Gentle Mgician

 何故―――

 

 それは、闇の中に落ちた、水滴の波紋のようだった。
 微かに響きながら広がり、俺のもとへと届いた。
 不思議な響きだ。
 透明な哀しみと、痛み。
 疑問と、やりきれなさ。

 人間の感情にはさんざん慣れた俺だからこそ、それが異質であることが分かった。
 それは、人間のものに比べればシンプルで、混ぜ物が少ない。
 雑多なノイズのない、―――好きな言葉ではないが―――純粋な嘆き。
 いったい何者がこんな感情を発露しているのか。
 俺は左手の銃を確認し、届く嘆きの方向を探った。

 

 何故―――

 

 思念を読めるというのも、厄介だ。
 他に俺と同じ力のある奴がいるのかどうか、そいつらはどうなのかは知らないが、俺の場合は共鳴するからなおのこと始末に困る。
 意識して区別しないと、俺自身がそんな感情を持っているように感じてしまう。
 俺自身が、なにかに悲嘆しているような気分になりかける。
 耳障りな、という言葉が適当かどうかは分からないが、鬱陶しいノイズのないこの感情は、より強く俺に降りかかってくる。
 俺のものでないことはこの上もなく明白なのに、染まりそうになる。
 仕方なく俺は、この思念の方向へと自分の意識を凝らした。
(やかましい。黙れ)
 俺自身の、方向性を与えた強い思念で、何者かのそれを押し返した。

 途端、相手が驚いたのが分かった。
 相手が俺の思念を感じ取ったことも分かった。驚きの中にそれが含まれていたからだ。
 思いがけない返答を寄越されて驚いた、と俺も微かに感じている。
 ならば相手は、分かりやすく言えば、テレパスということか。俺と同じ。
 なんにせよ、気付かれたなら考え方は変える必要がある。
 事と次第によっては、消したほうがいい。

(俺の意識が読めるか)
 相手の思念に向けて問う。するとすぐに、
(おまえはニンゲンだな。ニンゲンが何故私と通じる)
 答えが返ってきた。
 ニンゲン、というイメージがひどく無機質だ。
 そして、そんなふうに言うならば相手がニンゲンでないことも、間違いない。
(おまえは何者だ。人間ではないわけか)
 更に問うと、少しのためらいと迷いが感じられた。
 そして、やがて決意。
(私は)
 一瞬途切れ、途端、俺の目の前に淡い赤紫に発光する生命体が出現した。

(―――だ)
 私だ、と考えたのだろう。なるほど、カオスソーサラーというのは人間が勝手につけた名前だ。こいつら自身は、自分の種族名などつけてはいないということか。
 人間の言葉は、学習したに違いない。
 いや、染まった、と言うべきか。
 こいつは最初から人間語で嘆いていた。つまり、学んだのではなく、自然に吸収したということだろう。
 ジーンから聞いたし、実際に俺も感じていたが、ずいぶん人間的な小賢しいエネミーも増えてきた。言葉はなくとも、意図的な戦い方をする意思を持った連中だ。
 それにしても、まさか言葉まで覚えたものがいるとは予想しなかった。
 しかもこいつに、敵意はない。
 あるのは、戸惑いと驚きと、俺―――いや、ニンゲンという種類の生き物に対する、哀しみと嘆きだ。それから、思念で会話できる俺への興味。
 そして……俺は見た。
 ソーサラーが脳裏に思い浮かべた記憶の映像を、俺もまたぼんやりと見た。
 そして、感じた。
 奴は俺を見て、かつて見た、俺そっくりの人間について思い出していた。

(そいつは俺の弟だ)
 俺が言うと、ソーサラーは弟という単語について思考した。
(同族とは異なるのか)
(人間という種族には、親を同じくする兄弟というのがいる)
 俺は、一組のオスとメスから新たな生命が誕生するイメージをソーサラーに送った。
 ソーサラーはひどく驚いたが、納得したらしい。
(俺とそいつは兄弟だ。外見が似ているのは、双生児という特殊なケースだからだ。親からほとんど同じ要素をそれぞれに組み込まれ、同じ時期に生まれる。必ずしもそっくりとは限らないが)
(そうか。それがニンゲンか)
 人間という生き物のメカニズムの一つか。ソーサラーはそう納得していた。

