ちょっと頼みたいことがあるんだが、とラッシュに言われ、グレンは暇潰しがてらにラッシュの家に向かった。 少し前にラッシュが拾ってきたニューマンの子のために、手土産の一つくらい用意してみる。 とりあえず、無難にケーキだ。 どれが美味いかは、甘いものの苦手なグレンには分からなかったので、店員に任せたが、食えないほど不味いものはないだろう。
訪れてみると、出迎えに来たニューマンの女の子は、ケーキの匂いに目を輝かせた。 だが、手を出そうとはしない。 グレンが 「ほら、お土産だ」 と差し出して初めて、受け取ろうとする。 ラッシュがアンドロイドである以上、このケーキがこの少女、たしか名はラルムといったが、彼女のものでないはずがない。もう少し大きくなれば、遠慮だのなんだのを覚えるものだろうが、今なら、当たり前のように自分のものだと思うのではないだろうか。 グレンは自分がそれくらいの年だった時のことを思い出そうとしてみたが、無駄だった。なにせ三十年近くも前のことだ。 ともかく、ケーキはラルムに持たせ、案内されるまま、ラッシュの書斎に行く。
「すまんな。それで、私はグレンと少し話があるから」 「はいです」 「その中にいくつ入ってるか知らんが、一度に全部食べるんじゃないぞ」 「はいです」 ラルムはケーキの箱を抱えて、部屋を出て行く。
「で、なんなんだ、おまえが俺に頼みってのは」 「いや、明日なんだが、手は空いているか?」 「ああ。さすがに、毎日戦いっぱなしじゃもたなくなってきたしな、俺も」 「それなら、明日、ラルムについていってやってくれないか?」 「あの子に? 何処へ?」 「学校なんだがね」
学校、とグレンは鸚鵡返しに口にする。 何故俺があの子と一緒に学校へ、とわけが分からない。 「授業参観、とやららしい」 「へ?」 「実の親がいないだけに、見に来てくれる者がいない、というのは寂しいかと思ってな」 「いや、そりゃそうかもしれんが、おまえが行けばいいだろう?」 「それが、仕事が入ってる」 「そっちを俺が代わろうか? よっぽどハードじゃないなら、だけどな」 「研究データが飛んだとかで、その破片の回収と、バックアップだ。こればっかりは」 「おまえでなきゃ無理な仕事か。そうか。じゃあ仕方ないな。けど、本当はおまえが行くべきなんだろう?」 問うと、ラッシュは少し考えたが、頷いた。
ハンターズギルドに登録した時期が近く、住まいもそう離れていないということで、グレンとラッシュには十数年の付き合いがある。 お互いがなにをどう考えるかも、およそは分かる間柄だ。
ラルムには実の両親というものが、もうない。 そして養父は、アンドロイドだ。 そのことが周囲の子供たちにどう受け取られるかを考えると、様々な不安がある。 マンの中にはアンドロイドをあくまでも蔑視する者もあり、そういった親に育てられた子は、まずはその発想を覚えこまされるだろう。 そして、ハンターズという仕事も、あまり褒められたものではない。 一つ間違えば、金次第で窃盗でも殺人でも引き受けかねない、という側面がある。 ギルドの統御能力がもっと高くなれば、そのような犯罪者が所属していることは難しくなるだろうが、現状では裏ネットが存在し、そこでは決して表向きにはできない依頼が出され、引き受けられている。
ハンターズの子、というだけで、グレンの二人の息子は、ずいぶんと肩身の狭い思いをした。 グレンの名が売れ、自らの傷も顧みず常に先陣にたって戦い、質実剛健を旨として振る舞う様に、「ザ・サムライ」と呼ばれるようになった今、「グレンの子」として羨ましがられることはあるが、それまではつらい思いばかりしていた。
アンドロイドの子、かつハンターズの子、と言うだけでは、ろくなことにならない。 そんな部分だけが噂になる前に、「誰の」子か、はっきりと見せるべきなのだ。 あまりにも迫力はなさすぎる通り名だが、「先生」の子だと。 それはいくらかの迷惑を運んでくるだろうが、父親のせいで忌み嫌われ、笑いものにされるよりははるかにいい。 グレンには、よく分かる。
「いい機会なんだがなぁ」 グレンは、ラッシュがラルムの教室に現れた時の子供たちの様子を想像して、溜め息をついた。 見上げても足りないほどの長身、鋼の体、そこから出される美しい声。独特のカラーリングは有名で、一目見ればすぐに分かる。 グレンの名が知れ渡った時には息子たちはもうだいぶ大きくなっていて、授業参観などというものもなかったが、なにも知らずにうちにきたクラスメイトが、グレンを見て、しばらく口もきけないで茫然としていたことはよく覚えている。 ある時、「親父のせいで人気者になるなんてシャクだ」と下の息子が言ったが、上の息子は言った。「でも、いじめられるよりはずっといいさ」。
息子にとって偉大な親父はプレッシャーだろうが、娘にとってならば、自慢の父親になるだろう。 冒険に憧れる男の子の、上げる歓声が聞こえるようだ。 きっかけはなんであれ、話すようになれば、ラルムが優しいいい子だということは、すぐに分かる。 そうすれば、友達もいくらでもできるだろう。 子供は残酷で、目先のことしか見えないが、決して愚かではない。見えるものだけを真っ直ぐに見るから、時に大人より賢いこともあるほどで。
「いっそその仕事先、回収不能なくらいにドカーンといかんもんかな」 「おいおい」 グレンがそんなことを言い、ラッシュが苦笑混じりに宥めた時、CCから着信音が流れた。 「おっと、すまんな」 「おう」 そして、流れてくる声。
『いや、すまん、俺だ。いやー、明日だけどな、もうダメだわ。うちのアホウどもが勝手にいじくりやがって、ものの見事にクラッシュしてやんの。こりゃダメだわホント。まあだから、明日なんだけどな、キャンルってことで。キャンセル料は今度奢ってやっから、そういうことでな。じゃ!』
「………………」 「言霊、というやつか」 「コトダマ?」 「言葉には力がある、ということさ」 言ってラッシュは笑い出し、やがてグレンも声を上げて笑い出した。
(おしまい)
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