7


 二度、三度と繰り返し森林公園へと降りるうちに、この辺りに出現する獣の特性については分かってきた。
 奴等はただ凶暴なだけで、知能はない。
 目に映るものを敵とするのみだ。
 同じ原生生物を襲わぬのは、我等ほどの異種族ではないためであろう。
 我等ハンターズが原生生物の大半を駆除した後になって、軍はやっと腰を上げ、新しく確保された安全地帯にテレポーターを設置した。
 これで歩く距離が減るというものだ。
 ここまでくるのに、既に十日がたっていた。

 ハンターズの中には仕事を放棄した者も少なくない。
 一方、選抜されはしなかったものの腕に覚えのある者たちが、ほとんど無許可で地表に降りるようなっていた。
 彼等が選ばれなかった理由は様々あるが、たとえばその一つは、同じハンターズの所持品を狙う強盗に変貌するため、である。
 我等も二度ほどそういう輩と鉢合わせたが、なんとか退けることは叶った。
 困ったことにそういう時、ロア―――アンドロイドは役に立たぬ。喧嘩程度ならばともかく、人間を相手に「戦闘」はできぬのだ。
 したがってそういう時は、我とヤンだけでなんとかせねばならぬ。
 相手が遠くにいる間に気付けたならば、ヤンの手を煩わせるまでもない。我が足でも撃っておけば事足りるのだが、そもそも遠くにいる相手が強盗なのか、それとも真っ当なハンターズなのか、判別のしようがない。
 近づいてきて初めてそうと分かり、いきなり接近戦に持ち込まれると、いかんともしがたい。
 ロアが体を張って相手の攻撃を受け止め、押さえておいてくれねば、共に接近戦には向かぬ我とヤンなど、手練のハンターを相手にしてはひとたまりもあるまい。

 今日もまたそのような四人組に襲われて、ロアもヤンも、心底うんざりした様子だった。
 そのせいか、足取りは重く、口数も少ない。
 いつもは何かと喋り続けているヤンが静かだと、いかに我とロアが普段喋らぬがよく分かる。
 彼女から話しかけられねば、口を開くこともない。
 そもそも何を言い出せば良いのか、我には分からぬ。
「……もう帰ろ」
 ヤンがいきなり立ち止まり、そう呟いた。
 ならぬとたしなめてまで進むほど、我も政府に忠義立てする気はない。また明日にでも来れば良いだけのことだ。
 ロアは返事の一つもないまま、方向を変える。
 先に歩き出した足が、急に止まった。

「ム……?」
 眩暈でも感じたように、手でこめかみを押さえる。
 だがまさかアンドロイドが貧血を起こすわけもない。
「どうしたの?」
「何か、変だ」
「変?」
「分からん。頭の奥が、チリチリする」
「アンドロイドの頭の中のことなんて、あたい分かんないわよ」
「大丈夫だ。行こう」

 再び歩き出すが、間もなく、歩みは止められた。
 木立を挟んだ向かい側から、争う音がする。
 流れ弾が一発、飛んできた。
 普段ならばわざわざ加勢することなどない。
 だが、ロアは虫の居所が悪い。
 やはり一言もなくいきなり木立の中へと入っていく。
 憐れなのは、敵か。
 仕方なく追いかけるが、追いついた時、そこはまだ木々の間だった。

 ロアは片膝を地について、片手で頭を押さえている。
「どうした」
「頭が……痛い」
「なに」
 AIの異常か。
「エラー検索できぬか」
「今、やっている」
 アンドロイドは便利だ。
 己の体に異常があれば、自分でその箇所を察知できる。
 うさを晴らしたいのはロアであるし、我等が先に行くこともない。