 言葉の不足など、俺には少しも問題ではない。
 もっとダイレクトなものが感じられる。
 ソーサラーの持っている俺への興味が大きくなり、嘆きの色が薄れた。
 俺もまた、このソーサラーへの興味を覚えていた。
 ジーンとベータから、それぞれに聞いている。
 もともとはベータから聞かされたことだ。遺跡でジーンを助けたカオスブリンガーがいるらしい、と。すぐに理解できた。だからジーンは俺に、「戦おうとしないブリンガー」がいないかしらべてくれと言ったのだろう。
 俺がそのことについてジーンに問うと、あれは俺の前にブリンガーの腕を出して見せた。これだけが何故か分解されずに残ったのだと。
 昔のジーンならば考えられないことだ。そんなものを拾うはずもない。本人に自覚はないのだろうが、その腕になにか意味を見出したということだろう。置き去りにするにはしのびない、と。

 その後、敵ではないエネミー……矛盾した表現だが、そういう奴等がいるのであれば、共存できないかという話になっていった。
 ベータを通してあのラッシュに話がとおり、その中で俺は、おまえならこれの組成を調べて有効活用できるだろうと、ブリンガーの腕を押し付けた。結果、カオスブリンガーの腕はライフルとなり、ジーンの手にある。
 それら一連のやりとりの中、俺は次第に詳細を知っていった。
 積極的に助けたのはカオスブリンガーだったが、そいつに頼まれてレスタをかけてくれたカオスソーサラーがいたと聞いている。
 つまり、こいつがそうだということだ。
 ジーンが言うには「頼まれるがため仕方なく」のようだが、レスタを用いて傷を癒してくれた相手。
 そして、後日かけられた謎のレスタの、おそらく正体。

 ソーサラーは俺の思念に、同調できるわけではないらしい。
 俺が黙ってしまった―――意識を自分の内側に向けて思考しはじめたため、どうしたのかと訝り、警戒を強めたのが分かる。
 こいつは謎の生命体だが、俺にはそんなことはどうでもいい。ジーンを助けたならば、敵対するのでないかぎり、俺の敵にはなりえない。
(弟から聞いた話を思い出していただけだ)
 と俺は伝えた。伝えながら、我ながら面白い真似をしていると思った。いまだかつて、弟以外の人間相手にこれほどまともに受け答えしてやったことがあったか? 記憶にあるかぎりでは、ない。
 面白がっていることもソーサラーには分からない。俺はそのまま言葉を続ける。
(おまえか。あいつにレスタをかけてくれたのは。その後も一度救ってくれたようだな)
 問うと、言葉ではなかったが、肯定したのが感じられた。少しばかりの引っ掛かりがある。助けたいと思ったわけではないここと、人間に殺されたブリンガーに対する疑問、何故こんなことに、という疑問がそれだ。
(礼を言う)
 答えは、哀しみだった。

 俺と会い、ジーンのことを思い出したことで、必然的に「通じ合う相手」―――ソーサラー流の表現だ。陳腐な言葉にすれば、友とか仲間になるのだろう―――だった背傷のブリンガーと、その末路まで思い出したせいだ。
 俺に向けた言葉ではなく、また落ちる水滴の作る波紋のように、ソーサラーの思念が広がり届く。
 何故ニンゲンは、と。
 殺すのだろう。
 なにもしていないのに。
 そして、言葉にならない思念。感じ取ったものを翻訳するならば、「たしかに私たちの多くは敵かもしれないが、私と彼はそうではなかったのに」といったところか。多くの敵のイメージ、向かい合うイメージの中、二つだけの点がまったく別の空間にいる感覚だ。

