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 同じことを考えた者も少なくなかったらしい。
 地表への主転送装置の付近には、重装備のハンターズたちが集まっていた。
 その中でも、長身のヒューキャストの姿はよく目立つ。
 黒いボディで、ヒューキャストの中でも更に並外れた長身、痩躯。
 てっきりロアだと思って近づこうとして、我はそれが別人だと気付いた。
 が、その時にはヤンは声をかけてしまっていた。

「お待たせ!」
 振り返ったヒューキャストを見て、ヤンは口元を押さえる。
 彼の頭はいわゆるバードタイプと呼ばれるもので、鳥のくちばしのような形状をしている。ロアはヒューマンタイプU型だ。
 アンドロイド同士であれば、組み込まれた識別パルスで互いを判別することもできるが、我等は目に頼らねばならぬ。
 よく見れば、背後からでも頭部の形状の違いは分かるとは言え、これほど体格が似通っていればヤンが間違うのも無理はあるまい。
「すまぬ。人違いのようだ」
 ヤンは真っ赤になって硬直したまま、詫びの言葉も出ぬようで、我が代わりに告げた。

「いいえ。気にしないでください」
 妙なものだ。
 顔らしい顔のないアンドロイドにも関わらず、笑っていることが分かる。
「お仲間を探しているのですか? 私と似たヒューキャストは、見かけていませんが」
「そう。ありがと」
「はい」
 まただ。
 笑っているのが分かる。
 声の含む表情のせいだろうか。
 なんにせよ、ロアはまだ来ておらぬらしい。

 転送装置からは、次々と人が降りていく。
 先にも思ったが、みな重装備だ。
 愛用のヴィスク一丁持ってきただけの我とは、ずいぶんと違う。
 重装備で無理に進むより、軽装で様子を見て、危険であれば戻り、あらためてそれに応じて装備を整えたほうが良いと思うのだが。
 ヤンもきわめて身軽だ。
 武器すらまだデータ化したままデータバッグの中に仕舞ってあるのか、手ぶら。特にオーバープロテクターを着込むことはなく、通常のフォマールの衣装そのまま。
 ましてそこに現れたロアなど、人の背丈ほどもある大剣一つ、肩に担いでいるだけだった。

「待たせたな」
「おっそーい! おかげであたい、人違いして恥かいたじゃないのさ!」
「俺のせいにするな」
「もー、なんでアンドロイドって、みんな似たりよったりなのさ」
「そうでもないだろう」
「そうよ! だってあれ見て……あれ?」
 ヤンが振り返った時には、バードタイプの黒いヒューキャストはいなくなっていた。
 ラグオルに降りたのだろう。
「後ろから見たらそっくりだったのよね。性格はずいぶん違ってそうだけど」
 以前に擦れ違ったことを除けば先刻会うたばかりの相手に、大した言いようだ。
 もっとも、口調一つとっても全く異なっているのは事実だ。性格も大幅に違うかもしれぬ。
「そいつも下に降りてるなら、いずれ会うこともあるだろう。俺たちも行くぞ」
「よーし、ドッカーンといくわよ!」
 よく分からないことを嬉しそうに言って、ヤンは先に立って転送装置に乗った。

 転送先は、深い森の中だった。
 森林公園として開発していたものらしい。
 道が整えられ、ところどころに街灯が立っている。
 空気が違う。
 これが、かつてのテラの空気なのだろうか。
 軽く、薄い。そして、微かだが甘い香がする。
 木々の上を見上げると、雲一つない空の際にドーム状の屋根が見えた。
 何処も破損していないようであるし、規模も違う
 とすると、シップから見えた建物はまた別ということか。
「これが……ラグオル」
 囁くようなヤンの声でふと我に返る。
「あたいたちの、新しい星か……。信じらんない。シアターで見たファンタジームービーそのまんまだわ。すごい」
「何事もなければ、な。だが、どうやらそうもいかんようだ」
 ロアは手にしていた大剣を肩先で弾いて浮かせた。

 獣の唸り声と、銃声。
 断末魔の悲鳴。
 あれは、人のだ。
「ふん。面白そうだ」
 言って、ロアが真っ先に歩きだした。
 ヤンはセプターを物質化し、強く握り締めて後を追う。
 我もそれに続く。

