朝、いきなりフェンリルからコールがあった。 ラルムは友達と出かけた後で、私は、昨夜が……というか今朝が遅かったものだから、ようやく寝ようとしていたところだった。 私は一度寝てしまうと起きるまでにかなり時間がかかる。眠る前で良かった、と思いながら出てみると、彼は開口一番、 『あんた、たしかに前にカプカプが好きだと言ったな』 と言った。
以前、彼に護衛を頼んだ時のことだが、道中でマグの話をしたことがある。 その時、そう、フェンリルがアズにシーターをつけさせられた、というあの出来事を思い出して、好きなマグはないのかと尋ねた。 「好き」という感情がよく理解できないのか、フェンリルは私に同じ問いを返してきた。 その時に「カプカプ」と答えた記憶がある。
どこがどう好きだといって、なんとなく生物っぽい外見と、愛嬌があるようなのに、大きな牙の生えた口、それから、こんなものをつけていたらまず間違いなく、他の誰よりも先に敵に見つかるだろうと思える色彩、そして、私にはまず似合うまい、という……だから好きなのだ。 真っ当に自分の強化・補助を考えるならば、理想どおりに育てあげたヴァラーハのほうがいい。 だが、今の私はもうハンターズではないし、戦うことはあってもあくまでも補助、猫の手のつもりでいる。 性能ではないところでマグを選択したとしても、なんの問題もない身だ。
「それがどうかしたか?」 『いや、確認がしたかった。それだけだ』 「それだけ、ね」 『もしかして、寝起きだったか?』 「いや。今から寝るところだったよ」 『そうか。………………、うん、そうだな。それは、悪いことをした』 相変わらず、自分の感情というものを上手く把握できないらしい。 苦笑しながら、私はコールを切った。 その時、何故フェンリルが私のマグの好みなど気にしたのか、それを疑問に思わなかったのは、眠気に勝てなくなってきていたからだ。 なにせ私はそれまで、まる七日も徹夜で調べものをしていたのだから……。
目が覚めたのは、すっかり日も落ちたあとだった。 さすがに、いくらこの体が高性能と言っても、ここ数年来の酷使のしようは並ではない。いい加減、あちこちが傷んできているらしい。回復に時間がかかるのもそのせいだろう。 それを理由に、起きてから2時間もまだベッドでごろごろとしていて、やっと階下に下りたのは、もう九時を過ぎた頃だった。 「あ、父様、起きたですか。ごはん、どうしますか?」 ダイニングのテーブルでクランと話していたラルムが、椅子から立ち上がる。 少し体を動かしてからでないと、エネルギーさえ澱みなく行き渡らない。 「あとで勝手に作るよ。ところで、あれは?」 私は、さっきから気になっていた物体について尋ねた。
ダイニングから見える、居間のソファの傍に、大きな包みがある。ラルムの腕では一抱えしてまだあまるほどだろうか。 プレゼント用に包装されていて、シンプルな茶一色の包装紙に、濃い緑のリボンがかけてある。 ラルムが誰かに贈ろうとして用意したものか、あるいはもらったものか。 そう思ったが、ラルムの答えは、 「夕方に届いたです。父様宛てです」 少し膨れた顔で言った。
「私に?」 まさか爆発物の類ではあるまいな、と思いながら近づいてみる。 ラルムがついてくる。 宛名は間違いなく私になっている。送り主は……フェンリル??? カードデータが付属されている。 宛名プレートの隅の保護シールを剥がし、スイッチを押すと、フェンリルのメッセージが流れ出した。
『アズが贈ってみろと言う。だから贈ったが、もし邪魔になるようだったら処分してくれ。』 そこまで言って途切れ、少し間があってから、 『気に入ってくれるといい、……と思う。』 と付け加えられていた。
なんにせよ、フェンリルからのものなら警戒することもないだろう。 私はリボンを解いて包みを開けた。 中からは大きな白い箱が出てくる。 その箱の蓋を開けた途端、私の目に飛び込んできたのは、鮮やかな蛍光オレンジの曲面だった。 「……なんですか、これ」 脇から覗いていたラルムが、手をのばす。 触れると、曲面は柔らかくへこんだ。 「ぬいぐるみ……みたいです」 その言葉を聞いて私は、こういう時マンならば頭痛を覚えるものなんだろうか、と考えた。
とっくに推測は終わっている。 取り出してみると、それは案の定、大きなカプカプのぬいぐるみだった。 朝コールしてきたのは、このために違いない。 しかし、私にぬいぐるみを寄越してどうしようというのか……。 なんにせよ、礼くらいは言っておかなければならない。あのフェンリルのことだから、これが私にふさわしいプレゼントかどうかなど、まるで分かっていないのだろうし。
端末へとコールすると、2コールですぐに出た。 「私だよ。もしかして、朝のコールはこのためか?」 CCのカメラをカプカプぬいぐるみに向ける。 フェンリルは、極当たり前のように頷いた。 頭が動いた弾みで、私は、彼の背景にあるものを見つけていた。
彼の部屋に入ったことはないが、ベッドのサイズが普通のものと変わらないとして、その上に置いてある薄青色の巨大な物体は……マンボウ、のぬいぐるみ……だろうか……。 メッセージに名前があったところからして、あれはおそらくアズから押し付けられたもので、その際なんだかんだと騙されて、私にこんなものを贈って寄越したに違いあるまい。 それにしてもベッド上に置いてあるということは、アレをそこに置いたまま寝るということなんだろうか……。……いや、考えるのはよそう。
結局、後日になって私は、あの日フェンリルは、約束をドタキャンされたアズに引っ張られて古代海洋水族館に行ったことを知った。 かつてテラの海に棲息していたという生物の、精巧なロボットを作って泳がせている水族館で、娯楽の少ないラグオルでは、貴重なデートコースという話だ。そこから推測できることもいくらかあるが、余計なことを考えるのはよしておこう。 とにかく、そこでフェンリルはアズからアレを押し付けられ、どういう流れでそうなったかは知らないが、私の手元にはコレが届いたということだ。 贈られたものでは処分するわけにもいかないし、カプカプは好きだし、ラルムは羨ましそうだからなにか他のものでも買ってやるとして、とりあえず誰かを部屋に入れた時には、コレを見てどんな反応をされたとしても、何事でもないような顔をして平然と受け流してしまおう、と決意する私だった。
(おちまい)
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