軍幹部の再編はもう何年も前から進められていた。 それに伴って権限の移譲も行われ、新しい職責に付随する諸々の引き継ぎ、確認も現在はほぼ終了している。 だからこれは、単なるセレモニーだ。 だがこの式典を経て、名と実は一つになる。 華美より質実であることを好むメガトロン様は、この式典をネメシス号の艦橋で執り行った。 内容は実に事務的で、役職と担当者が次々と読み上げられるだけのものだ。 しかし最後に、軍部司令官の退任と新任だけは、否応なく厳粛なものとなった。 メガトロン様からスタースクリームへと直接、ごくシンプルにだが、司令官の所有する全権を引き渡すことが告げられる。スタースクリームはそれを、淡々と、と言えるほど何事もなく受け取った。 何年も前から準備されていたこととはいえ、いざその瞬間にはもう少し緊張感のようなものがあるかと思っていたが、案外拍子抜けだった。 任官に際しての挨拶をと言われたスタースクリームは、そのことはまったく聞いていなかったらしく少し慌てたものの、これも卒なくこなして見せた。 とはいえ、「若輩を言い訳にせず、最大限の努力をする」、たったそれだけだ。 「短すぎますかね?」 スタースクリームはそう言って苦笑していた。
メガトロン様は責任も権限もすべて明け渡したに相応しく、それきり脇に引っ込んでしまった。 残りの行程をつつがなく終えると、間もなく簡単な祝祭が始まる。 メガトロン様の退任は寂しい出来事だが、自分たちと同じ世代の中から新たな司令官が出たことは喜ばしいし、それがよく知った相手だというのは、素直に祝いたくなることのようだ。 危険や危機、不安といったものは束の間でも忘れて、今はこの祝事を存分に堪能しよう。そんな理由のはずが、間もなくとんだ馬鹿騒ぎになった。毎日毎日、四方を無辺の宇宙に囲まれて漂流していればストレスも溜まる。皆、ハメを外す理由が欲しかったのだろう。アークから訪れていたオプティマス一行も、困った顔、苦笑いで絡んでくる連中の相手をしているが、止めようとはしなかった。
俺は、いったいどうしていればいいのか、軽く途方に暮れていた。 スタースクリームの新任は、良かったなと思う。祝う気持ちがないわけではない。(伴う重責を思うと複雑ではあるが) だが、俺はこういう騒ぎに乗るのはどうしようもなく苦手で、それに、どうしても、沈む気分を浮上させられなかった。 少なくとも、場を白けさせるのはよそう。そう考えて、できるだけ誰にも知られないように艦橋から出る。 船内にはまだクルーが残っていて、交代のときまでは仕事をしているはずだが、やけに閑散として感じられる。実際、普段よりも圧倒的に物音は少ない。 そのせいで、自分の足音がやけにはっきりと耳につく。 とりあえず部屋に戻ろう。全員が仕事かパーティに出払っているはずだ。今は誰もいないだろう。誰にも煩わされず、一人で時間を潰せる。 そこで少し考えてみようと思った。俺が今なにを感じていて、どう思っているのかを。 うまくすれば、自分の抱えているモノになにか名前が見つかるかもしれない。
そう思ってドアパネルに触れ、中に一歩入ったときだった。 『バリケード。来れるか』 メガトロン様からの通信が入り、イエスと言うと、自室で待っていると告げて切れた。 俺は―――最後なんだな、と思う。 これが最後だ。 いや、ともすると「最後」だったのは前回で、今回はただ、事実確認みたいなものなのかもしれない。律儀な人だから、きちんと明確にしたいのかもしれない。 気が重いが、行かないわけにもいかず、俺は最上層にあるメガトロン様のプライベートルームへ向かった。
バネルは俺を認識してロックを外し、ドアがスライドする。メガトロン様はいつもどおり大型チェアに寛いでいた。 いつもどおり、俺を手招く。 俺もいつもどおり傍に寄る。 そしていつもどおり、抱え上げられて膝の上に下ろされる。 だが、これで最後なのだと思うと、俺は突然、よく分からない圧迫感みたいなものを感じた。スパークが押されて縮まるような、引っ張られて千切れるような、妙な感覚だ。 「……どうした?」 問われても、よく分からない。 なにかいろんなものが頭の中をよぎっているが、どれもキャッチできず、すり抜けていく。 「どうした。なにがあった?」 分からない。 なにもない。 少なくとも貴方に、なにがあった、なんて聞かれないとならないようなことは、なにもない。 あるのは、今ここ、そのものなのだから。
「なんでも……。なんでもありません」 「なんでもないように見えるなら、心配したりはしない。―――そう言えば、昔も同じことを言った気がするな」 メガトロン様が笑う。俺にだか誰かにだか、同じことを言ったことがあるのか。 「なにが悲しい」 頬に触れ、ゆっくりと撫でてくれる。 なにが悲しいって……、………………。 「どうした。ん? 祝典の日に、なぜそんな顔をしている」 祝典。 たしかに祝い事。 めでたいこと。 でも……。 「なにかあったのか?」 そんなふうに、なんでもないように、まったく気付きもしないのは、たぶん、―――俺にとっては問題なことでも、メガトロン様にはなんでもないことだから……? そう思うと、スパークに生まれた息苦しさは急激に強くなった。
