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 上に戻ると、二人が心配げな様子で待っていた。
「あの、大丈夫なんでしょうか」
「心配なかろう。」
「な、なによ、あっさりと。心配じゃないわけ? 頭の中がどうかなったのかもしんないのよ?」
 ヤンの声に非難が混じる。

 ……これが、一般のハンターズの反応、かもしれぬ。
 識別パルスについてなど、普通は知らぬものだ。
 今ここで説明することそのものは、問題ない。
 だが、「同一パルスを持つ個体」が違法製造に関わっている可能性のことを考えれば、迂闊には何も言えぬ。

「心配はいりません。シップに戻れば技術者もいます。ええと、ご存知ですか? 識別パルス、というものについて」
 我が迷ううちに、レイヴン自らがそう告げた。
 呆気なく言われると、そう大したことではないようにも思えてくる。
 同じラボで製造され、製作者の怠慢によって同じデータになってしまった、ということも、あり得ないわけではない、と。
 レイヴンの説明を聞いて、ユーサムは、
「おまえさん、よくそんなこと知っとるな。いつも当たり前みたいにパルスで識別しとるから、ワシはあらためて考えたことも不思議に思ったこともなかったぞ。なるほどなぁ。アンドロイドを一人生み出すにも、いろいろと苦労があるんだな」
 やけに感心したように何度も頷いた。

 ヤンにとっては識別パルスという言葉そのものが初耳だったようで、しばらくはしかめっ面で考え込んでいたが、
「でもさでもさ、とするとよ? 一緒なのって、まずいんじゃないの?」
 知識は我等より乏しいとしても、さすがに頭は回る娘だ。すぐさま真剣な表情に変わる。
 心配げにレイヴンを窺うヤンに、彼は微笑んで……おそらくだが、見せた。

「たぶん、彼は私の前身なんです」
 声音が、やけに柔らかい。
 それはともかく、前身、とは。
 その言葉の意味は、我にも分からぬし、ユーサムにも分からぬようだ。
「なにそれ。もうちょっと分かるように話してよ」
 ヤンに促され、レイヴンは少し考えたようであったが、その意味を話し始めた。

「私には、私を作るための基礎となった試作型のアンドロイドがいるはずなんです。私の識別パルスは特殊なものですから、偶然同じかたがいたと考えるより、私を製造する際に彼のデータを流用したおり、パルスを変更し忘れたと考えたほうが自然ではないでしょうか」

 それならばありえぬ話ではないが、ロアが試作型だと?
 在来のアンドロイドとまるで変わらぬ、むしろそれ以上の性能を持つロアが本当に試作型だとすると、完成型であるレイヴンは、従来のアンドロイドとは異なることになる。
 だが、新型アンドロイドの製作について、巷になんの情報も流れておらぬ以上、それは、もしや最重要機密ではなかろうか。
 そういったことにまで考えが及ばぬのか、ヤンは素直に納得している。
 狼狽しているのは、我等よりもユーサムだった。
「お、おい、レイヴン。おまえさん確か、生まれたのがつい先々月だと言ったな。とするとおまえさん、最新型ということか? しかし、そんなのがいるなんて話は聞いたこともないぞ。ひょっとして、そいつはトップシークレットじゃ……?」
「そうかもしれません」
「おいおい。いいのか、そんな話、ワシらにして……」
「他のかたに話されるのは困りますが、ユーサムさんには、これからもお世話になるんです。私が何であるか、知っていていただいたほうがいいんじゃないでしょうか。もちろん、誰にでも言えることではありませんが、あなたがたのことは信頼できると思います。ただ、こんなことはなかなか言う機会もないので、今まで黙っていましたが」

 ともあれ、これで僅かながら得心いった。
 どのようなプロジェクトが進行しているのかは知らぬが、レイヴンはこれまでのものとは異なるコンセプトで製造された、新型のアンドロイドということだ。
 人間を相手に命令なしで戦えること、識別パルスに支配されぬこと、この双方から考えるに、よりマンに近い、完全な自律型として誕生したらしい。

