「ちょっとこっちに来い」 ボイドの呼びかけを、Gは当然無視した。 来いと言われて行く理由などなにもない。このお子様はそういった思考回路を持っている。 「まったく」 しかし、いかに尊大極まりなくとも所詮はお子様、幼児である。ひょいと抱え上げられてしまった。 不愉快だという意思を、無言で睨みつけつつそっぽを向く、という方法で伝達するが、あいにくこれは通用しない。こんなことでうろたえてくれるような家主ではないのだ。 下ろされた場所は彼のすぐ足元で、それきりなにを言われるでもないし、されるでもない。 ならばまったくもって、呼びつけられる理由などない。Gは幼児らしくない三白眼を四白眼くらいにしてボイドを睨み上げた。
ボイドは難しい顔(雰囲気的に)をしてGを見下ろしたまま、やはりそうかと確信する。 なんの用もなく呼んだわけではないし、自分の足元に寄せたわけではない。知りたいことがあったのだ。それは、Gの身長だった。 極めて当たり前のことながら、マンの子供は成長する。日々の中少しずつ、変化の瞬間などとても目に見えないほど僅かずつ、しかし着実に成長するものだ。マンの子供に限らず、有機生物の幼年体はみな成長する(いや、しない生物もあるかもしれないが、マンは間違いなく成長する)。 しかしどうだろう。 (……拾ってきた時と変わってない、な) Gはいまだに、見かけ三歳児のままだった。
一年たつのである。 三歳だったなら四歳、四歳だったなら五歳になっているはずである。 にも関わらず、Gの体格はこれっぽっちも変化していない。 「お宅のお子さん、なんだか大きくなってないように思うんだけど」 とお隣のおばさんに言われて気がついたのだ。 思い返そうにも、ボイドの記憶能力は非常に特殊な構造になっているため、拾ってきたばかりの頃のGの姿というものはほとんど残存していない。Gという存在がメモリーに定植した段階から遡って「過去」が再構築されるような仕組みなので、誤認・錯覚・曖昧さを排除した「正確な記憶」は実に些少なのである。 そんなわけで彼は、妹のキーラに尋ね、ようやく分かったのである。 Gは育っていないらしい、と。
一年も一緒に暮らしておいてなにを今更、と言われそうだ。 だがこれにも一応わけがある。 ボイドもキーラも、「変形する生物」の存在しない環境で長く過ごしすぎた。つまり、マンの子供なんていない環境で。 彼等が馴染んでいるのは、軍人や軍の関係者ばかりだ。マンの子供を見たことくらいはあっても、共に過ごしたことがない。戦闘に携わっていたボイドはもちろん、キーラが管理していた宿舎というのは、いわゆる独身寮だったのである。 それゆえ、「育つ」という当たり前の現象を身近に確認したことがなかった。 それゆえ、今更なのである。
Gの中身がアンドロイドということはない。たまに転んだりすればちゃんと血も出ている(運動神経は発達しているようなのだが、たまに、体がついていかないような転び方をする。無論、その後は非常に不機嫌になる)。 マンの子供には違いないようなのだが、ならば育たないのはおかしい。 おかしいが、 (テクニックにせよなんにせよ、子供らしくないところも多いしな……) そういったものの代償、あるいは副作用で、成長が止まってしまっているという可能性はあった。
とボイドが思考していた間はほんの数秒足らずなのだが、お互いにじーっと睨みあった有り様で過ごすには、充分長い無言の時間である。 「ようがあるならいえ」 我慢ならなくなったGが、これでもかというほど尊大な調子で言い放った。 そういえば呼んだ理由も話していないなと、ボイドは少しも驚かず尻込みもせす(見かけ三歳児の不機嫌に尻込みする大人が問題だが)、またひょいと抱え上げ、今度はそのままホールド、すなわち「だっこ」した。Gの不機嫌度が上昇するが、無論、ボイドは気にしない。 「なんにせよ、『うちの子』だ」 わけが分からずに、Gはますます不機嫌になった。
あまりにも育たないなら、隣人の不信を招かないため引っ越しが必要になるかもしれないが、それでももうここまで来たら「うちの子」、引っ越すくらいはしてもいいだろう。 理由もなく手放す気はない。 「あっ、お兄ちゃんずるい! 私もだっこしたい!」 顔を覗かせたキーラが手をのばし、Gの不機嫌度は更に上昇した。 キーラにGを渡そうとすると、その隙をついて暴れたGは、腕の中からもがき出て逃げてしまった。 ドアが開き、閉まる音がする。キーラが走っていってドアを開け、 「ごはんまでに帰らないと駄目よ!」 という声が聞こえた。
(おちまい) |