 道を辿って小さな広場に出た途端、惨状だった。
 人の死体を見たのは初めてなのか、ヤンは小さな悲鳴を上げて立ちすくんだ。
 ロアは無造作に屍をまたぎ越して、惨状の主へと近づく。
 二足歩行の獣だ。
 頭は犬科に近いが、体に比しては大きい。首らしき部分がなく、胴に直接頭が乗っているかのようだ。
 数は三匹。
 どれも、巨大な口と手の爪が、血に濡れている。
 僅かに恐れる様子もなくロアはそやつらの正面に進み、大剣をふるった。
 この生物はどういう構造の皮膚をしているのか、その一撃で両断されることもなく向かってくる。
 一太刀で倒せるものと思っていたのか、ロアの次の攻撃が間に合わぬ。
 そこに、上空から雷の雨が降った。
 気をとりなおしたヤンだ。
 その隙にロアがあらためて剣をふるう。
 右の一匹が刃を逃れておる。
 とっさに撃つ。
 狙いは外れず、弾は右目に命中した。
 いかに強靭な皮膚を持っていようと、目や口は別だ。
 脳まで弾が届けば、たいていの生物は死ぬ。

「なるほどな。軍の奴等では進めんはずだ」
 ロアが獣の屍を足で仰向けにすると、その傍に屈んだ。
 爪と牙を検分し、毛皮に触れる。
「大した強度だ。下手なフォトンナイフより切れそうだぞ」
「よくそんなの触れるわね、アンタ」
 ヤンは顔をしかめている。
「敵のことはよく知っておくに越したことはない。それより、この分だと今降りた連中も、大半はこいつらの餌になってるな」
 不吉なことを言い放って、ロアは膝をのばした。

 それは、外れてもいなかった。
 行く先々で人間の死体やアンドロイドの破片に出会う。
 よく晴れた空に蝶まで飛び交っているというのに、ひとたび地上に目を下ろせば、凄惨きわまりない有り様だ。
 いったい政府は、どういう基準で派遣するハンターズを選んだのか。
 ほんの子供にしか見えぬ死体もある。
 そう言えば、ヤンもまだ二十歳にはなっておるまい。
 よくよく近くで見てみれば、どこか顔立ちは幼い。
「なに? あたいがどうかした?」
「いや」
「変なの。ねえねえ、そういうとアンタさ、どうしてそんな変なマスクつけてるの?」
 ヤンはそう言って、我のアイガードを指さした。
 辺りに殺気はない。
 ここらで小休止も良いかもしれぬ。

「光が苦手ゆえな」
「ふーん。べつに顔隠そうっていうんじゃないんだ?」
「ああ」
「でもさでもさ、そんなのつけてて邪魔じゃない?」
「慣れておる」
「視界は狭くなるんじゃないのか?」
 大剣を前に突いて、ロアが木立に寄り掛かった。
「いや」
「それならいいんだがな。おまえの前に出て暴れるからには、それが気になってた」
「案ずるな。この距離では外さぬ」
「だろうな。大した腕だ。俺のやり残し、全て目を一発か」
 ほう。
 無造作に切り倒して進んでいるように見えて、よく見ておるものだ。
 戦いぶりを見ていても分かるが、ロアは実戦経験が豊かだ。テラでも、危険生物、俗に言うクリーチャーの駆除などを請け負っていたのだろう。

「ふーん……。アンタたち、こういうの慣れてるのね」
「まあな」
「あたい実は初めてなのよね、こういういかにも戦闘オンリー、っていう感じの仕事。なんかわけ分かんないままやっちゃってるけど、邪魔じゃない?」
「狙いが正確なら、それでいいさ。俺の上に雷落とされてはたまらんがな」
「そんなことしないわよ! ……たぶん」
 分からずにやっておったのか。
 そのわりには、ロアの攻撃の隙を補っているよう見えたが、だとするとこれも才能であろう。
 少女とも言えそうな娘にそんな才能があったとて、不似合いだが。
「さて、いくか」
 ロアが大樹の幹から背を離す。
 先刻見えていたドームの屋根は、だいぶ近くに迫っていた。


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