竜を制するは静かなる暴君

 伝達経路は、こうだ。
 ジャンカルロ=モンタギュー → ラッシュ → ベータ → ジーン → タイラント → レイヴン。
 ベータ以下の四人が、招待された研究所についた時、そこには同じようにして招かれた客たちが大勢いたが、全員もう帰るところだった。どうやら伝言ゲームのどこかで、時刻の伝達ミスがあったらしい。
 遅れてきたベータたちに、帰ろうとしている客の一人が、不機嫌な顔で告げる。
「君たち、遅れて来るくらいなら来ないほうが良かったよ。いや、来るな、というんじゃなくてだね、足を運んだだけ無駄だからさ」
「どういうことですか?」
 レイヴンが問い返すと、
「くだらん。まったくくだらん。使えん武器など、まったく意味がない。くだらん。無駄な時間だったよ」
 相手は憤慨して「くだらん」を連発しながら、寄せられたエアモービルに乗り込んでいった。

 ベータとレイヴンが顔を見合わせる。
「帰るか」
 タイラントが言うが、
「まあ待てよ。くだらんならくだらんなりに、面白いかもしれないだろう。話の種に、使えない武器ってのを見せてもらおうぜ」
 そしてベータはさりげなくジーンの肩に腕を回して、さっさと中に入っていった。
 呆れるタイラントと苦笑するレイヴンも、後を追う。

 中に入ると、がらんとした第一開発室に、モンタギュー博士とラッシュがいた。そしてラッシュが言うには、
「ようやく主賓のおでましだ」
 は? と思わず問い返すベータ。
「彼等かい、君が一押しだって言うのは。ウフフフ、楽しみだねぇ」
 若きニューマンの科学者は、薄い唇に好奇心という名の笑みを浮かべる。
「まあ、これを見てくれないかい」
 そして、メンテナンス台の上を覆う白い布を取り去った。

 そこにあったのは、一振りの大剣だった。
 フォトンの色が淡い金色からグリーンへ、かすかに揺らめいている。
 結合が強くなると、フォトンの色が緑から青、紫、赤、黄色と変化しいくのはよく知られている。そして、特殊な性質を持ったフォトンに、この「揺らぎ」があることも。
「実は、これは僕が、ドラゴンの生体フォトンから作り出したものなんだよ」
「ドラゴンから……?」
「このジャン博士はな、生体工学の第一人者だ。そして、今はその知識をいかして武器開発にも携わっている」
「そういうこと。まあ、ラッシュくんからね、ラグオルの生物の、高濃度の生体フォトンを加工したら、何か面白いものができるんじゃないか、なんてそそのかされたものでね。ウフフ」
「俺はただ、君が喜びそうなネタを提供しただけのつもりだが?」

 科学者同士の話は、腹と腹の探りあいを楽しんでいるようで、見ているベータには疲れるものがある。タイラントは前口上の無意味さにムッとしているし、レイヴンは素直に感心している。ジーンは何を考えているのかまるで分からない(実は、何故自分がここにいる必要があるのかという疑問について考えていたりするのだが)。

「まあ、それで、これが完成品なんだけれどね、いや、僕としたことがちょっと計算を間違ったらしくてね。ええと、君はたしかベータくんだよね。これ、持ってみてくれるかい? 持ち上げるだけでいいんだけど」
「? ああ」
 大剣となると、自在に振り回すことはできないが、持つだけならば大したことはない。
 そう思ってベータが手にしたのだが、それは、台の上からほんのわずかに浮いただけだった。
「なっ、なんだこりゃ」
 ベータが渾身の力を込めて、やっとそれだけである。茫然と台の上の大剣を見下ろす。
「いや、ちょっとした計算ミスなんだけど、どうやら固着フォトンの結合が強すぎてね、ナノ立方メートルあたりの質量が……」
「ジャン。そんな話をしたって彼等には分からんぞ。とにかく、とんでもない重量になってしまったんだ。ヒューキャストなら、と思って、完成品の披露に合わせて何人か招待したんだが、先に来てくれた連中は全員駄目だった。持てはするが、とても扱えるなんて様じゃなくてな。しかし、たしか君たちのパワーポテンシャルは、平均的なアンドロイドとは比較にならないはずだ。俺は、君たちにならば扱えるんじゃないかと思ってね。ベータを通して来てもらったわけだ」
 ラッシュはタイラントとレイヴンを見やった。

 何故ベータを介して(本当はそこからタイラントかレイヴンに直通のはずだったのだろうが)自分たちを招いたのか、ようやく納得がいった二人である。
「レイヴン。ベータであれだけ浮くなら、おまえには軽いだろう」
 タイラントが淡々と隣の弟を見やる。
「お、頼もしい言葉だねぇ。フフフフ」
「どうでしょう」
 レイヴンが前に出て、大剣の柄に手をかける。
「あ、たしかに重いですね、これ。でも、これなら重さだけでものすごい切れ味になりますよ」
 重いと言いながら、片手で呆気なく持ち上げてしまった。
 それを少し離れて二度ほど振り、「はい」とタイラントに差し出す。それを、タイラントもまた片手で受け取った。

 レイヴンほど軽々とはいかないようだが、よろめくようなことはない。
 両手で柄を握り締め、前に構える。
 その重みを、腕全体で確かめているようだった。
 そして、
「気に入った。使える奴がいないなら、俺にくれ」
 きっぱりと、二人の科学者を振り返る。
 それから、
「いいな?」
 とレイヴンに問う。むろんレイヴンの答えは
「はい」
 で、二人の科学者は、それが当然とでも言うように、満足そうに頷いた。


(END)