ある少女の願い

 

いつもその子は泣いていた。
哀しくて。
寂しくて。
心細くて。
傷ついて。
いつもその子は両手を組んで、宛先不明の祈りを祈り。

「神さま助けて、神さま助けて。どうか私を助けてください」
「どうか傍にきてください」
「私と一緒にいてください」

願ったものは奇跡ではなく、ただ一つ。
肩を包んでくれるぬくもりだった。

 

 

「神さま助けて、お願いします。どうか、どうか……」
 断崖の端の端、足元から土くれが落ちていく。
 ちっちゃい時にいつしか覚えた、あたしの知ってる祈りの言葉。
 けれど神さまは黙ったきりで。
 応えてくれるはずはないと分かっているのに、応えてくれるかもしれないと。
「あはは……」
 けれどやっぱり、あたしは一人。
 あたしは一人、なんにもないまま、終わるのね。

 どこで間違ったかなんて覚えていない。
 人のせいにするのはやめた。
 自分のせいでもないのも確か。
 あたしは何故か、気が付けば一人ぼっち。
 やることなすことなにもかも、裏目に出ることばっかりで。
 殴られた数なんて覚えてないわ。
 レイプも何度されたっけ?
 おなか蹴られて壊れてさ、赤ちゃんできなくなったよね。

 神さまだけは、なんにもしなかった。
 助けてだってくれなかったけどさ。
 悪いこともしないでいてくれた。
 でも、神さま。
 もし本当にいるのなら、一回でいいから、しあわせってヤツ頂戴よ。
 あたしのこと嫌いじゃないよって、抱き締めてくれるだけでいいからさ。

 神さま、神さま。
 なんだってできるんでしょう。
 人間になってあたしの傍にくるくらい、簡単なんでしょう。
 神さま、ねぇ、神さま。

 それともあたしが悪い子だから、お願いしたって聞いてくれないの?
 悪いこといっぱいしたけどさ、しなくて済むならしなかったよ。
 払えるお金がちゃんとあったら、いつだってあたしは払ったよ。
 でもなんで?
 働くことは嫌じゃないのに、働かせてもらえなかったのはなんで?
 なんで私は、泥棒売春仕事にしてさ、稼いだものは全部とられて。
 いったいどこで間違って、なんでこんなになったんだろう。
 あたしが悪いことしたっていうの?
 一番最初の、赤ちゃんの時にでも?

 でも、今更だね。
 人まで殺して。
 たくさん殺して。
 テロって言うんだってね。

 人のせいとか過去のせいとか。
 しようと思えばできるけど、できるけど……それじゃああたし、惨めだよ。
 自分でくらい一個くらい、ちゃんとできたねって言えることをしておきたいよ。
 だからいいんだ。
 悪いことたくさんしてきたからね。
 殺されるのだって、仕方がないよ。

 あたしが死なせた人の数だけ死ぬことなんて、できないしね。
 だからごめんね、一回だけで。

 あんたがこの部隊のリーダーなんだ?
 撃て、って言うんでしょ、こういう時は。
 フィルムで見たよ。
 かっこ良かった。
 じゃああたし、悪役やらせてもらうかな。
 ちょっとだけかっこつけてさ。

 ラ・フォイエ、ごめんね。
 また、誰かが死ぬのかな。

 

 

「ぐ……っ、う、撃て!!」

 

 

 

「撃つな!!」

 

 

 え? だ……

 

 

 誰……?
 あたしを抱いてるの、ねぇ、誰……?

 あたし……ああ、そうか。おなかと肩が痛いのは、撃たれたせいね。
 でも頭が痛いのは、落ちたから。
 それで……貴方は?
「エリーザ……」
 ああ、なんてきれいな声。
 ……きれいな声。
 止めてくれたの、貴方だね……?

 でもあたし、貴方のことは知らないよ?
 どうして貴方、あたしの名前を知ってるの?
 誰がつけたかも知らないけれど、ホントの名前、あたしの名前。

「……君は悪くないのに……。許してくれ。間に合わなかった」

 ああ……そっか―――。
 貴方、神さまなんだ……?
 だからあたしの名前、知ってるんだね?
 そっかそっか。
 ねえ。
 ねえ……?

 やっとお願い、聞いてくれたね。
 あたしのこと、見ててくれたんだね。
 あたしのお祈り、届いていたのね。
 もうちょっと早く来てほしかったけど、仕方がないね。
 神さまだってきっと、いろいろと忙しいんでしょ。

 でもびっくりしたよ。
 そんな真っ黒で、アンドロイドの姿だなんてさ。
 でも、あったかいね。
 冷たい体のはずなのに、あったかいよ。

 もう少し、抱っこしてて。
 もう痛くもなくなってきたから、きっとあと少し。
 次の人のとこ行かなきゃならないのかもしれないけどさ、もう少しだけ。
 少しだけ……。

 神さま、神さま。
 あたしのことはもういいからさ、最後に一つだけ、お願い聞いて。
 もうあたしみたいな子、この世に生み出さないであげてよね。
 お願い、神さま。
「エリーザ……」
 約束してよ。
「……私に、できるかぎり。この手の、届くかぎり」
 うん……。
 うん。
 約束だよ、神さま。

「ありがと、神さま……」
 しあわせくれたね。
 抱っこしてくれた。
 ずっとあたしを、見ていてくれた―――