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「No.93652、ジーン=M=クガ。本日正午、本船内第七司令室への出頭を命ずる」 午前八時。 訪問者はそれだけ言って去った。 いかにも軍人らしい、頭ごなしの命令だ。 ラグオルの異変から二日が過ぎ、ようやく我等のところにも騒動の種は回ってきたらしい。 いまもって市民には、何があったという報告は成されておらぬが、同時に、何事もなかったという報告もない。つまり、何事かはあったが、それを一般市民に通達できぬ事態に陥っているということだ。 そこへきて、ハンターズ登録ンバーを冠してのフルネームによる召喚、それも、コールやメールではない、訪問にての伝達となると、話の内容など聞かずとも見当がつく。 ましてやその出頭場所が母船とくれば、なおのこと。
軍部や政府関係者だけでは埒があかぬと見て、ハンターズを使うことになったのだろう。 我等は所詮、ただの駒。人の代わりに駒を動かさねばならぬとすると、ラグオルには何か、極めて危険なことが待ち受けているのだろう。 この程度のこと、子供でも推測できる。 らしくもなく、ローザ様までが不安げに我を見る。 もし我に何かあった時には、ローザ様はいったいどうなるのか。 そのことだけが気がかりだ。 危機に対する恐怖や不安はない。 主から死ねと言われれば死んで見せねばならぬ身に、今更そのようなものはない。
「ジーンや」 出掛けようとしたところで、背後から呼び止められた。 「なにか」 「……これからのこと、口止めもされようが、わらわにだけは話してくれような?」 「むろん」 「それならば良いのじゃ。何も分からぬまま案じておるのほど、詮無いことはない」 「我のことならば案ぜずとも良い。生きて帰れと貴方が言うならば、我は死ぬわけにはいかぬのだ」 「そうじゃ、な」 あるかなしかの微笑を見せて、ローザ様は軽く手を振った。
母船に渡るのは、これで三度目。おおよその地理は覚えている。 第七司令室は、八層構造になっている母船艦橋部の、最上層にある。 母船の大部分は人工的な田園とビルの林立する都市で構成されているが、艦橋部は軍と政府の施設に占められ、活気よりは殺気、あるいは危機感のようなものに満ちていた。 道々、明らかにハンターズとおぼしき者たちを見かける。普段は決して母船には足を踏み入れられぬ身ゆえ、これは全て、我と同じく招聘された者と見てよかろう。 それぞれに指定された場所は異なるらしく、進む方向は様々だ。 その誰もが、艦内の地図になど目もくれぬ。 どうやら呼び集められたのは、それなりに腕の立つ者たちだけであるらしい。 一流のハンターズならば、地図など一度見ただけで覚えているものだ。
エレベーターは艦橋の左右に二基ずつあり、目指す場所に最も近いのは、左側、奥のものだ。 重力反転式のエレベーターはどうにも好かぬのだが、乗らずには上に行けぬのではやむを得ぬ。 エレベーターホールへと歩く内、一つだけ立ち止まっている姿を見つけた。 娘が一人、壁に張り付けられた金属プレートの地図を見上げている。 どうやらあの娘、少し前に会った元気の良いフォースのようだ。 ハンターズとしての招聘ゆえ、身につけているのは規定のドレスめいた衣装だが、人の顔は一度見れば覚えられる。瓜二つの娘がいるというのでなければ、間違いはあるまい。 彼女も召喚されたのだろうか。地図を見て、それでも道が分からぬ様子だというに。 「あーっ、もう! なんでこんなにややこしいのよっ!」 そんなことを思っているそばから、彼女のわめき声が通路一杯に響き渡った。
「いったい何処よ、ここ!?」 大声で叫ばずとも良いものを。 彼女は激しく地団太を踏んで、膨れっ面で腕を組んだ。 そうしてやっと我に気付いたらしい。 「あ、ちょっとちょっと、そこの人。アンタも呼ばれてここにきた……の……? あれ?」 「久しいな。我を覚えておるか」 「アンタ、あの時の! 忘れるわけないでしょ。変なマスクつけてそんな妙な喋りかたするのなんて、この船広しと言えどアンタくらいのものよ。ちょうど良かったわ。ねえねえ、ここどの辺だと思う?」 言いながら、娘は視線を地図へと促した。 街路図と違って、この地図には現在地が記されていない。そのために、この場所が何処かすら分からなくなっているらしい。 この分では、ここが何処かを教えてやったところで、また先で迷子になりかねぬ。
「まるで逆方向でなければ、連れていってやるが」 「ホント!? 助かるわー。あたいさ、一回行ったところは忘れないんだけど、地図頼りに知らないところ行くのって苦手なのよね。えっとね、あたいが呼ばれたのは、第七司令室なんだけど」 「なに?」 我と同じ場所か。 「どうしたのよ」 「いや。どうやら、行き先は同じのようだ」 「えっ、そうなの!? そっかー。じゃあ、しっかり連れていってよね」 この娘、口調や様子こそ違うが、何処かローザ様に似ておるな。 人によってはこういう態度は腹に据えかねるのであろうが、我にはよく馴染んだ気配だ。
娘は道々、ひっきりなしに喋り続けている。 すれ違ったレイマーが眉をひそめたのにも、気付いておらぬらしい。 最初は我の少し後ろについて歩いていたのが、いつの間にやら一歩前に出て、誰もいない正面に向けて、それでも話が途切れぬ。
「それにしてもさー、政府があたいたちになんの用だろうね」 「ラグオルの調査であろう」 「なによ、そのあっさりしたの。つまんない男ねー」 「そうか」 「な、なにアンタ。どっか壊れてる?」 壊れてる、と言って伸びあがり、わざとらしく我の頭を軽く叩く。 人懐っこい娘だ。 「壊れてはおらぬ」 「ほら、またそれ。なんかさ、むかーしのアンドロイドじゃないんだから、もっとレアな反応ってあるでしょ」 レア? 生? それとも希少? どちらにせよ、どんな反応だ、それは。 「なによ黙っちゃって。暗いわね」 「そうか」 「ああもう、またそれっ。ちゃんとこの中、脳ミソ入ってる? 今時、中古のAI入ってたってもう少しはマシな反応するわよ」
我の反応が乏しいのが不服なようだが、こればかりはどうしようもない。 「もー、つまんないっ」 我にしてみれば、この娘の感情こそが分からぬ。何故こうも次々と変化するのか。 先刻まで笑っていたかと思えば、今はどうやら怒っているようで、大股に先へと歩いていく。ついていくのに困る速さではないが、 「何処へ行く気だ。第七司令室はこちらだ」 だからといって、余計な回り道をしている時間はない。 「わ、分かってるわよ、そんなこと! こっちに何があるのかなって、ちょっと見てみただけよっ」 「寄り道をしている余裕はない。間もなく正午だ」
「………」 「?」 「アンタ、それ、本気で言ってんの?」 「それ? なんだ?」 「……もういい。アンタやっぱり、どっか壊れてるわ」 よく分からぬ。 分からぬが、不快ではない。怒った様子を見ているのも、悪くはない。どうしたところで愛敬のある、憎めぬ娘だ。 「行き過ぎてどうする」 第七司令室の前を通り過ぎようとした娘を呼び止めると、くるりと振り返った彼女は、真っ赤な顔をして一歩引き返した。 ……もしやこの娘、やはり道を覚えてはおらなんだのか。 我より先へ先へと行くものだから、歩きながら現在地を把握して、もう道も分かったのだろうと思っておったが……。 「失礼しますっ」 我に当たりたい分だろう。不必要に大きな声で言って、娘は司令室のドアを開けた。
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