なんだかんだと、言いながら

 理屈じゃない。
 その爆発が起こった時、ヤンはなにも考えず、ただ隣の小さい子供に飛びついて庇った。
 熱風が叩きつけられる。
 痛かった。
 スーツで守られた体はともかく、剥き出しの耳、庇いきれなかった頬がまるごと剥がされていくようだった。

 それでも、やはり剥き出しの手で、体の下に子供を庇って身を丸めても、懸命に帽子を押さえた自分に気がついて少し可笑しかった。
 黒い髪は、自分でも好きだ。
 顔の火傷も嫌だけれど、ちょっと、ハゲよりはいいかもしれないなんて。
(あたい、バカ?)
 小さく笑う。
 もぞ、と胸の下で子供が動いた。
 大丈夫。あたいが守ってあげるから。
 動かないでと言うかわりに、ぎゅっと抱き締める。
(なんであたい、こんなことしてんだろ、こんなヤツに)
 大きな三白眼。
 「好き」だったり、「可愛い」と思ったことなど一度もないのに。
 可笑しくなる。
 だが、退こうとは思わず、守ってあげるという気持ちも、変わらなかった。

 


 

「他愛ねぇな」
 青いスーツのヒューマーが、フォマールの少女の体に足をかけ揺する。
 そのまま顎をしゃくると、小さな端末機器を持った小男のレイマーが近付いてきた。
 PPCのロックを解除し、そっくりいただこうという寸法だ。
 最近、スナッパーが増えてきた。
 昔は詐欺に近かったが、今は力ずくだ。
 A、Sクラスのハンターズの所持品が格段にレアで高価になったため、こういった荒稼ぎに伴うリスクを払っても、元がとれるようになったせいだと言われている。
 あるいは、力を手にしたハンターズが、英雄たれる場所をなくし暴走しているのだと。
 そんなことは、「彼」にはどうでもいいことだった。
「案外焼けないもんスね。ボスのギフォはかなりエゲつないと思うんスけど。フツー丸焼けっしょ」
「勘付かれたからな。あのガキ」
 お人好しのヤンならばともかく、「彼」には難儀している好青年を装った男の本心などあからさまに知れた。
 うかうかと傍にいるヤンに、離れろと言った。

 軽率だったと腹が立つ。
 珍しいほどタチの悪い連中に、少し焦ったのかもしれない。
 そして、まさかこんなことになるとは思わず、驚いたせいでカバーが遅れた。
 ヤンは、なにもしなければ良かったのだ。
 そうすれば自分がラバータで遮蔽結界を作ったのだ。
 だが思いも寄らない彼女の行動に驚き、自失した。
 絶対あたいが守ってあげるから。
 そう繰り返し、言い聞かせるように念じる思いに茫然とした。
 そのせいで遅れた。
 そのせいで、ヤンは自業自得ではあるが、覚えずに済んだ苦痛を覚えたことになる。
 ともあれ今、「彼」は機嫌が悪い。
 気分も悪い。
 消し飛ばすなら一瞬だが、思い知らせてやりたい気分になっていた。

「いいきになるな、くずが」
 ヤンの体を押し上げて横に転がし、下から出た。
 気付かれないようにかけ続けていたレスタのために、ヤンの被害は髪、というところだろう。しばらくはベリーショートにするしかなさそうだ。帽子を押さえて髪を庇ったのは、普通ならただの馬鹿だが、この場合は結果的に、なかなか賢明だったことになる。
 這い出しながらギバータを撃っていた。
 男のPPCは凍結し、手ごと氷塊に閉じ込められている。
 逃げようとした小男に、加減なしでグランツを叩き込んだ。
 硬直し跳ね上がった体が、直後、爆散した。
 なにをしたのか、他の二人には分からなかったようだ。
 理解ができず、ゆえに恐怖もそこにはなかった。
 だがそんなことは、構うことではなかった。
 今からゆっくりと教えてやろう。
 狩られる恐怖を、味わってみるがいい。

 


 

