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ドームの中は無人だった。 ショッピングセンターを兼ねた副都市として建設されたもののようだが、人影一つとして見えず、また、外を徘徊する獣の侵入した形跡もなかった。 それを確かめて、我等はいったんシップに戻った。 だが、報告に訪れた第七司令室は施錠されていた。 どうやら召集の折り、報告先を聞かされる前に追い出されたものらしい。 隣の資料室に用があったらしい役人を呼び止めて問うと、その程度のことも覚えておらぬのか、と言わんばかりの顔で教えられた。 ヤンは憤慨したが、元はと言えば、話に口を挟んで伝令を中途で終わらせたのは、彼女だ。 ロアも同じことを考えたのか、ヤンに気付かれぬよう、我に肩をすくめて見せた。
報告先である第一司令室は、幸い同じフロアにあった。 訪れて、判明した事実を告げようとロアが報告を始める。 が、数分もたたぬうちに、 「その程度のことならば、既に報告を受けている。無人であり、外敵が侵入した形跡はない、というだけなら、二度も聞くだけ時間の無駄だ。言うまでもないが、このことは極秘事項だ。それだけ肝に命じたら、下がれ」 にべもない言い様だった。 ヤンが何かを言おうとしたが、それより早く、 「先に報告に来たってのはいったい誰だ。この船にそれほど腕の立つ奴がいるのか」 ロアが前に出、デスクに手を突く。 だが答えは、 「答える必要はない。とっとと下がれ」 それだけで、またしても追い払われた。
苛立ったロアは言葉も少なく、明日の約束だけを取り交わすと、さっさと我等に別れを告げた。 あまりの呆気なさに、ヤンは拍子抜けしてたたずんでいる。 「なにあれ。自信過剰だわ」 「そう言うな。多少自惚れたとて無理からぬ腕だ」 「そりゃすごいと思ったけどさぁ。んー、もしかしてあたいが足引っ張ってる?」 「その心配はない。そもそも、早いに越したことはなくとも、それを争う仕事ではあるまいが」 「んー、そっか。ま、いいわ。じゃ、あたいもこれで」 「ああ」 司令室の前でヤンと別れる。
我も行こうとすると、ちょうどその方向から二人連れが歩いてきた。 奇縁もあるものだ。 ヤンがロアと間違えた、あのヒューキャストのようだった。 「こんばんわ。そちらもご無事だったようですね」 我を見留めると、笑いかけてくる。間違いない。彼だ。 「なんだ、知り合いなのか?」 彼の隣にいる細身のレイキャストが尋ねた。 「知り合いというほどでもありませんが、少し」 「ふむ。ま、とにかくさっさと補足しにいかんとな。おかしな勘違いをされてはたまらんぞ」 もしや、我等より先に報告していたというのは、彼等か。 しかしそのようなことは尋ねようがない。 「では、失礼します」 「……ああ」 まさか、彼等は三人ではなく二人で、それもアンドロイド二人で降りたのだろうか。 司令室の中に姿が消える。
待っているつもりはなかった。 ただ、そのようなことを考えていただけだったが、彼等の「補足」こそ極めて簡潔なものだったらしく、我がまだここにいるうちに出てきてしまった。 何か用があると思われても無理はない状況だ。 「どうかしたか?」 レイキャストに問われる。 「いや。……おぬしらは、二人なのか?」 問えそうなことから、問うてみた。 「いいえ。三人だったんですけど……」 「もう一人は逃げてしまってな。仕方がないから二人で行ってみたが、意外になんとかなるもんだな」 つまり、大半は二人で進んだということか。 「よくそれで無事だったな」 「ええ。ユーサムさんのおかげです」
ユーサム。 レイキャストはそういう名か。 聞いたことのある名だ。 ギルドでだったか。 よくは覚えておらぬが、相棒として伴うなら誰が良いか、という話をしていた連中が、レンジャーを連れていくなら彼だ、と……。 皆が同意していた記憶がある。 耳にした話では、状況に応じた判断・援護が的確な、熟練のレンジャーだということだった。 あまりない名ゆえ、同名の別人ということはあるまい。 これでは無理も…… 「なにを言って。ワシがおらんでも、一人で進めそうな勢いだったくせに」 「そんなことありませんよ。戦うのは初めてで、どうしていいかよく分からなくて」
