My Precious
それは、よく晴れた春の昼下がり。 フィーリとキーリは馬に乗って(もちろん小馬である)、谷間の町、その跡に通じる街道を進んでいた。 スマウグが滅び、エレボールにドワーフたちが戻って半年。デイルにはいくらかの人間やドワーフが出入りするようになっていた。一度滅びた町は、ギリオンの末であるバルドが領主となり、復興に取り掛かろうとしていたのである。 二人は今日、トーリンの代理エレボールの王子として、バルドのもとへ復興資金の一部を届けに行く。そのため、馬の鞍には金貨や宝石がぎっしり詰まった小箱がそれぞれ二つずつ、括りつけられていた。 護衛はないが、心配はなかった。表向きには表敬訪問とされているし、宝物の入った箱は小さくて、ちょっとした荷物にしか見えない。万一襲い掛かる者がいても、瞬く間に返り討ちに合うだけだろう。 そのうえ、馬に揺られる二人の様子はのんきそのもので、とても大金を運んでいるようではない。だからこそこの二人が使者に選ばれたのかもしれない、と勘繰ってもいい。
朝食に出たパンの焼き加減だとか、エレド・ルインにやり残したことがあるからと帰っていったボンブールたちのことだとか、タウリエルがそっと送ってきたエルフの弓のことだとか……。 キーリはあっけらかんと彼女のことを語る。それがあまりにもあっさりとしていて、屈託がないので、ついフィーリのほうから尋ねた。 「おまえ、彼女のことが好きなんだろ?」 するとキーリは、これまたあっさりと、 「ああ」 と答えた。そこには、会えない寂しさや、恋路の険しさに寄せる悩みなど少しも含まれていない。 「分からん。なんでそう平気な顔してるんだ、おまえは」 フィーリは溜め息をつき、首を振る。 するとキーリは、 「そりゃタウリエルのことは好きさ。美人じゃないけど、強いし、優しいし、それにあの赤毛もいいよな。けど、全部終わって、この後俺たちどうなるんだろって考えたら、気付いちまった。なにがなんでもっては思ってないんだ。でもすごく好きなのには変わりない」 「ますます分からん」 「もうちょっと聞けって、フィーリ。つまりさ、タウリエルはやっぱり、星なんだよ」 「星?」 「そ。星。好きだけど、見てるだけでいいっていうか、俺のこと思ってくれたらそれだけでいいっていうか。なんていうか……そう、憧れ、みたいな。手に入れたいとは思わないんだ。だからこれは、お星様の贈り物」 そう言ってキーリは、背負った弓に手を触れた。そしてにかっと笑う。 「覚えてるか、フィーリ。昔、一緒に願い事したよな。あれ、俺のは叶っちまった」 言われてフィーリは、遠い昔のことを思い出した。
トーリンに連れられて、エレド・ルインの麓にある人間の町に行ったときのことだ。トーリンの用事が済むまで、二人は宿に預けられていた。宿の人間たちは優しかったし、親切だった。子供のドワーフというのが珍しかったからかもしれない。二人を囲んで、お菓子をくれたり、いろんな話を聞かせてくれたりした。 「坊や、こんな話、知ってるかね」 言い出したのは老人だ。彼が、流れ星に願い事をするときっと叶うと教えてくれた。それで、人間たちに連れられて宿の外に出て、満天の星空を見上げた。流れ星にも、多い時期、少ない時期というものがあるらしい。その夜は、見上げるなり一つ、空を滑り落ちていった。 消えるまでに三回繰り返さないといけないという。どんなお願いごとにしようかと二人で考えて、 「おまえは弓がほしいって願ったんだったな」 「そ。俺はまだ剣も弓も持たせてくれなくってさ。でもフィーリが丁度、弓の稽古始めてたんだ。それで俺、どうしてもフィーリみたいな弓がほしくて」 そこまで言って、キーリは星の見えない青い空を見上げた。
「叶うまで長すぎだろ」 「仕方ないんじゃないの? だって星って、何千年も、何万年もそこにあるんだから。俺たちと時間の感覚違うんだよ、きっと」 馬鹿なくせにたまにうまいこと言うキーリに、フィーリはやりこめられたような気がして少しむっとする。 しかし、ちっともそういう機微に気づかずに「へへへ」と笑うキーリを見ると、すぐにどうでもよくなってしまった。 「で、フィーリはあのとき、どんな願い事したんだ?」 「俺? 俺は、……なに願ったんだっけ。んー……、すまん。全っ然思い出せん」 「なんだよそれ。俺は覚えてるぜ。フィーリはなにお願いしたんだって聞いたけど、教えてくれなかったんだ。すっごい腹立ったの覚えてる」 「あ。それは俺も覚えてる。教えろ教えろって、泣いてわめいて殴りかかってきたんだ」 「あっ、余計なことは思い出さなくたっていいって!」 「それで、周りの人間がめちゃくちゃ慌てて、よりにもよってそこにトーリンが帰ってきて、あの人たちがなにかしたんだと思い込んで怒りだして、それでしーんとなってるのに、おまえまだわーわー泣いてて」 「もういいって!!」 殴ろうとするキーリから手綱をさばいてさっと離れると、フィーリは声を立てて笑った。
→つづく |