。

「ひ……っ、メ……、だ、駄目、です……無理……っ」
 言うのに、また一本。
 聞いてもらえない。
 それなら我慢するしかない。
 ……い、けど、メガトロン様が、そうしたいと言うなら……、だが……。
 察して、諦めてほしいと思っていた。
 だがそのまま何本かは体表で接続された。
 そして何本かが、パーツの隙間から中へ入り込んできた。
 それが神経束のすぐ傍を彷徨っているのが、触れられずとも分かる。
「お、お願いです、やめ……やめて、くださ……っ。……コ、ワい……っ……」
 普通なら死んでも言いたくないような言葉を、言わずにいられない。体が震えるのを、メガトロン様は自分の体に押し付けるように強く抱いて抑え、一つ一つ、接続が完了していく。体の外につながったものより、中に入ったものの違和感が凄まじくて、俺は身動ぎもできなくなっていた。

「ゆっくりな……。加減してやる。大丈夫だ。私を信じろ」
「う……」
「と、言っても」
 え?
「確かに昔、恋人らしきものがいたことはあるが、ここまでしたことはなかったからな」
 ええええ!?
「な、なに、言って……こんな状態、で……っ」
「そう言うな。おまえのスペックはラチェットとサウンドウェーブに確認してあるから、オーバーロードすることはない。……私が自制できる限りには」
 安心させたいなら余計な情報は言わないでください!
 それに俺のスペックって、わざわざあいつらに確認したとでも!?
「仕方ないだろう。少し無理をさせるつもりもある以上、厳密に安全確認はしておかねば」
 でも、だからって……。
「私が部下の機能スペックを知ろうとすることは、それほど不自然でもないだろう」
 だとしても、それをなんで今更。あの二人ならば絶対に不審を抱いたはずだ。
「まあ、そうかもな」
 笑い事じゃない……っ。

 大丈夫だ、などとこの期に及んでなんの説得力もないことを言いながら、メガトロン様はゆっくりと、俺の頭を胸のあたりに押さえる。
 今更俺に断ったり逃げたりすることなどできるはずもない。観念するしかなかった。
 しょうもない言い合いのためか(俺は口に出してないが)、半ばヤケ気味に少しだけ落ち着いたのは、メガトロン様の意図するところだったのか、それとも偶然の産物か。
 少なくともどうしようもないような怖さはなくなって、俺はメガトロン様にしがみつくことで、残った不安を忘れることにした。

 短い信号が、下腹に差し込まれる。
「ッ……」
 脊髄に鋭い痛みが走って反射的に逃げようとしたが、背が反るだけで、メガトロン様に抱き留められ動けない。
「もう少し下か……。バリケード。自律神経に割り込んで知覚操作する。一旦免疫機能をダウングレードできるか?」
「……や……って、みます……」
 言われたとおり、まともにつながらない思考回路に手を焼きながら、メガトロン様の信号をフィルターしないように命令する。しかし、キャッチされた途端、世界の様相が一転した。なにもかもが色も音も存在も、暴力的なほどに強くなる。全解除だ。器用にメガトロン様のものだけ分別するなんて、俺には無理だったのだ。
 ありとあらゆる刺激が加減なしで受容される状態。なんとかしようとするが、甚大な環境ストレスまで加わって、自分がなにをしているのかもよく分からなくなる。
『大丈夫だ。落ち着け。私が調整する』
 俺の中に"言葉"そのものが聞こえて、間もなく、覆いかぶさってくるようだった世界が、急に距離を取り戻した。
 同時に、今度は明らかに"適度な"刺激が、下肢から胸にまで突き抜けた。

「うぁ……っ!?」
「これくらいか」
「あ……っ、あ・アっ……ひ……、メ、メガ、トロン様……っ」
 スパークが同じリズムで揺れる。
 柔らかいが、強烈で、全身に拡散する。
 背筋がなにか、別のものになったように、ざわざわと、生き物がそこにいるみたいで……。
「っ……、ンっ……。メガトロン様……っ、なにか……変……、変、です……っ」
「どう変だと?」
「体が、あ……う……ぅっ、ナカ……、中、から……」
「中から?」
 もう聞かないでください。そんなの俺が、説明できるわけ……っ。
「よしよし。分かってる。私にもフィードバックされて、一部なら感覚は共有しているからな。悪くはないだろう? 私には半端で落ち着かない感覚だが、おまえには気持ちいいはずだ。うん?」
「わっ……分か、ませ……っ!?」
 言いかけたところで、パーツの隙間から内部端子の側へ、長い指が潜り込んだ。