なに? 「ついていくので大変だったわ。おとなしい奴かと思えば、頭から突っ込むし」 「だから、どう戦っていいのか、よく分からないんです」 つまり、相棒がユーサムだったのはともかくとして、実戦が初めてだという新米ヒューキャストが、それなり以上の成果を出したということか。 接近戦闘用に作られるヒューキャストの中には、恐怖心を故意に削減されている者もある。そういった特殊な措置を受けた者は、たいてい痛覚神経回路も鈍く設定され、自らが破壊されることにも気付かずに、前へと出ていく。 ともすると、彼もそういった戦闘機械に近く作られているのかもしれぬが、だとすると、この穏和な性格設定が不自然だ。戦いに徹するならば、無慈悲で冷酷なほうが良いはずである。 ……いや。余計なことを考えるのは、よそう。
「くだらぬことを聞いたな。お互い、まさしく無事で何よりだった。それではな」 「はい。―――あの」 「なんだ」 「まだお名前も窺っていませんでしたね。私はレイヴンといいます」 レイヴン。raven。カラス、か。なるほど。そのつもりで作って、そのつもりで名付けたようだ。 不幸を運ぶとされる不吉な鳥の名には似合わぬが、彼を敵とした者にとれば、あるいはそうなのかもしれぬ。 「ジーンだ」 「ワシはユーサム。ま、これからも会うことになりそうだし、よろしくな」 「うむ」 ともあれ、我もそろそろ戻らねば、ローザ様が案じておることだろう。
思ったとおり、調査結果に対する口止めはされたが、知ったことではない。 二人に別れを告げ、本船から都市船に戻った。 街の様子は暗い。 不安と猜疑に包まれている。 ハンターズが派遣されたことは知れておるのか、我を、あるいは他のハンターズを、窺うように見る者が多い。 だが問うてくる者はない。聞いたとて教えてもらえるわけではないことくらい、彼等も承知しているのだろう。
部屋に戻ると、ローザ様が飛びついてこんばかりにして出迎えに現れた。 「どうじゃ? 何か分かったのかえ?」 「とりたてては何も。ただ、異常が発生していることは確認できた」 「それでも良い。話しておくれ」 「承知した」
パイオニア1からの報告では、地上に凶暴な生物はおらず、気候は良好、新たな住拠とするのに全くなんの問題もないということだった。 だが実際に降りてみれば、いかにも危険そうな生物から、一見は愛らしい小型生物まで、全てが牙を剥き爪を振りかざして襲ってくる。 まずそれだけでも報告と違っている上に、パイオニア1の住人たちは一人として見当たらぬ。ドームの中、店の内部にさえ見当たらぬのだから、たまたま見かけぬだけではない。 考え得る可能性で最も蓋然性の高いものは、凶暴な原生生物が何処からか現れて付近を徘徊するようになったため、他の場所へ避難した、というものだ。 だが、もしそうならば、こちらに連絡があっても良いはずである。 それが、なんの連絡もないというのが解せぬ。 通信できぬ状態にあるのだろうか。 だとすると、それはいったいどのような状態なのか。
「ふむ……。何があるかが分かっただけでも、まだしもすっきりしたわえ。しかし、これではラグオルに降りるなど当分先、暮らすなどその先のことじゃな。嫌な予感が当たってしもうたの」 「なるべく早く調べるよう心がける。しばし待ってくれ」 「あまり慌てずとも良い。かように危ない場所ならば、まずはそなたが無事に戻ってくることが第一じゃ。さ、それより今日は疲れたであろう。ゆっくりと休め。寝床の用意はしておいたわえ」 甲斐甲斐しいローザ様には、違和感を覚える。 それだけ案じてくれていたということならば、ありがたく思わねばならぬ。 一日のうちにあれだけの数の敵を相手にするのは、初めてのことだった。それゆえ、己で思うより疲労していたのか、寝台に入るなり、前後不覚だった。
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