 目覚めるとそこは病院で、少しだけ頬と手の甲が痛かった。
(あたい……なんともない? 助かったんだ)
 白い天井を見上げて思った途端、
「だれといたとおもってる」
 小生意気な子供の声が聞こえた。
「あっ」
 と叫んでヤンが起き上がると、ベッドの傍らでスツールに腰掛けて、足をぷらぷらさせているGがいた。
「おまえが よけいなことしなければ、もっとすまーとに かたづいたんだ。つきとばされたせいで たいおうがおくれた。ふん。かんしゃしろよ。おれが らばーたとれすた かけてやってたから ぶじなんだ」
「くっ……、かっ、かわいくない……っ」

 馬鹿なことをした。
 あの場合、ギフォイエから身を守るためにはラバータを持続させればよかったのだ。
 それを、後先考えずに飛びついただけとは。
 こんな軽傷で済んだのは、まぎれもなくGのおかげだ。
(でも、そんなとっさに頭回んないしっ。……かっこわる……)
 ヤンはベッドの上で膝を立て、頭を抱えた。
 途端、
「やる」
 ポンとなにかが足元に投げ出された。
「え?」
「じゃあな」
「ちょ、ちょっと!」
 顔をあげると、椅子から飛び降りたGは振り向きもせずとことことドアに寄り、伸びあがってドアノブを押し下げると、えらく苦労してスライドさせ、出て行った。
(……ドア開けるのにも苦労するような子供に負けてるあたいって……)
 可笑しいのか悔しいのか、よく分からなくなった。

「あーいうとこ見ると、ちっと賢いだけのただのガキなんだけどなぁ」
「あら、いたのベータ」
「いたよ。なんだよ、せっかく見舞いに来てやりゃあ」
「あんたのことだから、どうせ笑いに来ただけでしょ」
「まあ……んー、いや、まあな」
「なに、その歯切れ悪いの。っていうかさ、あんた仕事帰り? 普通着替えて来ない?」
「うるせえ」
「それに、レイヴンも? お見舞いに来てくれたの? 悪いわね。ありがと」
「いえ」
「おい、般若。俺と態度違いすぎるだろ」
「自業自得」
 それにしても、これはなんだろう。ヤンは足元の平たい箱を手に取る。
 重くはない。軽い。振るとカタカタ音がする。

 いったいなんだろうと箱を開けてみれば、入っていたのはテクニックディスクだった。
 しかも、ずっとほしかったギゾンデのLV30だ。
「え……、い、いいの、これ。レアなのに……」
 裏を返しても表から見ても、間違いなくLV30。最高位テクニックディスクに間違いない。負荷が大きいという理由で製造数が限られ、実質、手に入れることはほぼ不可能になっているレベルのものだ。パイオニア1の軍備の中には何枚かストックされていたが、手に入れるためには、かなり危険な区域に行かなければならない。
 ヤンが矯めつ眇めつしていると、
「つまり、ありがとうっていうことですよ」
 花瓶を日当たりのいい位置に置き換えつつ、レイヴンが言った。

「へ?」
「あの子が取ってきたんです。と言っても一人では入れませんし、ボイドさんたちは封鎖領域に入れませんから、私とベータさんがついていったんですけどね」
「え? つまり、えっと……、……これ、あたいにくれるために? わざわざ、発掘しに行ったの?」
「そういうこったな。親父よりは、かわいげあるかな」
「テクニックはそのまんまお父さん譲りですけどね」
「まったくだ。遺跡とは思えない楽な道中だったぜ。しかも一発で出たからな。そういうわけで、こういう格好なの。俺らがそろそろ帰ろうかってときに目ェ覚めたんだよ、おまえ」
「あ、そう……そっか。ごめん。ありがと」
「いえいえどーいたしましてお気づかいなくー」
「本当に楽でしたからねぇ。ちょっと不完全燃焼なくらいに」
「それはおまえだけ。フルであの補助かけられると、アラメラに殴られたってダメージ受けないだろ」
「ベルラもガードできますよ」
「見たかったな、それ」
 常人には想像もつかない異次元レベルの戦闘を堪能してきたらしい。

