Destiny

 

 

 災厄は、突然に訪れる。
 澄み渡る銀色の空の一隅を黒く染め、それはなんの前触れもなしに現れて、破壊をもたらした。
 真に一片の予兆もなかったのかと言われれば、否である。
 だが誰が疑うというのか?
 「プライム」を。
 誰が思うだろうか?
 その来訪が悪しき意図によるものだと。

 傷ついた年寄りを誘導しながら、メガトロンは指令本部の最深部を目指していた。
 「彼」はこの星に残る数少ないプライムの末裔であり、現セイバートロン評議会の最高責任者の一人でもあった。そして今は、「堕落せし者」に命を狙われる憐れな獲物でもある。
 守ることが、メガトロンの使命だった。
 だが傷ついた老体は修復の速度も遅く、エネルギーは散逸し、スパークの輝きも次第に弱まっていく。
 早く安全な場所へ辿り着き、ゆっくりと体を休めてもらわねばならない。だが、予想しうるかぎり最速で辿り着いたとしても、もう手遅れである可能性があることはメガトロンも分かっていた。だがそれでも、おそらく、彼はこの星に残った数少ない―――ではなく、最後のプライムなのだ。
 「堕落せし者」は、エネルゴンを求め旅立った先で、己の兄弟でもある他の12人のプライムを殺戮したという。そして、プライムたちの子孫を根絶やしにするために、セイバートロンへと戻ってきた。プライムの敵はプライムであるがゆえに。
 最高の指導者たるプライムをすべて失った後、セイバートロンがどうなるのかは分からない。メガトロンは考える。ともすると、問題はないのではないか、と。理性はその可能性がゼロでないことを告げる。だが心情が、それを許さない。良き指導者はいくらでもいるし、極めて客観的に、己もその末席には連なるだろうとは思うが、最高の指導者は、そうはいないのだ。その導きなくしては、種族の行く末は約束されえない。
 誰もがそう信じるからこそ、プライムは最高の敬意を持って迎えられ、讃えられていた。
 それゆえ―――プライムの一人が帰還したときに、いったい誰が、何故、なにを疑うというのか。
 結果的に「堕落せし者」を入れてしまったのはメガトロンたちの責任であるが、軍を率いているのが誰であれ、同じ判断をしたに違いない。
 どうしようもなかった。
 だがそれでも、この始末の責任をとるのは、自分である。メガトロンはその覚悟で防衛軍を指揮し、そして彼自身も武器をとり、失ってはならない者を守ろうとしていた。
「さあ、もう少しです」
 傷つき、疲れ果てた老プライム―――彼等は先人から正式にその地位を引き継いだわけではないが、「堕落せし者」の宣言が真実ならば、最早、真のプライムたちは死んでいるのだ―――に肩を貸し、その気力を奮い立たせながら、メガトロンは最も安全であると思われる場所を目指していた。
 だが、必死に歩くメガトロンを妨げるかのように、老センチネルの足は止まった。
「メガトロンよ」
 彼はしわがれ、かすれた声で若き防衛長官の名を呼ぶ。
「はい」
 センチネルを安心させるべく、できるだけ信頼のできる、頼もしい声を心がけて答えると、彼は疲れた顔に弱々しい、どこか悲しげにも見える微笑を浮かべた。
 そして、
「わしのことは、もういい。そなたはここで引き返すのだ」
 とゆっくり首を振る。
「なにをおっしゃいます。もうあと少しです。我々は、貴方を失うわけにはいきません」
 老体に鞭打つような言葉だが、真実だ。センチネルも、己の責と立場を真の意味で理解しているはずである。どれほど多くの者が彼の存在を頼り、愛しているか、その思いを裏切れないことはよく分かっているはずなのである。
 その彼が、自らの命を諦めるような弱音を吐くとは、メガトロンには非常な衝撃だった。己の心までが不安に揺らぎそうになる。
「そうではない。これは最初から決めていたこと。わしは、ここまで辿り着ければそれで良い」
 メガトロンの不安を察したのだろう、センチネルはメガトロンのたくましい腕に、枯れ枝のように細った手をかけた。
 そして語ったのは、もう一人だけ、きっと生きているに違いないプライムのことだった。
 彼の他にまだプライムが生き残っているとは。
 そしてその、まだ幼いとも言える者が、特別な護衛もなくこの戦火の都市にいる!
 すべてを汲んで、メガトロンは老プライムをその場に残し、ジェット機へと姿を変えて通路を飛翔した。
 インターコムへと老プライムの声が届く。
『賢く、優しい子だ。だがだからこそ、他人の痛みに深く傷つく。ゆえにわしらは、あの子がもっと大人になるまで、プライムとしての責を背負わすまいと決めた。メガトロンよ。聡明なそなたならば分かるであろう。プライムであるということは、あまりにも重い。その重みに押しつぶされることのないよう、わしらは待つことにしたのだ。ゆえにあの子はまだオールスパークの洗礼を受けておらず、プライムとしてのマトリクスも目覚めてはいない。『堕落せし者』にも、あえて狙われることはないだろう。だが、このままではこの都市が滅ぶ。そうなってはあの子も生きてはおれまい。メガトロンよ。あの子を、オプティマスを見つけだし、守るのだ。そして『堕落せし者』を退けし後には、オールスパークの洗礼を。そして―――どうか支えてやってくれ。たった一人で背負うには、星は、民は、重すぎよう。わしはここで『堕落せし者』を引きつけておこう……』
 ゆえに彼は、最も深く安全であると同時に、一度入り込めば地上に出るまでに時を要する場所へと向かったのだ。
(プライム……)
 己の身を犠牲に希望を守ろうとする、その尊さゆえに助けに戻りたくなる気持ちを押し殺し、メガトロンは全力で、しかし「堕落せし者」に気付かれぬよう細心に、地上を目指した。