 ……待て。
 自律上位新型―――。
 まさか……。

「レイヴン」
「はい?」
「己を設計した技術者の名を知っておるか」
「はい。クロウ=アラニス博士です。私が起動した時にはもう亡くなっていましたが」

 クロウ……。
 あのクロウ=アロニスの手なる、自律上位新型機体。

 XQJ―――。

「どうかしましたか?」
「……いや。なんでもない」
「そういうと、私の名前、カラスっていう意味なんだそうです」
「ほう。それは初耳だな。ワシなんてなんの意味もない、製造番号の語呂合わせだぞ。U−0036で、ユーサムだ。なんでそうなるのかは分からんのだが、昔の友人がつけたものでな」
「でも、それなら世界に一つしかない名前ですよね」
「そう言えば、そうなるか」
「私の場合は、博士のファーストネームの 『クロウ』 にカラスの意味があるから、私の名前も同じ意味にしたんだそうです」
「マンは昔からよくやるらしいな。父親の名と母親の名から、子供の名をつけるとか……。それなら、おまえはクロウ博士の息子ということだな」
「そうかもしれませんね。それに、さっきのあのかた、私の兄さんですよね?」
「兄? そうだなぁ。うむ、そうかもしれんな。試作ということは同じ博士が設計しているんだろうし、そういう秘密の話なら技術者たちも同じメンバーだろう。同じ者の手から生み出されて構造もほとんど同じなら、そういうことになるか」
「ジーンさん。私の兄さんの名前、ロアっていうんですね? 良かった。もしかするとずっと会えないかもしれないと思ってたんです。テラに残っているのかもしれないと思ってたのに、こんなに早く会えるなんて。これなら、もう一人にもすぐに会えるかもしれない」
「もう一人? まだいるの?」
「試作機体ではないんですが、試作機体を作るためのデータを採取した相手で、やはりクロウ博士が設計したそうです。それに、私は彼と全く同じモデルなんだそうです」
「身長とかも?」
「ええ。私の聞いた話では、全く同じだと。装甲の素材などは異なっていますが、型は完全に同一だそうです。だから……ロアさんが私のすぐ上の兄さん、そのもう一人が、その上の兄さん……、そんなふうに思うのは、変でしょうか」
「ううん、全然! だったらさ、あたい、もしそっくりさん見つけたら教えてあげるわね! あ、何か分かってることないの? どんなことでもいいわ。アンドロイドって、あたいたちにはなかなか見分けらんないんだもん。身長なんて、だいたいでしか分かんないしさ。名前とか、製造番号とか、んーと、それから……ハンターズやってるんだったら、所属とか、何か分かってることないの?」
「施設のデータはほとんど抹消されていて、そういったことは何も……。ただ、これを見てください」
「なに? 腕がどうかしたの?」
「これは、クロウ博士が設計したオーダーアンドロイドにしかない特徴なんです。このラインの部分が、一部だけ羽のように飛び出しているでしょう? 博士は量産型のアンドロイドは設計していなかったそうですから、そうありふれた特徴ではないずです」
「なーる。よく見ないと分かんないけど、腕くらいなら、見せてって言ったってオッケーよねっ。ふふーん、ここにいるといいわね、もう一人のお兄さん」
「ええ」

 嬉しそうな声、笑い。
 作り出された屍を見るかぎり、容赦を知らぬいかにも戦闘機械といった様子でありながら、この矛盾に等しいほどの温和な性格設定。
 これは……

「どしたの、ジーン? ぼーっとして」
「いや、なんでもない」

 今考えるべきではない。
 まだ何も分からぬ以上、いかなる結論も出すべきではない。
 自律レベルが高い、クロウ=アラニスの設計したアンドロイド、というだけで、XQJ機体と決めつけるのは早計だ。
 今はまだ、何も考えるべきではない。

「まあ、これはここだけの話にしておいたほうが良さそうだな。あっちについてはパルスの調整さえ済めば復帰できるだろうし、一日もかからんだろうさ。それより、あのドームだな。中を調べてみんといかんだろう」
「はい。そうですね」
 しかるべき時が来るのでない限り、何も問わず語らぬことを決めて、我は彼等の後を追った。


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