トーリン=オーケンシールドの
誰にも言えないひそかな悩み

 

【トーリン=オーケンシールドの意外な素顔】

 

 アゾグを討ち果たせし英雄にして、ドゥリンの血を引く偉大なる王、トーリン=オーケンシールド。
 たとえ太陽が西から昇ることがあるとしても、彼の心が恐怖や怯懦にまみれることはない。

 ―――と、言われている。
 勇壮な歌も作られ、歌われて、当人としては大袈裟すぎて居心地がよろしくない。
 しかし、国を失った不安な民たちが、そう思うことで希望を持って生きていけるのであれば、彼等の期待を受け入れるのも王も務めとトーリンは考えていた。
 トーリン=オーケンシールドという男は、無茶で無鉄砲で考えなしなうえに楽天的なドワーフにあっては、相当に生真面目で思慮深いたちだったのである。
 それだけにあれこれと思い悩むことも多く、トーリンに取って"我が家"というものは、かけがえのない憩いと安らぎの場所だった。

 人間たちに混じっての鍛冶仕事だとか、なにかと面倒な親族との会議だとか、神かなにかのごとく祭りあげられてしまう一方で最上の肴にされる宴だとか、そういうものに疲れて帰ったとき、
「おかえりなさい、兄様」
 とおっとりした笑顔で出迎えてくれる妹を見ると、心底ほっとする。
 そして、まだ小さな甥っ子たちがきゃいきゃいとはしゃぎ回る中にいると、この子たちのためにもがんばらねばと、明日の活力が湧いてくるのである。

 フィーリ、キーリと名付けられた甥たちは、それはもう可愛かった。
 そもそも妹ディースのことも心から愛しているトーリンであるから、その妹の子となれば我が子も同然に可愛かった。特に彼は、王として故国を取り戻すまでは妻帯しない、髭も伸ばさないと誓ったくらいなので、まだ当分子供を持てる望みもなかったから、全力で甥っ子たちを愛していたのである。
 ディースから、甘やかしすぎだとたしなめられることさえあった。
 しかしトーリンにも言い分はあった。
 正直なところ、己が妻を得、子をなせるかどうか、つまりはエレボールを取り戻す日が来るのかどうかさっぱり自信がなかったし、希望もなかった。だとすれば、この子供たちこそがドゥリンの血を継いでいくことになる。フィーリはやがて王にならねばならぬし、もしその彼に資質がないとすれば、キーリを王にすることも考えられる。どちらにせよ、兄と弟は互いを支えて国を治めることになるだろう。
 いずれは、国と民という重荷を背負わねばならぬのだ。今は小さなこの背、この肩に。
 そう思うと、幼い間くらいは存分に甘えさせ、可愛がり、愛してやりたかった。
 そう言えばディースも、そんな兄をたまらないほど愛おしげな目で見つめて、それ以上はなにも言えない常だった。

 この世にトーリン=オーケンシールドを屈服させうる者などないと人々は歌ったが、小さな一家の中でのトーリンは、てんで無力だった。
 髪を引っ張られて涙目になり、英雄ごっこでは退治される悪者になって倒れこむ。右と左それぞれの膝に二人を抱えて、溶け崩れそうな笑顔で話を聞いてやる。伯父上は僕のだと取り合う二人をなだめ、右腕と左腕に彼等を抱えて一つのベッドで眠る。
 ついでに言えば、ディースにも頭が上がらないのだが、それも含めてすべて、一家の秘密である。
 なんにせよトーリンは、のしかかる重圧と苦労をものともしないだけの幸福もまた、その手に得ていたのである。

 

→つづく