 

 

 最後のプライムを殺しおおせて、「堕落せし者」は、最早己に敵はないとばかりに宇宙へと飛び去った。
 メガトロンがそれを許すはずはなく、彼はすべての軍を追撃に向けた。地上の破壊を気にしなくてよいならば、彼の軍ははるかに強大な力を発揮することができる。たとえ相手が堕ちたプライムであろうと、回復には数万年を要するほどのダメージを与えることに成功した。
 だが損失は膨大だった。
 いくつもの都市が壊滅し、何千、何万という犠牲者が出た。
 都市の復興は間もなく行われ、オールスパークによって新たな命も生みだされたが、後に振り返れば、この「堕落せし者」の攻撃こそが、セイバートロン星崩壊の引き金になったのかもしれない。
 ともあれそのときにはまだ、星の滅びゆく兆候はなにもなかった。ただ、深い傷跡が生々しく刻まれていただけである。

 神殿への道を歩きながら、メガトロンは、何故「堕落せし者」はオールスパークには目もくれなかったのか、そんな疑問を覚えた。
 だが間もなく、己なりの答えを見つけた。オールスパークには、意志や思考力はないが、外部からの干渉を選んで受け入れ、撥ね退ける性質は持っている。命を生みだすほどの力を秘めているが、その力を己の意図どおりに使うことは易しくない。「堕落せし者」はもっと容易く操れる力を求めたのだろう。
 なんにせよ、そのおかげで希望は消えず、残っている。
 メガトロンは己の横を歩く者を見下ろす。
 この世界に残された、たった一人のプライム。
 今からそれにならなければならない少年は、緊張と不安を相手に懸命に戦っている。今はメガトロンの視線に気付く余裕もなければ、彼へと視線を向けることもない。足を前へと進めるだけでも精一杯なのだろう。
 プライムの重責については、言い聞かされ、頭では分かっているはずだ。しかしそれがどんなものかは想像もつくまい。メガトロンにも、その責の重さは分からない。
 プライムについてはメガトロンも知っていることがあるが、それを告げるのは憚られた。いや。正直に言えば今も、先に知らせておいたほうがいいのかと迷っている。知っていれば少しは心構えができるのか。知ったがためにかえって不安になり耐えかねてしまうのか。どちらと決められない内は、メガトロンも黙って進むしかなかった。
 付き添えるのは、神殿に入るまでだ。そこまでの道のりの間だけ、ここにいる少年はまだ、ただのオプティマスである。メガトロンもこうして横を歩くことができるし、声をかけることもできる。だが神殿の入り口に辿り着いた時点で、彼は正式にプライムの後継者として認められ、いかに防衛軍の司令官とはいえ、メガトロンは一介の軍人である。言葉をかわすことにさえ制約が生じる。決めるならばそこまでに決めねばならない。
 告げるべきか、告げずにおくべきか。
 心が決まらぬ間に、一歩一歩、壮麗な白銀の神殿は近付いてくる。
 今しかない。
「オプティマス」
 意を決して、メガトロンは隣の少年に声をかけた。
「は、はい」
 緊張で少しノイズの混じった声を、彼は咳払いで誤魔化す。緊張を少しでもほぐしてやれればと、メガトロンは彼の肩に手を置いた。
 そして、言うべきは、伝えるべきは―――。
「今から君は、正式にプライムを継承することになる」
「……はい」
「だがそれまでは、まだプライムではない。だから今の内に言っておく。プライムには決して言えないことを」
「は、はい。なんでしょうか」