「……い、イヤ……抜い……って……、抜いて、くだ……っ……」
 命にかかわる場所を直接触られそうな恐れと、接触部分に生じた感覚とが混ざり合う。
 指を前後して摩擦されると、焼け落ちそうな強烈な快楽が生まれて、体が反り返った。誤作動でも起こしたように膝が震える。
 焼けそうな、というのは事実としてそうなのか、水分ではなく冷却液そのものが、そこに滲み出した。
 熱で焦げて、息が詰まりそうなほど甘い匂いが立ち上る。
 こんなの、今まで、考えたこともない。恥ずかしくて……死にそうだもう……。
 なのに、粘性のある冷却液のせいで、メガトロン様の指との間の摩擦は緩和されて、痛みは減り、動かされるとますます、なんとも言えないような、体中融けそうな快楽だけが強くなって……。
 ………………、………………・……―――……。

「……っと……、メガトロン様……、もっと、してくださ……」
 もっと、擦って、中まで……。
「……っ、おまえ……私の理性を飛ばす気か」
「メガトロン様……っ、イ、い……、ン……もっと……メガトロン様……ガ、トロン様……っ」
 イイ……―――気持ちよくて……もう……駄目だ―――。

 

 5回くらいショートしてシステムダウンして、再起動して……。
 そのたびに我に返るのだが、メガトロン様は遠慮も容赦もなくて……。
 俺は、恥ずかしくてたまらないのに、どうでもいいような気もしはじめて……。
 目覚めると、メガトロン様の指が俺の中で、熱で粘りを増した冷却液をかき混ぜるように、動いて、あちこち触れたり、引っ掻いたり……。
 足りなくなった水分をまたいつものように口移しに与えてもらいながら、俺はふと、なんの制限もなくなったというのは、とんでもないことなんじゃないか、と場違いに冷静に考えた。
 こんなこと、毎日……いや、数日に一度でもされてたら、俺は本気で頭も体も、おかしくなるに違いない。
 今だって、あまりに気持ちよくて、メガトロン様の指を、自分でそこに押し付けたいような、どうしようもない衝動と格闘してるのに。

「毎日していいならそうするんだが、さすがに負担がな」
 俺はもう、どこまでが「俺」なのかよく分かっていない。拡散してばらばらになった自分を、元通りの枠の中に収めるなんて、少なくとも今は、とてもやる気力がない。
 いやその前に、毎日してもいいならそうするって……。
「むしろ一日中でも三日中でも」
 そんなことされたら、確実に死にます。
「だろうな」
 だろうなじゃ……っ、……抗議しようとしたところで、内部端子を補助節で強くつままれて、思考が消し飛んだ。そのままゆっくりと回すようにされて、じりじりとした微かな痛みと痺れが、また甘いものに変わっていく。
「ここもイイのか?」
 ……俺が感じてることなんか、全部貴方に筒抜けのくせに。
 本当は俺がどうしてほしいかも、全部(俺以上に)分かってて、この人は。

「おまえのしてほしいことなら、全部してやるが……その前に、私のしたいことを、させてもらってもいいかな?」
 はい、もうなんでも……好きにしてください。貴方の望むことなら、俺はもうなんでも。もうここまでされたら、本当にもうなんでもいいと思います。
 メガトロン様が面白そうに笑う。
 その笑い方が妙に……なにか気にかかるような癖のある笑い方で、俺はもしかして、自分の予想や推測を突拍子もなく完全に裏切られるんじゃないか、と、嫌な予感がした。

「……ん、ク……っ」
 メガトロン様の指が俺の中から抜けだして、そのまま腿にかかる。
 俺を膝に抱いていたのをベッドに下ろし、寝転がす。脚の間に入った手が、膝を左右に割り開いた。
 俺は……普段なら、どうということもないが、まだつながったままの、水と冷却液で汚れた場所を目の前に見られて、とっさに脚を閉じようとしたが、力強い手でそれを押さえられた。
「したいことを、してもいいんだろう、バリケード?」
 たしかに、そう言いましたが……、すごく、前言撤回したい。
 メガトロン様は俺の脚を開かせたまま、そこへ、長く伸ばしたケーブルでつながったままの場所に、顔を寄せた。
「メガトロン様ッ!?」
「昔……あの小さな星―――"地球"で、ジャムを飲んだことがあったが、あのときおまえから嗅いだ匂いも、こんな感じだったか。そのせいかな。……美味そうだ」
 ええええぇぇッ!?
 カツン、とぶつかる音がして、すぐに、ぬるりとした何かがそこを這った。

 指よりずっと柔らかい、口内の受容器官。
 その感触は今までのものとまったく違って、俺は最初の一度で意識の半分を持って行かれた。
 指先まで、くすぶっていた埋火が一斉に目を覚ます。
「や……アッ……め、……メ……あっ、ん・ふ……っ、駄目……です、そんな……っ、ヒッ……イ……っ」
 また……っ、また、飛ぶ、意識が……記憶も、なにもかも。
 柔らかく広く、ゆっくりとした刺激に、指先の寄越す鋭く強い刺激。それに、強めの電流までそこから流されると、そこに集まった感覚だけがバカみたいに強くなって……。
 たぶん、6回目、もしかすると7回目。
 俺は昂ぶって拡散、それとも爆縮する感覚の中に、意識を失った。

 

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