粛々と、歩みは進められる。 新しきプライムとなる者とその従者たちが、大いなるオールスパークへ到る道を進んでいく。 それを見送るのは、セイバートロンにおいて特に選ばれた者たち。 メガトロンは、軍部の最高責任者としてその末席に連なっていた。参列者は序列に従って並び、ゆえにプライムたちはとうに彼の前を通り過ぎ、今はもう背が見えるのみである。 様式に従えば、見送るために顔を横に向けることは、喜ばれない。見送った者は頭を垂れ、司祭が儀式の終了を告げるそのときまで、心静かに、新たなプライムを仰ぎ頂く準備を整えねばならぬとされている。 メガトロンには、あえてそれに抗うつもりなどない。だが、遵守すべきであるという考えよりもはるかに強く、新たなプライムのことが気にかかり、そっと視線を横へと送らずにはいられなかった。 若きプライム。 セイバートロンの歴史上、最も若きプライム、オプティマス・プライムの誕生だ。 メガトロンの知るその姿は、いくらかの小さな笑い顔と、戦争のもたらした悲劇に心を痛め、先行きを不安に思う頼りなげなものである。これまでの間プライムと仰いできた老翁たちの前に立つときに覚えた、安心や心強さなど微塵にも感じられない。 大丈夫なのだろうかと思わずにいられない。 この星の行く末ではなく、オプティマス自身のことだ。 センチネル・プライムも案じていた。賢く優しい子だが、その優しさゆえに他人の痛みに深く共感し、深く慮る。他人のことで喜ぶのと同じように、他人のことで傷つく。だから老プライムたちは、オプティマスをプライムとしてではなく、しばし生のままに育てることにした。大人になり、痛みとの付き合い方や、痛みの分かち合い方、そういったものを覚え身につけるまでは、重荷を背負わすまいと。 だがその思いやりは、結果的には裏目に出た。 「堕落せし者」の襲撃でその過程はすべて破壊され、オプティマスはなんの準備期間もなしにプライムを継がねばならなくなったのである。プライムがいかなる者であるかの真実は、プライム自身しか知らない。ゆえに、プライムすべてが喪われた今、誰一人としてオプティマスに、己が背負うものを正しくは語れないのである。 それでも確かなことはある。 それは、プライムは、セイバートロンの民すべてから愛され敬われるが、星のすべてを背負わねばならない、ということだ。 傷つきやすく脆い心で、はたして果たせるものか否か。
再びメガトロンは思う。 己がプライムであれば良かったのに、と。 もし己に欠片ほどでもいい、プライムを負える資格があれば、オプティマスの準備が整うまでの間、任を肩代わりすることができる。彼はいつかきっと間違いなく、誰にも劣らぬプライムとなるであろうから、そのときまで、あの心細げな少年を助けることができるのであれば、どれほどよかろうか。 プライムの栄光などいらぬのだ。ただ、いかに大きくとも頼りないあの背に、重荷のすべてを乗せずに済めば。 だがそれは、叶わぬ望みだった。
オプティマスはいよいよオールスパークの掲げられた台座に辿り着き、そのゆるやかな階段に足をかける。 一歩ずつ登っていく先には、なにも語らぬ立方体が、超自然的な力で静かに浮かんでいる。 それがオプティマスの近付くにつれ、音としては聞こえぬ共振音を発しはじめた。 オールスパークも分かっている。 新たなプライムが己のもとを訪れるのだと。 プライムの生まれる意味など知らず、その時期の良し悪しなど思うことなく、オールスパークは反応するだろう。未だ目覚めぬ、己の分身に。 そして目覚めさせるだろう。 だがその結果がどうなるのか、メガトロンは期待よりも不安を覚えている。 誰一人メガトロンの懸念など知らず―――参列者たちも、オプティマスも、従者も、そしておそらくオールスパークも―――、ついにオプティマスはオールスパークに触れた。
一瞬、オールスパークが一回り小さく縮んだように見えた。 だが直後、強烈な光によって数倍にも膨張し、その光芒の中へと四方を飲みこんだ。 メガトロンのいる場所までは光も届かない。眩しくはあれど目を開けぬほどでもない。横目に見れば、参列者たちは恐れおののくように深く頭を下げたまま、まるで祈ってでもいるかのようである。 メガトロンは敬虔さとは無縁だった。少なくともこのことに関しては、あの光の中で起こっていること、その具体的な手法や仕組みについては知らずとも、なにが起こるのかをよく知っていた。 それは彼がかつて、プライムとオールスパークについて深く調べたことがあるためだった。 かつて。 メガトロンが今よりもまだ若く、思慮も分別も充分とは言えなかった時代。 何故俺のように優れた者がプライムではないのか、何故奴等はプライムなのか、思いあがり、疑い、憤ったことがある。その思い上がりはやがて打ち砕かれ、真実の目も開かされることになるが、それまでの間に調べた事実と得たものは、知識と経験として今もそのまま残っている。 