「―――忘れないでくれ。私は常に、君の味方だ。君を助けたいと望んでいる」
「メガトロン様」
 突然の言葉にオプティマスは心底から驚き、束の間、不安も緊張も忘れたようだった。
 たしかに唐突な告白だろうとメガトロンも思う。だが今言わねばならないと思ったのは、己の知るプライムの事柄についてではなく、このことだった。
「プライムは特別な存在だ。私でさえ声をかけることが難しくなる。だから、実際に手助けすることは、できないかもしれない。だが私は、いつもそう望んでいる。どうかそのことを覚えておいてくれ。なにがあっても、絶対に。忘れないでくれ」
 オプティマスは困惑し、落ち着かなく視線を彷徨わせる。
 己の語る言葉の意味は、今はまだ分かるまい。だから困惑するのだろう。何故こんなことを今、他のなによりも優先して告げるのか。
 分からずともいい。いずれ分かることだ。だが、そのときにふと思いだすのではもう遅い。だからどうか今、分からぬままでもこの言葉を受け止めてほしい。メガトロンは肩に置いた手に強く力を込めた。
 オプティマスは戸惑い、問いかけの視線を寄越す。メガトロンはそれに答えない。求めるのはただ、受け入れてくれることだけだ。
 やがてオプティマスは頷いた。意味は分からずとも、メガトロンがこの上もなく真剣であることは感じとり、信頼することにしたのだろう。
 そのかわり、頷いて上げた視線をじっとメガトロンの目に据えた。
「分かりました。貴方は、ずっとぼくの味方。ぼくを、助けてくれる。そう思っていてくれる。―――ありがとうございます。でも、それなら今だけ、……たぶん、こんなことを言えるのも今だけです。だから今言いますが、ぼくには、貴方のほうがよほどプライムに相応しく思えます。何故貴方はプライムにならないのですか?」
 思ってもみなかったことを問われて面食らい、メガトロンは苦笑して首を横に振った。
「プライムは、なるものではない。生まれつくものだ。私はそう生まれつかなかった」
「何故」
「何故と問われても困る。運命か、それともオールスパークの選択か、それともそんなことに特別な理由はないのか。なんにせよ、プライムではない私にもやるべきことはあるし、その中には、プライムではできないこともあるだろう。私は私の役目を果たしながら生きている。そして君には、君の役目がある。少なくともそれは最初、余計なことを考えながら務まるほど易しいものではないはずだ」
「メガトロン様」
「様はよしてくれ。もう間もなく、私こそ君をオプティマス様と呼ばなければならなくなる」
 そう言うと、オプティマスは小さく呻いて言葉に詰まった。心底から困った顔になる。
「……それは、どうしても?」
 メガトロンは可笑しくなった。今はいっとき緊張がほぐれているにしても、プライム継承という重圧の只中にいることには変わりない。しかしどうやらオプティマスには、メガトロンからオプティマス様と呼ばれることは、プライム継承にも等しい問題らしい。
 それはまだ、背負うべき重荷の実感がないということでもあるのだろうが。
 束の間の平穏、最後の平穏だ。
「―――オプティマス。それが嫌なら、プライムとして私に言えばいい。忌憚のない意見を得るために、そういった敬称はつけず対等に話をしてほしい、と。そうすれば私は、恭しく承って、君をただオプティマスと呼ぶだろう」
 ゆっくりと言い聞かせると、なるほどとオプティマスは頷いた。