(それが人間だ)
 と俺は答えた。ソーサラーは、話し掛けていないことまで俺に読まれたことで、今までよりはるかに大きく驚いた。
(俺はおまえとは違う。そこにある思念を全て感じ取る。おまえのように話し掛けられればよりはっきり分かるが、そうでなくても、感覚、感情、意志、そういったものを共有するんだ。俺が望まなくてもな)
(特別なのか?)
 その言葉には、より優れたものというイメージがあった。俺は思わず笑う。
(異常というんだ)
 言葉と同時に、届くかどうかと思いながらそのイメージを送った。相手の思念を俺のものに染めるやりかただ。ただし、加減してイメージを伝えるだけにする。相手がテレパスならうまくいくかもしれない。
 俺が思ったとおり、ソーサラーと俺の感覚が多重構造をなすのが分かった。

(おまえも『エネミー』か)
 と、ソーサラーは思った。
 なるほど。
 人間にとれば俺は「エネミー」、相容れず、共同生活から除外すべき存在かもしれない。
(そんなところだ。外見が人間と同じだから、紛れ込んで生きているだけかもな)
(そうか)
 あっさりと、ソーサラーの意識の中で、俺は人間ではないものに分類された。外見は人間だが、人間ではない別の種族。そこまで自分を特殊だと思ったことはないが、訂正する必要もあるまい。

 まあいい。
 嘆くソーサラーというのは珍しいし、こいつがジーンを助けたプリンガーの仲間だというのも間違いないが、だからどうということはない。
 殺す理由はない、というだけだ。
 いつまでもこいつに構っている理由もない。
 俺には俺の仕事がある。
 金は必要ないが、軽い運動は嫌いじゃない。

(じゃあな)
 興味は失せた。
 この場にいると、こいつの思念が届いてくる。
 今は俺への興味で薄らいでいるが、それがなくなればまた、何故と嘆くあの鬱陶しい感情を浴びることになる。
 「何故」。
 それは、俺の胸の底の、嫌な記憶を揺さぶろうとする。
 嫌な言葉、嫌な感情だ。
 束の間なら他人事、無視もできるが、うっかりと引きずられたくはない。
 去るに限る。
 ソーサラーに俺を引きとめる気はない。
(ああ)
 と肯定しただけだった。

 それきり、去ることができれば良かった。
 だがそこに、不意打ちでアンドロイドが二体現れた。
 俺は、人間の思念なら鬱陶しいほど感じ取ることができるが、アンドロイドのそれはよほど強くない限り分からない。捕捉ができなかったのはそのせいだった。
 そして、ソーサラーと俺とが向かい合っている状態をどう思ったのか、そいつらはすぐさま戦闘態勢に入った。
 狙いは無論、まずはソーサラーだろう。
 だが、強い思念は分かる。エネミーを片付けた後は、俺だ。剣呑な殺意。

(行け。逃げろ)
 俺を襲う気があるなら、こいつらはタブーの外れた殺戮機械だ。
 消しても良かろう。
(助けてくれるのか?)
(おまえは俺の弟を助けた。借りは返す)
 どちらにせよ、俺を殺すつもりもある以上、こいつらは敵だ。
 叩き潰せばいい。

 トリガーを引く。
 遺跡のエネミー相手に調整をかけたこいつは、金属製の体にはあまり有効じゃない。
 その一発を境に、殺意がすべて俺に向く。
(「借りは、返す」……)
 今がチャンスだ。俺の言葉の解釈なんてしてる場合じゃない。
(いいからとっとと行け。どこか人間の来ないところへ行くんだ)
(……私に生きることを許したニンゲンは、おまえが初めてだ。―――またどこかで、会いたいものだな)
 ここから遠くへ離れる意思と謝意。そしてそんな思念を残して、ソーサラーは消えた。

 この俺に、また会いたいなんて思った奴は初めてだ。
 笑える。
 笑えるが、―――俺が笑うのは、こいつらが面白いからだ。
「おい、おまえ……」
「AIのイカレた殺人マシン。おまえらの殺気は、悪くない。遊んでやる」
「……後悔するぞ」
 どっちが。
 もっとも、後悔するほうが先か、消えるほうが先か。
 少しは楽しませてくれるんだろうな?

 そう。
 俺には、こっちのほうがお似合いだ―――。

 

(END)

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 しかも、珍しくGの独白調です。