何百年前から続いているのだろう。 かぼちゃ型のランプを組み立てるのに悪戦苦闘しているキーラを眺めながら、ボイドはそんなことを考えた。 軍属時代にも、(仕事がなければ、だが)イベント・デイには必ず集まって騒いだ。楽しいことなどめったにない生活だから、楽しめる日には楽しまなければバカだ、と大部分の下士官が思っていた。 ボイドたちの場合、集まったところですることはいつもと変わらない。もう少しマシな部隊に所属していれば、他からちょっとしたパーティに誘われたりすることもあったのだろうが、22隊員に声をかける者は極めて稀だった。 めでたい席にはあまり相応しくない自覚もあったし、自分たちはそういう存在なのだと認識していたから、ボイド自身は特にどうとも思わなかった。第一、人格的に問題のある者がほとんどでもあった。しかしマンの隊員には、自分の性格を棚に上げて(仕事の内容から自然に欠陥が生じてしまうのだから仕方がない)、吉日ほど不愉快だったかもしれない。今になって、そう思う。 ともあれ、ニューイヤーにせよイースター祭にせよ、名前こそ残っているものの、その意味合いや発祥については、誰もろくに知らないのが現状だ。それでも、年の変わり目のバカ騒ぎ、イースターの卵、クリスマスのモミの木とイルミネーション、プレゼント、こういったものは今も続いている。
ハロウィンというのは、ボイドにはよく分からなかった。 子供が主役だと聞いて納得した。軍に子供はいない。だから省略されることも多かったようだ。 「昔は大人も仮装パーティしたりしたみたいよ」 とキーラが教えてくれた。世界に余裕がなくなるにつれ、大人のパーティという部分は淘汰されてしまったのだろう。 この日はみんなして、おばけに仮装するらしい。白い布をすっぽりとかぶって幽霊、犬の耳飾りをつけて狼男、黒いマントと長い牙でヴァンパイア、などなど。 子供たちもそんな扮装で街に繰り出す。そして家々を訪れ、家人からお菓子をもらうのだ。
「えっと……なんて言うんだっけ」 キーラは、そのお菓子をもらう時の決まり文句を思い出そうとした。 彼女は、元々は軍の宿舎を管理していた生活支援CPUである。そのため、マンの生活一般に関する知識は膨大なものがある。大きなイベント・デイについては、街の本屋で調べられる程度のことは知っているという。 「えーっと……たしか、なにかとなにか、って言うの」 「なにかとなにか?」 「うん。なんとかオアなんとか」 言われてボイドの頭にすぐ浮かんできたのは (DEAD
or ALIVE) だったが、あまりに殺伐としていて彼はげんなりした。そこへ、 「でっど おあ
あらいぶ、か」 と、下のほうから子供の声。 「そんなわけがあるか。お菓子をもらう合言葉だぞ」 お気に入りの黒シャト(ただし目つきは最高に悪い)を抱えたGだった。
スソがギザギザになった黒いマントに、黒いスーツ。バカげたテクニックを駆使して莫大な報酬を得るこの子供のおかげで、最近は金があまり気味である。よって、このスーツは特注品だ。シャトとおそろいで背中につけているコウモリの羽は、キーラのお手製。電気仕掛けでぱたぱたと動くようにできている。 多少(ではない気もするが)目つきは悪いものの、黙っていればそれなりにかわいくも思えるのだが……。 「とぅびー
おあ のっとぅびー」 「生きるか死ぬか悩んでどうする」 「びっぐ おあ
すもーる」 「カードしに行くんじゃない」 場に出ているカードの数字より、次のカードの数字が大きいか小さいか、賭ける時の合言葉である。 「びーふ
おあ
ばれっと」 「お、おまえなぁ……」 それは、一部のマフィアが使う尋問の決まり文句だ。その時にはたいてい、五日ほど飲食を阻まれた上で、口の中に銃身を捻じ込まれているのである。求めたほうを食わせてもらえる仕組みだが、無論、前者を選ぶには相応の代価が必要だ。
一週間ほど前にハロウィンの話をして、出掛けてみたらどうとキーラが言い、少し興味を覚えた様子なのでボイドは正直、ほっとした。手元に置いて数ヶ月、この子にも人並みの子供らしさが出てきたのかな、と。 それが、それが……。 (やっぱりこれか) それとも、真っ先にBEEF
or
BULLETと言わなかっただけマシと思うべきなのだろうか。 「あっ、思い出した!」 ボイドの苦悩(?)など知らず、キーラが手を打った。膝の上からかぼちゃランプが転がり落ちる。組み立て途中のそれはものの見事に分解し、説明は一事、保留になった。 「俺が組み立てる」 とボイドが部品を受け取って促すと、キーラはやっと合言葉を披露した。 「TRICK
or TREATよ。『悪戯されたくなかったらもてなしてちょうだい』って意味よ、たしか」 「なるほど」 語感もいい。BEEF or
BULLETよりもはるかにいい。まったくいい。
膨大な不安はあるものの、シャトを従えて出掛けたGを見送って、ボイドはキーラの手伝いをはじめた。 今暮らしているマンションには、子供のいる家族が何世帯か住んでいる。一軒一軒回るらしいというから、渡すためのお菓子を用意しなければならないのだ。 仕事よりも家事をもっぱらにしているキーラは、近所のおばさまがたと仲がいい。近所のお子様たちとも、仲がいい。こっそりと、そして白々しく大胆に、どんなお菓子がいいかは既にリクエストされていたらしい。 昨日の内に買ってきておいたクッキーやミニケーキを、適当に組み合わせてかわいい袋に入れ、ラッピング。男の子用には水色の袋、女の子用にはピンク色の袋だ。 「トムくんは甘いものあんまり好きじゃないから……」 と、ひそかに目印をつけている。
七階に住んでいるというならともかく、二階では通りを歩いてきた子供たちも来るかもしれない。お菓子は少し多めに用意してある。 「もし足りなくなったらどうするんだ? 子供は悪戯する用意までして回るわけか? しかしスプレーで落書きなんかはできないだろう。他愛ないイベントでそんな手間を増やされるんじゃ、大人がやらせないと思うんだが」 リボンの左右バランスを調整しながら、ボイドがキーラに尋ねる。 「大丈夫よ。いざという時のためにね、お菓子屋さんは今日はフル回転なの。足りないかもしれないと思ったら、注文すればすぐ届くようになってるの」 「なるほどな」 子供たちは、お菓子を集めて回ることだけ考えればいいのだろう。それに、子供もバカではない。本当に悪戯などすれば、来年は回らせてもらえないことくらい承知しているに違いない。
そこへ、 「トリック、オア
トリート!」 ドアの外から声がして、 「はーい。すぐ行くから悪戯しちゃイヤよ!」 キーラはお菓子を詰めた袋を抱えて出て行った。 こんなイベントも、悪くない。まだテーブルの上に残っているお菓子の袋を眺めて、ボイドはソファにもたれた。
→NEXT |