「それより、ベータさん、そろそろお暇しましょう。ヤンさんももう少し休んだほうがいいですよ」
「そうだな。じゃあな、般若。あ、そうそう。早いトコ髪、なんとかしろよ。すげぇ頭だぞ」
「えっ、ウソ!?」
「ちなみにフォトデータ、1枚100メセタな。一週間したら知り合いに撒くから、それまでによろしく。全部で5枚」
「最悪! っていうかあたいの寝顔撮ってるわけ!? マジ最悪!」
「冗談ですよ。そんなことしてないのは保証します。ほら、興奮させてどうするんですか。帰りますよ」
「ちぇー」
「出てけこの変態!! あ、レイヴンはまたね」
 賑々しく二人を追いだした後(正確には一人を追い出し一人を見送った後)、ヤンはテーブルに備え付けの手鏡で自分の顔を見て、がっくりとうなだれた。

 これでもティーンエイジャー、女の子なのだ。もともと化粧はしていないから、すっぴんを見られたと慌てる必要はないが、こういうすさまじい頭を人に見られたくはなかった。
 たぶん、なんだかんだでベータも気をきかせて、本当なら自分が目覚める前に帰るはずだったのだろう。そういうところは、ともするとレイヴンよりベータのほうがよく分かっている。
(あ〜あ。命があっただけめっけもんだけど、どうしよ、この頭)
 ベリーショートにするしかなさそうだが、はたして似合うだろうか。
 それ以前に、美容院に行くまでの間はどうすればいいのだろう。
(自分で少し切るか。うん。そうしよ)
 小さい頃は、お互いに散髪し合っていたのだ。美容院なんて気取ったところに行くだけのお金はなかったから、にわか美容師になったことは何度でもある。自分の髪も、そういえば昔は自分で切っていた。
 なんとかなるだろうと思い切りをつけて、ヤンは手に持ったままだったディスクをベッドサイドのテーブルに置いた。

 シーツを整えて、横になる。
 そこでふと気になった。
(あれ? あの子に話したことあったっけ。ギゾの30ほしいって……)
 仲のいい友達とのおしゃべりでも、なにかを「ほしい」と言うとねだっているような気がしてしまって、それが好きではない。クリスマスやホワイトデーを肴にして、彼氏がほしいだ、どこそこの店のあのブレスレットだと話すならいいが、こういう、本当にほしいものの話は、あまりしたくないのだ。
 それでも、どこかで話したのだろう。
 誰にも話していないということはない。

(そういえば……あいつには言ったこと、あったっけ……)
 あたいだって高レベルのディスクさえあればもう少しまとも戦えるわよ。でも仕方ないでしょ。手に入んないんだから。あんたみたいに不正な手使ってあれこれしてる奴にエラそーに言われたくないわよ。
 役に立たんフォースだと言われて、ついそんなふうに怒鳴りつけたことがある。
 案の定、レベルなど知ったことか、使いこなせてないと言ってるんだ、とぴしゃりとやりこめられた。
 まったく腹立たしい思い出だ。
 が、今は猛烈に眠くてうとうとと、既に半分は夢の中。
(あいつ、どうしてんだろ……。あんな小さい子、ほっといて……。可哀想よ……)
 探してあげようかな。
 そこまでぼんやり思ったところで、ヤンの意識は眠りの中に吸い込まれていった。

 

 (おしまい)


 

 「狩られる恐怖を、味わってみるがいい」。
 でも幼児。
 ドアを開けるのにも苦労する。
 ……ぷふっ。

 これは、「ヤンがとっさにみにを庇う」ところが書きたくて出てきたお話です。
 なんだかんだ言っててもそういう子だよなと。
 で、なんだかんだ言いつつ、報復は果たしてくれるぼうやです。

 ちなみに、みにに大人のときの記憶はありませんが、じゃあなんでギゾ30のことを知っていたのかというと、潜在意識です。
 だから、「もう30持ってたらどうするんだよ」とベータには突っ込まれてます。
 なんとなくまだ持ってないもんだと思ってたみには、そういえばそうかと気づき、「だったら売れば金になる」と答えてます。