 そのまま待つ内に、
「何をしているんですか!?」
 聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 レイヴンだ。
「貴方がた、そんなことをして恥ずかしいと思わないんですか!?」
「うるせえ! 鉄の塊が偉そうな口きくんじゃねえよ!」
 何事かは分からぬが、そこに知人がいる以上、様子くらいは見に行くべきか。
 ロアをその場に残し、ヤンにはしばし待つように言い置いて、先に進んだ。
 視界を遮っていた木々が失せると、我の目の前にあるのは、二人のヒューマーとレイヴンが対峙した光景だった。
 レイヴンの後ろには、倒れてうめいている赤いヒューキャストたちがいる。彼等を介抱するように、ユーサムが傍に屈んでいた。
 どうやらあの争いの音、若いヒューマー二人組と、怪我をしているヒューキャスト、レイマー、フォニュエールの間でのものだったらしい。
 また強盗か。
 つまらぬ真似をする者が、ずいぶんといるものだ。

「てめえらもまとめて畳んでやるよ!」
 右のヒューマーが長刀を構えて飛び込んだ。
 その柄を、レイヴンは難なく掴み止める。
 大した反射性能だ。
「やめてください。貴方がたほどの腕があれば、こんなことをしなくても充分に稼げるでしょう」
「馬鹿言えよ。こっちはな、楽しいからやってんだよ!!」
 手首の返し一つで得物を取り戻す。まだ二十歳そこそこの若者ながら、たしかに、生半な腕ではない。
 フォトンの光が淀みなく流れ、その軌跡が帯となる。刃がまともにアーマーの隙間、レイヴンの右肩を抉った。
 ……と見えた。
「な……っ!?」
 コートスキンにすら、傷一つついてはいない。

 なんという硬度のボディか。
「楽しいから? 人を傷つけることが、楽しいと言うんですか」
 だがいくら守りが堅くとも、アンドロイドでは人間を相手に戦うことができぬ。それではなんの解決にもならぬ。
 居合わせたのも縁だ。
「はんっ! 弱ェ奴はくたばる。強ェ奴が生き残る。楽しいじゃねえか。てめえの力を実感できるんだ。楽しいに決まってんだろうがよ。だいたい、やられるほうがマヌケなんだよ!」
 幸いヒューマーたちは我に気付いておらぬ。
 ヴィスクを構える。

「……そうですか」
 黒い拳がヒューマーの胸もとにかかった。
 その体が軽々と持ち上げられ、宙に舞い、相棒へと激突した。
 なんと。
 まさかこやつ、人間を相手にも戦えるというのか。
 掴みとめる、押さえつける、といった程度ならばともかく、アンドロイドでは、人間を「攻撃」することはできない……はずだ。
 だがレイヴンは、グラディウスらしき剣を手にしている。
 無造作な一閃がアーマーだけを切り払う。
 切っ先を向ける顔に、以前の「表情」はない。

 反撃してこないと思えばこそ、突っかかったのだろう。もはやヒューマーたちに戦意はなかった。
「分かりますか。痛いとか恐いとか、誰だって嫌でしょう。私が今、楽しいから貴方がたを殺すのだと言ったら、そうかと言って笑えますか」
 淡々と言う。
 タチの悪い怒り方だ。
 激高して怒鳴り散らすほうがよほど可愛い。
「次はないと思ってください」
 フォトン刃を消して柄だけになったグラディウスを納め、レイヴンさっさと負傷者のもとに戻った。
 蛇に睨まれていた蛙は、蛇の視線が外れた途端に逃げ出した。
 悪党も骨があればまだしも、いきがるだけいきがっておいて、情けない連中だ。

 どうやら事は収まった。
 いまさら我が出ていくこともない。
 引き返すと、いまだ調子の悪いロアの横で、ヤンが心配そうに覗きこんでいた。
 我が近付くと、顔を上げる。
「どうだった? また強盗みたいだったけど」
「片付いたようだ」
「そう。まったく、やんなるわね。なんだってああいうみっともないこと、平気でできるんだか」
 ヤンには、分からぬか。
 己が力を実感するために戦う、とヒューマーの一人は言うておった。それも人間の心理としては自然であろう。そして、情も義理も覚えぬ他人に冷淡であるのも、不自然ではない。
 汝の隣人を愛せよ、と言うたのはどの神であったか。それを嘲笑する者にとれば、名も知らぬ他人のことに親身になる者のほうが、不自然に映るに違いあるまい。
 ……このようなことは、ヤンに言うたとて、余計な悶着が起こるだけだろうが。