 神殿へと辿り着くと、番兵はまるで遮るようにメガトロンの前に立ち、オプティマス一人だけが通る道を作る。その物々しさにオプティマスが怯むのを、メガトロンはゆっくりと笑って頷いて見せ、背を押した。
 神殿の内部に待ち構えていた従者に導かれ、暗がりの中へとオプティマスの背が消えていく。
 その通路の先に続く道は輝かしく、選ばれた者のみが歩けるが、はるかな苦難に満ちている。
 メガトロンは、参列者として継承の儀にを見届けるべく、東門へ向かって歩き出した。

 君の味方だと言った。助けたいと思っていると。
 だがこの手は、一度でもその肩に、背に届くことがあるのだろうか。
 本当に助けになることができるのだろうか。つらいとき、苦しいとき、耐えかねるとき、支えてやることができるのだろうか。
 何故貴方はプライムにならないのかとオプティマスは言った。
 なれるものならばなりたいとメガトロンは思う。
 かつては思いあがりによって、そう思った。
 そして今は、そうでなければオプティマスに手が届かぬから、そう思うのだ。
 だが現実はそうではない。メガトロンはプライムとして生まれついてはおらず、プライムとは後から「なる」ことのできるものではない。
 この手は届かぬ手かと、メガトロンは自らの右手に目を落とす。
 そのとき、はるか頭上で儀式のはじまりを告げる鐘の音が響いた。
 行かなければならない。
 鐘の音は静かに、厳かに、一定の間隔で続いている。
 この音は近隣の都市にまで響き、セイバートロンで最も重要な儀式が行われることを民へと告げる。
 その渦中にいる少年のことを思い、己がその渦に二度と触れることのできない可能性を思い、メガトロンは強く首を振った。

 

 

(おわり)


 

 いったい誰なんですかね、この「メガトロン」って!?
 と思うほど別人すぎてなんですが、このシリーズのメガトロン様はこんなんですよ!! オプティマス以上に「出来た人」設定です。
 でもほら、ナンバー1が優秀な組織より、ナンバー1の信頼するナンバー2が優秀な組織のほうが、きっとうまくいくんです。……はっ!? それでいくとディセプティコンはイマイチってことに!? がんばれスタースクリーム! ……でも彼はあんな感じで走りまわってるのがお似合いです。達観されたらつまんなーい。

 それはさておき、補足です。
 映画ではさらっとしか説明されていないし、人数も違うのですが、地球にいたプライムはノベライズでは13人(キリスト教社会で作られた設定ですなぁ)で、その中の一人がフォールン、11人がシェルターを作り、残り一人がマトリクスを持って中に入って封印した、ということになっています。
 で、フォールンは、「プライムを倒せる者はプライムだけ」なので、セイバートロンに戻ってプライムの末裔を皆殺しにしています。その唯一の生き残りがオプティマスです。
 ノベライズ中でオプティマスはは、サムを呼び出して話をするとき、「運命はいつも当然訪れる。私もそうだった」とか「私の戦争でない時もあった」とか語っています。そういう要素を加えて、このパラレルワールドにアレンジして、こんなモノが出来上がりました。
 なお、正式にプライムとして認められるためにはオールスパークの洗礼が必要だ、とかいうのは私の勝手な創作です。フォールン氏に勘違いしてもらわにゃ困るんですよ。プライムの生き残りはいないと思っていったん去ってくれないとね。
 あと、「プライムは生まれつくものだ」という設定も、ノベライズから引いてます。ノベライズでは、メガトロンはフォールンから、「プライムの力を与える」と言われて従っていました。しかし最後にそれが嘘だと分かり、助けを求めたフォールンを無視して去っています。

 なお。
 この話の後半は、3話目ができた時点で大きく書き変えています。
 前のバージョンを読んでいた人には、まったく様相の違う展開で驚かれたかもしれません。が、3話目までで固まった設定を踏まえると、とてもではありませんが以前のもののような明るい展開にはならないのでした。