だが、それが望みなら。 何事もないことであるのが望みなら、俺もそのとおりに。 「いえ。なんでも……。大丈夫です。なんでもない」 「馬鹿者」 優しく叱られて、幅の広い胸に抱き締められる。 「私に言えないことなら、これ以上はなにも聞かん。だが、なんだ、せっかく今日からはなんの気兼ねもなくおまえと過ごせると思っていたのに、しばらくお預けか」 長い吐息を零して、メガトロン様は軽く俺の背中を叩いた。
―――今、なんて言った? 俺が顔を上げると、メガトロン様が下に向けた目と目が合う。 「なんだ?」 「いえ……今、なんて……言いました?」 「うん? そんな妙なことを言ったか? "言えないことなら聞かん"、それから、"しばらくはお預けか"」 「そうじゃなくて、その間」 俺のメモリは欠陥でもあるのか、そこがぼやけて記録されていない。 メガトロン様は少し思い出して、 「"せっかく今日からはなんの気兼ねもなくおまえと過ごせると思っていたのに"」 おそらくは、正確に再現した。
それ、いったい、どういうことだ? 「どうした?」 「いえ、あの……俺はもう、お役御免なんじゃないんですか?」 「は?」 「元々は、貴方が職責ゆえに表に出せないものがあって、だから俺が……、でももう肩書きはなくなったわけですから、影響はまだ強いとしても、今までのように隠すことなんて……」 だから俺は、もうこれきりだと……。 「あー……バリケード? もしかしておまえは、それで悄気げていたのか? 私が退任すれば、"立場上、表に出せないこと"が少なくなるから、自分は用済みだと?」 ………………、イエス、そのとおり……。 特大の溜め息が頭上で炸裂した。 「つまりなにか? 私とおまえと、まったく違うものを見てこの日を迎えたわけか。私はこれで公務だなんだ気にせず、好きなだけおまえと過ごせると思って楽しみにしていたのに、まるで逆か、おまえは」 「す……すみません……」 言われてみればそういう解釈もあったのかもしれないが、俺がそう思うには、よっぽど脳天気で、図太い神経が必要なんじゃないかと……。
「まったく」 とメガトロン様が嘆息し、俺は条件反射的に 「すみません」 と答える。 すると急に軽く胸が震動して、笑ったのが知れた。 「つまりおまえは、私といられなくなると思ってあんなに悄気げていたわけだ。可愛いことをしてくれる」 うっ……。しかし……俺は……。 「それにしても、どうやったらそんなに器用な勘違いができる?」 「そんなことを言われても……」 「おまえ、自分の役職は?」 「え?」 「新しい役職。明日付けで正式に着任する、役職名」 「軍部顧問官の護衛です」 「なるほど。知っていてその様子では、理解していないということか」 「軍部の、顧問の、護衛……?」 ただそれだけだ。 メガトロン様はまた溜め息をつく。 「それは、誰だ?」 「いいえ。まだ聞いていません」 また溜め息。そんなに呆れなくても。 「軍部の顧問。第三者、あるいは経験者という立場からの相談役。スタースクリーム総司令官殿の、横ではなく後ろに立つ補佐。軍全体のことが分かっていないと務まらない役目。ついでに言えば、ここのところずっと空席だったが、セイバートロン星では代々、前任の司令官が務めていた」
前任の司令官、つまり―――つまり、メガトロン様……?
「ようやく分かったようだな。つまりおまえは私の護衛だ。私の傍にいるのが仕事。―――分かったか?」 イエス、アンダ……わけの分からない衝動に突き動かされるままに、俺はメガトロン様の首にしがみついていた。 「スタースクリームが教導官を任せてみようかなどと言うから、あれと同じタイプの軍人が増えたらそれはさぞかし強くて頼りになるだろうが、基地は墓場か監獄みたいになるぞとか、散々なこと言って諦めさせて、遠回しにどうこうできるとも思えないからはっきりと、私の護衛にくれと頼んだんだ。現役の、軍部で一、二を争う戦力を隠居の護衛ごときに振るのは相当渋っていたが、ほとんど無理やりここに引っ張り込んでみれば、本人はさっぱり理解していない。なにやら裏切られたような気分なんだがな、バリケード?」 「すみません……」 「挙げ句それこそ墓場帰りみたいな様子で現れて、どうしたのか、なにかあったのかと心配したのも損した気分だ」 「……すみません……」 「だがこれからは、こうして私の傍にいるのがおまえの仕事だ。いちいち呼び寄せる手間もなくなる。もちろん仕事も果たしてもらうが―――今は、もう少し即物的な目的を、果たさせてもらおうか」 そう言ったメガトロン様の指が脊髄末端部の外装に触れて、俺は思わず短い声を洩らした。
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