 ともかく、あちらはレイヴンのおかげで無事に済んだ。
 ―――いや。
 何事もなくはない。
 何故アンドロイドが人間と戦えるのか。
 それに、現在製造されるアンドロイドは、全て一定範囲の規格に基づいている。あれだけ並外れた強度のボディとなると、完全に規格外だ。

 気にはなるが、今はそれを云々するより、ロアの不調の原因を突き止めることのほうか重要だ。
 腕や足と違い、頭となると走査に時間がかかる。AIが精密かつ複雑であることは、人間の脳と大差ない。
「駄目だ。追いつく前に消えた」
「消えた?」
 ロアは軽く頭を振って立ち上がる。
「ああ。治った、と言ったほうが分かりやすいか」
「そっか。でも治って良かったわ」
「……ああ」
 良かった、とヤンは言うが、原因がはっきりしないままでは素直に喜べぬのだろう。ロアの返事には屈託があった。

「それより、向こうはどうなったんだ。片付いたようだ、ということは、おまえは手を出してないということだろう」
「先に割って入った者があった。先日知り合うたばかりの相手だが、引き合わせておこうか」
 ラグオルの探索は思ったより進んでおらぬ。
 何が起こっているのか、どうなっているのか、何もかもが曖昧模糊としている。
 そんな中では、情報を交換しあえる相手が他のチームにもあったほうが良い。彼等は功を急いてそれを競うような者ではなさそうであるし、話を持ちかけるのも悪くはあるまい。
 そう思い、ロアとヤンを連れて戻った時には、そこにいるのは赤いヒューキャストたちだけになっていた。

 今の一件ですっかり警戒心が強くなったらしい。
 我等を見ると身構える。
「なによっ。あたいたちは強盗じゃないわよ!」
「ヤン、よせ。すまぬが、先刻おぬしらを助けた黒いヒューキャストたちだが、もう去ってしまったのか?」
「あんた、見てたのか」
「うむ。騒ぎを聞きつけてそこまで来てはみたが、我の出る幕はないようゆえ、成り行きだけ見せてもらった」
「そうか。悪いな、勝手に強盗にしちまって。で、あの黒い奴? 相棒と一緒に奥に進んでいったぜ」
 ヒューキャストは森の小道を見やった。
「あっちのほうにテレポーターがあるんだ。さっき入ってみたんだけどな、俺たちじゃとても進めなくて、戻ってきたんだ。そこにあいつらさ。泣きっ面に蜂ってのはこのことだ」
「災難だったな。だが、無事で何よりだ」
「ん、ああ。……なあ、あんたたち、ここにいるにしちゃずいぶん余裕だな。自信あるなら、テレポーターの先、行ってみろよ。ここからずいぶん離れたとろに転送されるみたいだぜ」

「どうして分かんのさ」
「だって、半分ぶっ壊れたみたいなドーム、この辺りからじゃ見えねえだろ」
 半分壊れたドーム?
 もしや、シップから見えたあの建造物か。
「それにあの二人、どっちもアンドロイドじゃねえか。助けてやらねえと、いくらなんでも無事じゃすまねえよ」
 たしかに。
 どちらにせよ、半壊したドームには、爆発原因の調査のため、一度は行かねばならぬはずだ。
 腕を振るう場所があると知って、ロアの機嫌は直ったようだ。
 ヤンはいささか不安げだが、行く気になっているロアを引き留めることはできぬと悟ったのか、携帯品の確認をはじめた。

「俺たちはこの仕事、もう下りる。やってらんねえよ。敵だけなら、ちっとくらいキツくてもなんとか頑張ってみようかとも思えるけど、ああいうのにまで狙われたんじゃな」
 別れ際、赤いヒューキャストはそう言った。
 これで彼等とは、もうめったに会うこともないのだろう。
 去っていく三人を、ヤンは不服そうな顔でずっと見送っていた。


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