そもそもプライムとは何者か、何故、どのように特別なのか。 答えはシンプルだった。 プライムは、オールスパーク自身のエネルギーをコアとして生まれた命なのだ。すなわち、オールスパークの小さな分身なのである。その特性ゆえにプライムは、この謎めいた生命の根源オールスパークが蓄積してきたすべての知識をダウンロードすることができる。 何千万年、何十億年、ともするとそれよりはるか古。膨大な時の中を漂ってきたオールスパークの得た、すべての知識。無論その中には、セイバートロンの民には理解もできなければ感得もできぬものもある。だがたとえ、このセイバートロンの歴史のすべてであれ、細大漏らさず身につける。 当時のメガトロンが思った言葉で表現すれば、「過去の事例には事欠かない」存在になれるのだ。 「洗礼」と呼ぶ、いかにも神聖であるかのような儀式の実体は、単なるダウンロードだった。 くだらない、他愛ない、ゆえに尊くもない。過去などどれほど積み重ねようと、未来を開く力や意志がなければ意味などないではないか。若きメガトロンはそう唾棄した。 だが、今は違う。
光が薄れ、白く閉ざされていた空間に色と形が戻る。 メガトロンはその中に影を探す。 何事もなかったように佇む従者に挟まれた影は、なにも変わらぬように見えて、明らかに不自然だった。 無理もない。 生まれてからこれまでの間に、自分自身が覚えた感情、感覚、出来事、知識、それらをはるかに上回る質量の知識を一度に書きこまれたのだ。 大丈夫なのか。 メガトロンは礼儀知らずと罵られようと構わぬ気持ちで、僅かに顔を上げオプティマスをうかがう。 彼は、今も彼なのか。 若く、小さく、オールスパークの持つものに比べればあまりにも乏しい「己」を、粉々に壊されてはいないだろうか。 それに耐えうる器、それがオールスパークのコピーという資質だとしても……。 オプティマスの影がふらりと傾ぐ。 メガトロンは思わず一歩前に踏み出したが、彼のいる場所まではあまりにも遠かった。 従者が横からオプティマスを支えたことにほっとして、メガトロンは元の位置に戻って他の者に倣い頭を下げた。隣から、無礼を咎める視線を感じる。目を合わせ、視線だけで陳謝と恭順を示して見せた。 来た道を、プライムたちは引き返していく。 それを参列者は先ほどまでと変わらぬ姿勢で送る。 おぼつかない足取りと、それを支える足がメガトロンの前を通り過ぎていく。 そのときよぎった思いを、メガトロンは目を閉じて振り切った。 言っても詮無いことだ。 なにより、必要なのだ、プライムは、この星に。 だからなおのこと、考えても意味はない。 (助けないほうが、良かったのかもしれんな) などと……。
どれほど苦しかろうと、つらかろうと、重かろうと。 セイバートロンはプライムを必要とし、それはもう、誕生した。 ならば、命のあることを悔やむなど、二重にも三重にも、無為なことだ。 許されることでもないだろう。 ならば。 (それなら私は……) 君のために、なにができる? それがセンチネル・プライムとの約束でもある。 支えてくれと彼は言ったのだ。 だが。 (センチネル様。私は、プライムの従者ではない。彼になにか、できる立場では、ないではありませんか) ぶつかるまでもなく分かっている。 彼のためにのばす手を阻む、厚く高い壁のあることが。 それでもこの手は届くのか。 三々五々帰途につきはじめた者の間で、メガトロンは固く拳を握りしめ、プライムの去ったゲートを見つめていた。
(続く)
3話目を思いつくままに書いて振り返ったら、1話目の後半と全然かみ合わなくなっていました! てへ★ そのため急遽、1話目の後半も一気に改訂しています。 考えて書いてないことの証ですね。これはすべてにおいてそうなので、映画撮影のIF話も、紹介SSである「TRNS-TRANSFORMER」と他の話で、あきらかに設定とかキャラクターの感じが違ってるものもあります。 あまり気にせず読んでいただけると助かります。 前のバージョンが良かった!ってかたもいらっしゃるかもしれませんが、勘弁してください。一応、以前のもののテキストもとっておいてあるので、ご要望があればどこかに張り付けます。ただまあ、物語としては整合性がなくなるので、新しいものを「正統」と見ていただけるようお願い申し上げます。
さてはて、烏屋ではこんな感じの設定になったプライムとオールスパーク。 プライムを継承したオプティマスのその後とメガ様のことも書きたいと思ってます。具体的にどんなシーン、どんな話になるのかはまだ曖昧ですが、メガ様のクーデターという一つの結末に向けて、なにがあって彼がそんな決断をするに至ったのか、その流れをある程度伝えたい、感じてもらいたいと思うのです。 助けたいのになにもできない、そんなメガ様の苛立ちや憤り、葛藤、もどかしさ……。 楽しみにしていただけたら幸いです。 |